一ヶ月後。
僕らは順調に東へと旅を続けた。
川を見つけたらそこで洗濯をしたり、下着姿のまま、水を掛けあって遊んだりした。
そんなことをしていて身体を冷やし、
少し前なら、照れて顔も見られなかったと思うけれど、
食べ物に関しては主にカリーンで購入した乾き物しか口にできなかったけれど、たまに通りすがる商人から買い物ができたので、その時は
マールは慈愛の神であり、商売の神であり、出会いの神であり……。
ここアレンシアでは、あらゆる意味で絶対神なのだ。
そして今、僕らはアレンシアの南東部にいる。
この辺りは湿気があって、水を
時折降ってくる雨のお陰で足止めされることもあったけれど、飲み水を確保できたのは大きい。でもこの日はかなり強い雨が降ったので、以前も使ったことがある『草壁円洞の魔法』で大きめの洞を作り、そこで一夜を過ごすことにした。
「ねえカナク、この草洞はちょっと大きすぎない?」
この辺りには草が生い茂っていたので、
もちろん、これには理由はある。
「うん、用事が済んだら小さくするよ」
「え?」
僕はワンドを両手で握り、マナを集める。
今から使う魔法は、僕が石碑巡りのために編み出した、独自のものだ。
夜風にそよぐ草を感じ、眠りにつかんとする大地から力を借りる。そしてワンドで円陣を描き、構文を流し込むと、洞の中心に向かって魔法を唱えた。
『栄花成大樹!』
魔法陣にワンドを刺すと、草洞の真ん中にぴょこん、と小さな苗木が顔を出し、急速に枝葉を伸ばしていく。僕は魔法陣にワンドを刺したままマナを送り続け、瞬く間に大樹を作りあげると、頭の中で思い描いたように木の幹を変えていく。
根の部分から大きな幹を持ち、先は細い、というものだ。
「うわぁ……す、
驚くユーリエ。
でも、ここからが本番だ。
「ユーリエ、『延々火柱の魔法』で
「う、うん」
ユーリエも腰からワンドを抜き、僕よりも早く、正確に魔法陣を書き上げて詠唱する。
『延々火柱の魔法!』
ユーリエの魔法陣がそのままぱたり、と倒れ、水平に浮く。
そして魔法陣の真ん中に、ぼっ、と大きな炎が
炎系の魔法は、日の光から得られる白いマナがないと難しい。ここには白いマナが
さすがはユーリエ。
「これでいい?」
「ありがとう、十分だよ」
「でも、これでなにをする気?」
「いいから見てて。ユーリエに少しだけ、僕の力を見せてあげるから」
「え!?」
僕は一旦、今の魔法陣からワンドを抜くと、瞬時に別の魔法陣を描いた。
『水球集泳塊固ッ!』
次の瞬間。
草洞の入り口から雨が集まってきて、ユーリエが作った焚き火の上で、球形を
「なによこれええええ!?」
これは上級魔法なみに難しいから、驚くのも無理はない。
「ふう」
僕は魔法陣からワンドを抜く。
やや疲労感はあったけれど、なんとか踏ん張れた。
「カナク、なにをしたかったのこれ?」
ユーリエが僕に肩を貸してくれた。
「ユーリエはもう一ヶ月以上、水浴び以外してないでしょ。だからさ、温かいシャワーを浴びさせてあげたくて」
「シャワー!? そのために!?」
ぽかん、と口を開くユーリエ。
僕はそのまま『栄花成大樹』で作った木の幹を、ワンドで三回、
すると、ぐにゃりと幹が動き、洞を作り上げた。
「ほ、本当に……カナクって、なんなの? こんな魔法、上級にもない……」
「僕は、僕さ」
ちらり、と、延々火柱の上でゆらめく水球に目をやる。
うん、ほどよい温度だ。
「ユーリエ、服を脱いでこの洞に入って。そうしたら、僕があのお湯を木の洞の上から流すから」
「ああっ、なるほど! そういうこと!? カナクって天才じゃない!」
驚喜するユーリエ。
どうやら僕がやりたいことを察してくれたようだ。
「僕はここで水流と熱を調整する役をやるから、ゆっくり浴びてきていいよ」
そう言って後ろを向き、ユーリエのしなやかな肢体を目に入れないようにする。
草洞の入り口は僕が向いている方向で、木の洞は反対側だから、誰にも見られる心配はない。
「ありがとう、カナク! じゃあ、お言葉に甘えるね!」
ユーリエは声を弾ませて、服を脱ぎ始めた。
うん、困る。
「そ、それじゃあ、お湯を流すよ!」
「うん!」
僕は『水球集泳塊固』の魔法陣に再びワンドを入れ、炎で温められたお湯を蛇のような細さにして、木の上に流していく。
そして減っていく水は、外から補充した。
「わわ、本当にシャワーだ~! はあぁん、きもちい~!」
……おっと、集中が。
いけない、いけない。
別のことを考えよう。
こうやって魔法そのものを作り出せるのも、僕が銀獣人だからだ。
フェイエルフはフォレストエルフ、ダークエルフの祖と伝えられ、アレンシアではなくその一つ上の階層“精霊界”に住んでいるらしい。
そして更にもう一つ上の階層には“幻想界”イストリアルというものがいるらしいけれど、こちらはもう存在すら確かなものではないので、
つまりこの現世界アレンシアの銀獣人、精霊界のフェイエルフ、幻想界のイストリアルという形になっている。
理由はマナに対する理解が低いからだ。
マナの色が見えているだけじゃなくて、濃淡や大きさまで把握しないと不可能なのだ。
ところが銀獣人である僕には、それがわかる。
ではマールは
それも僕の中で、長年の謎だ。
アレンシアにおける魔法の祖は、間違いなく
しかし、マールは
そのマールが
その時。
「カーナークーぅうう!」
意識の外から、絶叫が聞こえてきた。
「ひゃああああ、つめたぁ――――いぃ――――!」
あ。
ふと横を見ると、焚き火から水球がずれていた。
つまりユーリエが浴びているのは、ただの雨水だ。
「ご、ごめ――――ん!!」
慌てて水を火の上に戻し、温め直す。
ユーリエの機嫌、直っているといいけど……。
そんな僕の願いも
それもそうだ。温かいシャワーを、と言いながら冷水を浴びせられたのだから。
そして。
僕は全ての魔法を解いて『草壁円洞の魔法』をかけ直し、一部屋分程度の広さに作り直した。
それだけに、この距離が少し気まずい。
「あ、あの、ユーリエ?」
「…………」
無言が怖い。
これなら怒られた方がマシだ。
「ごめん、本当に悪気はなかったんだ。ただその、ユーリエがシャワーを浴びていると思ったら、その、つい――」
マールに思いを
そんな事を言ったら、余計に機嫌を損ねそうだから。
「つい、なにかな!?」
思いの外、強めに食いついてきた。
「ああ……もう、その、どうしてもユーリエの姿を想像ちゃって、集中が乱れたんだよ!」
これでも怒るかな、と思っていたら、意外な反応が返ってきた。
目を大きく見開いた後に顔を真っ赤にして、唇をきゅっと締め、やや下を向くユーリエ。
「なら、いいや」
「え?」
「だって私のこと、考えてくれてたんでしょう?」
「まあ、うん、そうだね」
「それならいいよ……
頭から湯気でも出そうなくらい真っ赤になるユーリエが、
「そんなに優しくされたら、その、ユーリエが欲しくなる」
「え……」
僕まで顔が熱くなる。ユーリエも真っ赤になって、
でも、ユーリエは僕の言葉の意味を履き違えている。
僕の欲しくなるは“食べたくなってしまう”ってことなんだ。
それは僕も本懐じゃない。
だって食べてしまったら、もうユーリエは存在しなくなってしまうのだから。
そんなのは、絶対にイヤだ!
「カナク」
「ん?」
「じゃあさ、お
「え」
「そこは“いいよ!”でしょ」
「あ、ああ。い、いいよ」
「よし!」
美しさの中に
それから僕らは抱き合いながら、同じ毛布を使って眠った。
この幸せが、長く続きますようにと願いながら。