泙成31年4月10日。昼休憩前に、神藤は新人研修用のビデオを見終わった。国家公務員としての大まかな心構えは出来たように感じている。
「神藤君、新人研修終わった? 今日も現場に出るから、お昼終わったら出発ね」
「分かりました」
神藤は昼食のおにぎりを食べ、出発する準備を整える。
そして三人で現場へと出るのだった。
「今日の現場は渋谷だよ。駅の近くにあるメモリアル千万タワー渋谷ってビルがあるんだけど、知らない?」
「聞いたことはありますね」
「その屋上には緑化推進のために低木などが植えられていて、一緒に神社が建てられているんだ。だた、最近千万タワー内で事故やら事件が多くて、ビルの管理をしている角光組が警察に相談していたらしいんだ。その情報を掴んだうちの分室から通報が来たって感じかな」
そのような話を電車の中で堂々とする富士見。
(こんな堂々と話してて、機密情報の流出とか大丈夫なのか……?)
新人研修を終えたばかりの神藤にとっては、そればかりが気になるのだった。
そんなことをしているうちに、渋谷駅へ到着する。早速目的のメモリアル千万タワー渋谷へと向かう。
地上26階、地下4階の立派なビルである。有名な渋谷のスクランブル交差点から徒歩10分ほどの所にある建物で、建てられてから10年ほどしか経過していない。
そんな完成してまだ新しいビルだが、それでも曰く付きの噂は存在するらしい。
(一体何があるんだか……)
富士見が受付で話をしている間、自分のスマホでこのビルの噂を検索する神藤。どうも殺人事件やら失踪事件やらが、この10年で9回も発生しているようだ。
少しばかり不安になる神藤。それでも、仕事ならやるしかないだろう。
「お待たせ。先に屋上上がってていいって」
富士見が戻ってきて、そのようなことを言う。その言葉に甘えて、神藤たちは屋上行きのエレベータに乗る。
屋上に上がると、そこは緑と水で満ちた庭園だった。観光客もいるような、そこそこ人気の観光地だったりする。
屋上の日陰で待つこと数分。数人の男性がこちらにやってくる。
「初めまして。メモリアル千万タワー渋谷の管理をしています、角光組の太田です」
そういって太田は、名刺を差し出す。
「これはご丁寧にどうも。あいにくこちらは名刺を差し出せなくて……」
「いえいえ、問題ありません! こちらがお願いしている立場ですので……」
そんな世間話が数分ほど続く。
「……では早速本題に入りましょうか」
「そうですね。こちらへどうぞ」
そういって庭園の奥にある社へと案内される。
「ここは稲荷神社の神様を祀っています。つまり狐がモチーフなのですが、その狐に化かされているか失踪事件が7回、殺人事件が2回起きているのです。実際、ここにこの神社を建てた際、数人の死傷者を出す事故も起きました」
「つまり、曰く付きってことですね?」
「はい。そのため、原因はこの神社だろうと考えています」
「分かりました。では我々は仕事に入りますので、人払いのほうお願いします」
「よろしくお願いします」
そういって太田たちは去っていく。
その後、係の人が人々を屋上から退避させる。
「じゃ、仕事に入ろう」
富士見は、人がいなくなったのを確認した後、いつものようにタブレットを起動する。
その時、神藤は何か視線のようなものを感じた。振り返ってみるも、そこには何もいない。
「神藤君、どうかした?」
「いえ……、なんでもありません」
「そう。じゃ行くよ」
そういって三人は陰の世界に入る。神社のほうを見ると、そこには人型の霊魂がいた。
「人間……?」
神藤は思わず近寄りたくなる。それを富士見が止めた。
「アレはなかなか珍しい霊魂だ。上島君、どう?」
「霊的力場は、あの霊魂の周辺で急激に上昇しています。このビルでの事件はこれが原因かと」
そのような話をしていると、人型の霊魂はスゥーと移動する。小走り程度の速さだ。
「おまけに移動速度もそこそこ早い。これは早めに除霊か殲滅したほうがいいな」
そういってスマホを取り出す富士見。
「神藤君。前に天皇の代替わりの時、つまり天皇空位の時に怪異やら霊魂が多く出現する話は覚えてる?」
「はい」
「そういった空位の時に出現しやすいのが、この人型の霊魂だ。本来霊魂やら怪異は、人間以外の動物や植物の魂によって引き起こされやすい。それが空位時に集合して、人間の真似事をしているんだ」
「じゃあ、今回の殺人事件や失踪事件って……」
「この霊魂が人間になろうとして、人間の魂を食っている。それが真相だ」
富士見はスマホに五芒星を表示させ、人型霊魂に接近する。
「でも僕はこういう霊魂は好きだよ。何しろ式神で出来るからね」
「はぁ……」
「でも今回は手元の式神も揃っているから除霊って感じかな」
そういって富士見は霊魂に接近する。上島も十字架とタブレットを持って準備していた。
その時である。人型霊魂のいる地面に五芒星が描かれ光り輝く。それと同時に人型霊魂は全身が拘束された。
「え? 拘束?」
思わず神藤は声を上げる。除霊と言っているので、てっきり攻撃するのかと思っていたのだ。
そんなことを思いつつ富士見を見るが、当の本人も何故か困惑している。
「これは、僕の五芒星じゃない……」
「その通りです」
神社の後ろから声が聞こえる。
「誰ですか!?」
上島が十字架を構えながら聞く。その声に反応したように、一人の女性が出てきた。
「君は……」
「お久しぶりですね、裏切者の富士見先生」
「先生?」
神藤は思わず口を開く。
「本当に久しぶりだね、相田君……」
富士見は少し強張った声を出す。
相田と呼ばれた女性は拘束した霊魂に接近し、そのまま触る。すると霊魂は光となって、彼女のスマホへと吸収された。
「今日のところはコイツの回収なので、先生の相手はしません。ですが、近いうちに会うことになるでしょう。では」
そういって女性はその場で消える。
「富士見さん……」
富士見は明らかに落ち込んでいるようだった。