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第04話 カナクの魔法

 一ヶ月後。

 僕らは順調に東へと旅を続けた。


 川を見つけたらそこで洗濯をしたり、下着姿のまま、水を掛けあって遊んだりした。

 そんなことをしていて身体を冷やし、を作って身体を寄せ合い、布団を被り暖を取った。


 少し前なら、照れて顔も見られなかったと思うけれど、おもいを通じあわせた今となっては、逆にもっともっと近づきたい、知りたいという気持ちが大きくなっていた。


 食べ物に関しては主にカリーンで購入した乾き物しか口にできなかったけれど、たまに通りすがる商人から買い物ができたので、その時は瑞々みずみずしい果実を口にすることができた。中には僕らが石碑巡りであることを見抜き、無償で食べ物や飲み物をわけてくれる商人までいた。


 マールは慈愛の神であり、商売の神であり、出会いの神であり……。

 ここアレンシアでは、あらゆる意味で絶対神なのだ。


 そして今、僕らはアレンシアの南東部にいる。

 この辺りは湿気があって、水をつかさどる青いマナがとても濃い。

 時折降ってくる雨のお陰で足止めされることもあったけれど、飲み水を確保できたのは大きい。でもこの日はかなり強い雨が降ったので、以前も使ったことがある『草壁円洞の魔法』で大きめの洞を作り、そこで一夜を過ごすことにした。


「ねえカナク、この草洞はちょっと大きすぎない?」


 この辺りには草が生い茂っていたので、えて濃い緑のマナと、茶色のマナを集めて、三十人は横になって眠れるくらいの大きなものを作った。

 もちろん、これには理由はある。


「うん、用事が済んだら小さくするよ」


「え?」


 僕はワンドを両手で握り、マナを集める。

 今から使う魔法は、僕が石碑巡りのために編み出した、独自のものだ。

 夜風にそよぐ草を感じ、眠りにつかんとする大地から力を借りる。そしてワンドで円陣を描き、構文を流し込むと、洞の中心に向かって魔法を唱えた。


『栄花成大樹!』


 魔法陣にワンドを刺すと、草洞の真ん中にぴょこん、と小さな苗木が顔を出し、急速に枝葉を伸ばしていく。僕は魔法陣にワンドを刺したままマナを送り続け、瞬く間に大樹を作りあげると、頭の中で思い描いたように木の幹を変えていく。

 根の部分から大きな幹を持ち、先は細い、というものだ。


「うわぁ……す、すごい」


 驚くユーリエ。

 でも、ここからが本番だ。


「ユーリエ、『延々火柱の魔法』でを作ってくれる?」


「う、うん」


 ユーリエも腰からワンドを抜き、僕よりも早く、正確に魔法陣を書き上げて詠唱する。


『延々火柱の魔法!』


 ユーリエの魔法陣がそのままぱたり、と倒れ、水平に浮く。

 そして魔法陣の真ん中に、ぼっ、と大きな炎がともった。


 炎系の魔法は、日の光から得られる白いマナがないと難しい。ここには白いマナがわずかしか浮いていなかったから、この量で炎系の魔法を使えるのは、魔導師でなければ無理だろう。

 さすがはユーリエ。


「これでいい?」


「ありがとう、十分だよ」


「でも、これでなにをする気?」


「いいから見てて。ユーリエに少しだけ、僕の力を見せてあげるから」


「え!?」


 僕は一旦、今の魔法陣からワンドを抜くと、瞬時に別の魔法陣を描いた。


『水球集泳塊固ッ!』


 次の瞬間。

 草洞の入り口から雨が集まってきて、ユーリエが作った焚き火の上で、球形をかたどった。


「なによこれええええ!?」


 これは上級魔法なみに難しいから、驚くのも無理はない。


「ふう」


 僕は魔法陣からワンドを抜く。

 やや疲労感はあったけれど、なんとか踏ん張れた。


「カナク、なにをしたかったのこれ?」


 ユーリエが僕に肩を貸してくれた。


「ユーリエはもう一ヶ月以上、水浴び以外してないでしょ。だからさ、温かいシャワーを浴びさせてあげたくて」


「シャワー!? そのために!?」


 ぽかん、と口を開くユーリエ。

 僕はそのまま『栄花成大樹』で作った木の幹を、ワンドで三回、たたく。

 すると、ぐにゃりと幹が動き、洞を作り上げた。


「ほ、本当に……カナクって、なんなの? こんな魔法、上級にもない……」


「僕は、僕さ」


 ちらり、と、延々火柱の上でゆらめく水球に目をやる。

 うん、ほどよい温度だ。


「ユーリエ、服を脱いでこの洞に入って。そうしたら、僕があのお湯を木の洞の上から流すから」


「ああっ、なるほど! そういうこと!? カナクって天才じゃない!」


 驚喜するユーリエ。

 どうやら僕がやりたいことを察してくれたようだ。


「僕はここで水流と熱を調整する役をやるから、ゆっくり浴びてきていいよ」


 そう言って後ろを向き、ユーリエのしなやかな肢体を目に入れないようにする。

 草洞の入り口は僕が向いている方向で、木の洞は反対側だから、誰にも見られる心配はない。


「ありがとう、カナク! じゃあ、お言葉に甘えるね!」


 ユーリエは声を弾ませて、服を脱ぎ始めた。

 衣擦きぬずれの音が、望んでいなくてもそれを僕に伝えてくれる。

 うん、困る。


「そ、それじゃあ、お湯を流すよ!」


「うん!」


 僕は『水球集泳塊固』の魔法陣に再びワンドを入れ、炎で温められたお湯を蛇のような細さにして、木の上に流していく。

 そして減っていく水は、外から補充した。


「わわ、本当にシャワーだ~! はあぁん、きもちい~!」


 ……おっと、集中が。

 いけない、いけない。

 別のことを考えよう。


 こうやって魔法そのものを作り出せるのも、僕が銀獣人だからだ。

 希少種族レアレイスは、フェイエルフと銀獣人がいる。

 フェイエルフはフォレストエルフ、ダークエルフの祖と伝えられ、アレンシアではなくその一つ上の階層“精霊界”に住んでいるらしい。


 そして更にもう一つ上の階層には“幻想界”イストリアルというものがいるらしいけれど、こちらはもう存在すら確かなものではないので、希少種族レアレイスには入っていない。


 つまりこの現世界アレンシアの銀獣人、精霊界のフェイエルフ、幻想界のイストリアルという形になっている。


 陽種族ロウレイス闇種族エヴイレイスが、魔法を作り出すことはできない。

 理由はマナに対する理解が低いからだ。

 マナの色が見えているだけじゃなくて、濃淡や大きさまで把握しないと不可能なのだ。

 ところが銀獣人である僕には、それがわかる。


 ではマールは希少種族レアレイスだったんだろうか。

 それも僕の中で、長年の謎だ。


 アレンシアにおける魔法の祖は、間違いなくあかつきの賢者マールだ。

 しかし、マールは陽種族ロウレイスである人間だったはず。

 そのマールが何故なぜ、数々の魔法を編み出せたのか。


 その時。


「カーナークーぅうう!」


 意識の外から、絶叫が聞こえてきた。


「ひゃああああ、つめたぁ――――いぃ――――!」


 あ。

 ふと横を見ると、焚き火から水球がずれていた。

 つまりユーリエが浴びているのは、ただの雨水だ。


「ご、ごめ――――ん!!」


 慌てて水を火の上に戻し、温め直す。

 ユーリエの機嫌、直っているといいけど……。


 そんな僕の願いもむなしく、シャワーから出てきたユーリエはぷんすか怒っていた。

 それもそうだ。温かいシャワーを、と言いながら冷水を浴びせられたのだから。


 そして。

 僕は全ての魔法を解いて『草壁円洞の魔法』をかけ直し、一部屋分程度の広さに作り直した。

 それだけに、この距離が少し気まずい。


「あ、あの、ユーリエ?」


「…………」


 無言が怖い。

 これなら怒られた方がマシだ。


「ごめん、本当に悪気はなかったんだ。ただその、ユーリエがシャワーを浴びていると思ったら、その、つい――」


 マールに思いをせていた、とは言わなかった。

 そんな事を言ったら、余計に機嫌を損ねそうだから。


「つい、なにかな!?」


 思いの外、強めに食いついてきた。


「ああ……もう、その、どうしてもユーリエの姿を想像ちゃって、集中が乱れたんだよ!」


 これでも怒るかな、と思っていたら、意外な反応が返ってきた。

 目を大きく見開いた後に顔を真っ赤にして、唇をきゅっと締め、やや下を向くユーリエ。


「なら、いいや」


「え?」


「だって私のこと、考えてくれてたんでしょう?」


「まあ、うん、そうだね」


「それならいいよ……うれしいから」


 頭から湯気でも出そうなくらい真っ赤になるユーリエが、可愛かわいすぎた。


「そんなに優しくされたら、その、ユーリエが欲しくなる」


「え……」


 僕まで顔が熱くなる。ユーリエも真っ赤になって、うつむいてしまった。

 でも、ユーリエは僕の言葉の意味を履き違えている。


 僕の欲しくなるは“食べたくなってしまう”ってことなんだ。

 それは僕も本懐じゃない。

 だって食べてしまったら、もうユーリエは存在しなくなってしまうのだから。


 そんなのは、絶対にイヤだ!


「カナク」


「ん?」


「じゃあさ、おびとして冷えちゃった私の身体、温めてくれる?」


「え」


「そこは“いいよ!”でしょ」


「あ、ああ。い、いいよ」


「よし!」


 美しさの中に可愛かわいさまで内包したユーリエを、僕は心の底からいとおしくて、抱き締める。

 それから僕らは抱き合いながら、同じ毛布を使って眠った。


 この幸せが、長く続きますようにと願いながら。

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