週末の土日を挟んで月曜日。神藤は始業時間前にきちんと出勤していた。
「おはようございます」
「おはようございます、神藤さん」
すでに上島が、パソコンに向かって仕事をしていた。神藤は先週末に上島から受け取った━━厳密には内閣府所有のパソコンを開き、新入職員用の教育ビデオを見る。
そして始業から10分後に富士見が出勤してくる。
「おはよー」
「おはようございます、室長。今日は10分長く残業してください」
「いやー、朝から冗談キツイよ上島君」
富士見はそんなことを言うが、上島は完全に無視する。
そしてこの日も呼び出しが発生した。
「今日は信濃町近くにある蘇我神社と妙音寺に行くよ」
三人はタクシーで移動し、目的地へと向かう。神社に向かう道中、大ヒット映画のラストシーンで登場した階段を通る。
そして神社に到着する。神社の本殿の前で、蘇我神社の宮司と妙音寺の住職が待っていた。
「事務室の皆さん、お待ちしていました」
「お疲れ様です。では早速仕事に移ります。今回はどこに?」
「もう、この辺一帯が霊の中に沈んでいるような状態です」
「確かに、この辺りの霊的力場は相当変動しています」
上島がタブレットを操作して、数値の変動のような物を確認している。
「それじゃあ早速やっちゃおうか。後は我々にお任せください」
そういって富士見は陰の世界に行くための準備をする。宮司と住職は一礼して、そそくさと退散した。
「上島君、どの辺まで霊魂に沈んでる?」
「我々を中心として半径約50メートルです」
「そこそこ大きいね。ここで陰の世界に行くと、僕たちの魂までかなり影響を受けるかもしれない。霊魂の外に出て、そこから陰の世界に入ろう」
富士見は神社の境内を出て、人通りの少ない細道へと移動する。
「この辺がいいかな。それじゃ、移動するよ」
三人は陰の世界へと移動する。
陰の世界に入った瞬間、神藤の目の前には巨大な水色の霊魂が見えるだろう。視界いっぱいに広がる水色の霊魂を見て、神藤は少しビビる。
「ほぉ、こりゃまた巨大だねぇ。高さは大体15メートルといったところか」
「反応パターンはいつもと同じです。霊魂が集合して形成されていると思われます」
「うーん。このまま破壊してもいいけど、そしたら爆発やら霊魂の崩壊やらで周辺の建物に被害が出るかもしれないし、処理しきれなかった霊魂がどこかに飛んで住民に悪影響を及ぼすかもしれないしなぁ……」
富士見はそんなことを言いながら、神藤のほうを見る。
「神藤君、今日やってみない?」
「え……、はい」
急に呼ばれたものだから、神藤は少し戸惑ってしまう。
「……自分に出来ますかね?」
こんな巨大な霊魂の処理を、当然ながら神藤はしたことがない。
「まぁ、最初は不安になるかもしれないね。でも大丈夫。神藤君くらいの実力なら、すぐに無力化できると思うよ」
「そうですかね……」
「そうそう。これは基礎同士が絡み合った難関試験だと思えば、ちょっとは楽な気持ちになると思うよ?」
「基礎が絡まった難関試験……」
そういって神藤は巨大な霊魂にゆっくりと接近する。
「我が心、写し出したる御鏡の、刀剣ここに現れるべし」
すると、神藤の顔の前から光り輝く直刀のようなものが出現する。神藤はそれの柄を握り、ゆっくりと霊魂に突き刺す。
「かくも満ちたる世界より、常世の世界に希望せよ」
すると、直刀を刺したところから霊魂の色が白に変わり、そして霧のように消えていった。
続いて神藤は、直刀を前に掲げて言葉を発する。
「中つ国に生まれし魂、清めて禊を受け入れよ。常世の
祝詞を上げたあと、神藤は直刀の刀身を撫でる。すると刀身の鎬地に日本語のようで日本語ではない文字が赤く刻まれる。
それを振り回して霊魂を斬ると、斬った部分から霊魂が白色に変化、霧散していく。そうしてしばらく巨大な霊魂を斬り続け、だいぶ小さくなってきた所で最後の仕上げに入る。
神藤は直刀を地面に突き刺し、祝詞を読み上げる。
「この地に残る霊魂よ、いまこそ御霊は常世に向かえ」
すると直刀を刺した地面から、光の球体のような波動が発せられる。それは水色の霊魂のみならず、周辺にいた有象無象の霊魂までも浄化していく。
「……半径1キロメートルから霊魂の反応が消えました」
「え、マジ? やっぱ神藤君はすごいなぁ」
上島からの報告に富士見は驚きつつ、神藤のことを見直す。
「これで大丈夫ですか?」
神藤は富士見に聞く。
「もちろん。むしろすごいほうだよ。これだけ広い範囲の霊魂を無力化するなんて、普通じゃ出来ないくらいだ」
そういって富士見は神藤の肩を叩く。
「この調子で頑張っていこう」
「……はい!」
三人は宮司たちに挨拶をし、事務室へ戻った。
終業時間になり、神藤は帰宅の準備に入る。そこに富士見が声をかける。
「どう? 仕事は慣れた?」
「慣れたってほど仕事していますかね……。ずっと教育用のビデオ見てますけど……」
「新人はそういうものだからさ。それでね、神藤君。この後時間空いてる? もし良かったら新人歓迎会を開こうと思うんだけど……」
それを言う富士見の後ろで、上島がプレッシャーをかけていた。
「室長、今日は先週分の遅刻を精算するまで残業ですよ」
「え……、それは先週金曜日に終わったんじゃ……」
「それは先々週の分です」
そういって上島は富士見の首根っこを掴み、机に引きづっていく。
神藤はそれを見て、少し微笑んだのだった。