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第7話 事情

 神藤たちは渋谷から霞が関に戻っていた。その道中では、富士見は少し困惑した表情を見せていた。

 事務室に戻っても、いつものような元気さはなかった。


「室長、いつもの調子はどうしたんですか?」

(あ、上島さん直球で聞いちゃうのか……)


 上島の質問に、富士見はちょっと元気のない声で返事する。


「あぁ……、ちょっとね。彼女のことを思い出しちゃって」

「彼女と言うと、相田と呼んでいたあの女性ですか」

「うん。別に隠すような人間じゃないんだけど……」

「ならなんで黙っているのですか?」

「それは……」


 富士見は言葉を濁す。


(何か話したくない理由でもあるのかな……?)


 神藤はそのように考え、これ以上の追及は止めようと思った。

 だがそれを上島がぶち壊す。


「彼女は近いうちに会うと言ってました。つまり、今後厄介なことになることが想定されます。ですので、知っていることを全て話してください」

(え? この状況で?)


 神藤が無言で驚いていると、富士見は溜息を一つ吐いて話始める。


「相田君は、僕が事務室に入る前に所属していた組織の教え子なんだ。その組織は陰の世界の怪異や霊魂を回収・保存し、人類から脅威を取り除くことを目的としている。僕は昔、そこで後進の教育のために教鞭を取っていた。その中の一人が彼女、相田君と言うわけだ」

「霊魂の回収って、この事務室のやり方っていうか、方針とは違いますよね?」


 神藤は富士見に聞く。


「そうだね。内閣府の方針は、怪異や霊魂の定期的な駆除と人類への情報統制。対してその組織の方針は、怪異や霊魂の保存と人類からの隔離。人類を守りたいという願いは似ているけど、怪異や霊魂に対する考えは食い違っている。僕は、組織の方針ではいずれ限界が来ると思って、8年前に組織を脱退した。相田君から言われた通り、僕はあの組織から見れば裏切者なんだ」


 コーヒーの入っていた紙コップをグシャリと握りしめる。


「でも後悔はしていない。これで良かったと思っているよ」

「それで、その組織とはなんですか?」


 上島は容赦なく質問する。


「これプライベートでセンシティブな話なんだけど? ……まぁいいや。今はその所属じゃないし」


 富士見は紙コップを捨て、その名前を言う。


「神無月機関、ていうんだ」

「神無月機関……。俗っぽい名前ですね」

「あんまりそういうこと言わないでね。名付け親が泣いちゃうかもしれないから」


 上島の発言に、富士見はアワアワしてしまう。


(神無月機関……か。神の存在を否定するような、名に恥じない組織だ)


 そんなことを神藤は思うのだった。


━━


 都内某所。ここには倉庫のように仕立て上げられた神無月機関の支部があった。

 裏口から入ってきた相田は、建物の二階へと上がる。


「相田、獲物は確保できたか?」

「当然です。こちらに入っています」


 そういって相田は持っていたスマホを渡す。このスマホは何世代も前の古い物であり、霊魂を1体から数体しか保存できないほどの低スペックである。しかし逆に、そのほうが足がつかないことから、こうして霊魂のやり取りなどで使用されているのだ。


「これまた強暴な霊魂だな」

「そりゃそういう時期ですから。強いのが出てくるのは当然でしょう」


 黒い覆面をかぶった男は、廉価スマホを操作して霊魂の状態を確認する。

 無言の時間が続いたところで、相田は口を開く。


「その霊魂を回収する際、裏切者に会いました」

「どの裏切者だ? 江田か? 高坂か?」

「富士見先生です」


 その名前を聞いた時、男は廉価スマホの操作を止める。


「……あの富士見か?」

「間違いありません」

「そうか、生きていたか」


 男はスマホを置き、少し考える。


「富士見は何をしていた?」

「分かりません。ですが、今回の獲物を除霊しようとしたり、誰かに指導している様子は伺えました」

「ふん。所属場所は変わっても、先生という職業は辞めることはできないか……」


 そういって男は相田に指示を出す。


「支部の人員を使っていい。富士見を監視しろ。ただし、バレるようなことだけはするなよ」

「承知しました」


 相田は軽く礼をし、その場を去る。


「富士見先生、私は大きく成長できました。そのうち見せに行きます」


 そういって暗闇に消えるのだった。

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