「あーさーでーすーよー?」
「お
がばっ、と、布団を
ちゅ、と、
もう、以前の僕らではないのかもしれない。
僕の
抑えなくてもいい。
我慢しなくてもいい。
これからはずっと、思いっきり、ユーリエに愛を伝えよう。
新たな、石碑巡りの始まりだ。
「あー、えーと、そのー、カナク、とりあえず、服を着よっか。じゃないとその、それが、どうしてもね、目に、入っちゃってさ」
「うん?」
自分の身体に目を向けると、ユーリエが
全裸だった。
「あ、うあああわわわっわ、ごめん!」
「いや、いいんだけどね。きっとそれも、その、今後は私だけに、使うと思うし」
「なにを言っているのかな!?」
僕は布団で一旦身体を隠すと、大急ぎで服を着た。
それからユーリエと一緒に一階の酒場で、旅人や冒険者らとともに、ベーコンエッグや新鮮な野菜、フルーツジュースを飲み、笑いあいながら食事をした。
こんなに心が軽くて、幸せな食事は初めてだった。
ぱたぱたと走り回る可愛らしいフォレストエルフのウェイトレスや、朝から陽気な音楽を奏でている音楽団。野菜を
いつもは真向かいに座っているユーリエだけれど、今日は隣にいる。
こっちの方がカナクの料理を摘まみやすいから、とか言いながら、肩をぴたっと寄せて僕のトマトにフォークを刺しす。
にこっ、と笑うユーリエ。お返しにとばかりに僕はユーリエの皿からベーコンを奪うと、めちゃくちゃ怒られて、追加注文させられた。
ま、まあ。
こうして僕らは、関係を急接近させてもらった宿を出て、旅の買い物をした後、コルセア王都カリーンを出て、一路、東に向かって歩き始めた。
時刻は十ハル。
まだ日は昇りきっておらず、少し冷気を含んだ、涼しげな風が通り抜けていく。
今日も雲は多いけれど、青空の方がよく見えるいい天気だった。
「ねえカナク、ここからレゴラントの町までって、どれくらいなのかな?」
僕はユーリエの質問を受けて、頭の中へ
「えーっと、カリーンから北東に行って、山と森を抜ける道を使えば三ヶ月。南の街道を使えば四ヶ月ってところかな。もちろん徒歩ならば、だけどね」
「そっか」
ユーリエはぴんと手足を動かし、
「じゃあ北東の街道を使うの?」
「いや、南の街道を使うつもりだよ」
「ふむ、そうだよね。北東の街道は山あり森ありだから、魔物も多そうだし」
「それが、そうでもないんだよね」
「え?」
「魔物はアレンシア中に生息してるから。目的地付近だと、に危ないのはコルセアとフェルゴートの国境付近だね。だから、カリーンやフェルゴートの王都フェイルーンには、屈強な戦士や優秀な魔法使いが多いんだ」
「そっか。商隊とかの護衛かな?」
「そういうこと」
もちろん、魔物に全く出会わないで旅を終えることもある。
しかしそれは運が良いだけで、大抵はなにかの魔物と遭遇してしまう。
それも個々ならば大したことはないが、徒党を組まれると、下級の魔物でも侮れない。
「うーん。ということは、あんまり安全じゃなくて遠回りになる道を選んだってこと」
「……ごめん」
「いや、カナクが決めた道だから文句はないんだけどさ。なんでかな、って」
僕が南の街道を選んだ理由。
それは、単純だった。
「ユーリエと、一日でも長く一緒にいたかったから。こ、こんな理由じゃ、ダメかな?」
ユーリエは言葉を返してこなかったけれど、その代わり、満面の笑みで僕を抱き締めてくれた。
それから僕らは歩きながら、話に花を咲かせた。
「それにしても、いきなり石碑巡りって。ユーリエはそれで良かったの?」
「うん。だって元々さ、学校を卒業したら旅に出ようって思ってたんだ」
「え、なんで?」
土の香りが心地いい。
ユーリエは僕の右隣で、空に浮かぶ綿のような雲を眺めた。
「お義父さまが私をお義兄さまに嫁がせようとしていたって
「あ、何度かあるかも」
「それ、本当の話なんだ。お義父さまは本気でそう考えていたみたい。でも私はイヤだった。小さな城に押し込められて、笑顔の仮面を付けて、夜はお義兄さまに抱かれる。冗談じゃないわ、気持ち悪い」
確かセレンディア公の後継者って、レニウスの実兄でファヌスという名前だったはずだ。
その後はセレンディア公の片腕として働いているという。
そんな人を気持ち悪いよばわりって……なにが不満なのだろう?
「せっかく魔法を
「じゃあ、石碑巡り自体にはあまり興味がなかったのかな」
「正直に言うと、うん。でもマールのことをさ、目をキラキラ輝かせながら熱く語るカナクと話をしていて、今では
「ああ、確かに。でもあれを一〇〇〇年前に建てたマールは本当に凄い。文章は憶えられなかったけれど、あの幻術は憶えてる。まるで自分がそこにいるかのような感覚だけは、忘れられないなあ」
「そんな風にさ、マールのこととなると夢中になるカナクのこと、学校にいた時から素敵だなって思ってたんだ」
「ええ? でもだって、学校じゃ一度も同じクラスになってないじゃないか」
「なんでも情報を教えてくれる同級生が、二人いたじゃん?」
レニウスとリリル……。
あの二人しか思いつかないよ、まったく。
「それにしてもユーリエって、学校にいた時と今とじゃ、別人のようだね」
「えっへへ~。
「そりゃあね。いつもそばにいたわけじゃないし、なによりユーリエの猫かぶりは完璧だった」
「私の猫かぶりは年期が違うのよ。なんたってセレンディア家にきてから、ず~っと鍛え上げてきたからね!」
ユーリエが小ぶりな胸を突き出して、えへんと威張る。
「ねえカナク、あなたはお
「断然、今のユーリエがいいよ。肩の力が抜けてて楽しそうだしね」
「ホント? 良かったぁ。私もこっちの方が楽でいいんだ!」
「もし僕がお淑やかな方がいいって言ったら?」
「お断り」
結局、答えは決まっていた。
「あ、そうだ! カナク、ワンドを貸してよ」
「え、いいけど、なに?」
「いいからいいから」
僕は首を
「ふんふふ~ん♪」
ユーリエは妙な鼻歌を
「ん~っと……よし、できた。はい!」
「うん。これ、なにをしたの?」
「まあ、見てみてよ」
手渡されたワンドは焼き印のようなものが入っていて、熱を帯びていた。
白いマナは、太陽の象徴だ。炎系の魔法に用いると、絶大な効果を発揮する。
そして、僕のワンドには……。
“たいせつなあなたに、マールのご加護がありますように ユーリエ”
……胸に、ぐっときた。
「ありがとう、ユーリエ。とても
「えへへ、ちょっと照れるかなぁ……」
僕は
「あっ!」
「次は僕の番だよ」
「え、『
「自慢じゃないけど、僕が本気を出せば首席卒業はユーリエじゃなかったよ」
にこっと笑いながら、ユーリエのワンドに文字を入れていく。
当然といえば当然だ。
ユーリエは
そして僕は
マナの色もはっきりと識別できるし、学校では教わらなかった独自の魔法も使える。
この力で、ユーリエを守る。
フェルゴートの五英雄ルイ・ソーンさんの頼みと、コルセアの
僕がどうなろうと、ユーリエだけは傷一つ負わせるもんか。
そんな想いを込めてワンドに言葉を刻んだ。
「できたよ」
僕は顔が熱くなるのを感じながら、ワンドをユーリエに返す。
「わあ、ありがとう。なんだろうなぁ……お?」
僕がワンドに刻んだ文字を目にして、固まるユーリエ。
“君に全ての幸があらんことを カナク”
「マールの名前が入ってない……」
ユーリエは驚いて、僕に視線を向けた。
「ワンドは魔法使いにとって一番大事なものだからね。僕はマール信徒だからとても嬉しいけど、ユーリエにはマールではなく、僕の心を贈りたかったんだよね」
「カナク……あなたって、どこまでいい人なの?」
べし、とお尻を蹴られた。
え、なんで?
「こんなの……嬉しすぎるよ。ありがとう!」
「僕もだよ。このワンド、大事にする」
「私も!」
僕らは互いにワンドを腰に差し、手を