週末にかけて、神藤たちは都内にある神社仏閣からの要請に応じて出動していた。主に霊魂が原因と思われる事象に対応するためだ。
泙成31年4月12日。神藤たち三人は、珍しく電車ではなく車で移動していた。
「今日は板橋区のほうでも、最寄り駅が遠いから車で移動するね」
上島が運転をし、富士見が助手席、神藤が後部座席に座る。
下道で約1時間ほどかけて、目的地の寺へと到着した。
板橋区に不偏堂という寺院がある。この寺院の歴史は古く、安土桃山時代末期にあたる1592年に開山した。また不偏堂の周辺では後田町遺跡と呼ばれる遺跡があり、そこから弥生土器が多数出土していることでも有名である。
そんな不偏堂の住職に、話を聞く。
「数ヶ月前から境内に血の跡が点々と出現するようになったのです。何かしらの事件があったのではないかと警察にも相談したのですが、これだけでは事件性がないと言われてしまいまして……。防犯カメラの設置も考えたのですが、複数の檀家さんから反対の声を食らってしまい、と……。そのため私を含めた僧侶たちは、目に見えない犯人に怯えながら生活をしている状況なのです」
住職からの切実な願いを聞いた富士見は、その思いを一身に受ける。
「大丈夫です。僕らが来たからには、ちゃんと怪異を祓いますから。どうか安心してください」
「ありがとうございます……」
こうして、住職の期待に応えるべく、神藤たちは陰の世界に入った。
「さてさて、霊魂はいるかな?」
富士見は上島に聞く。
「探知レーダー上では異常ありません」
「ふーむやっぱり……。え、ない?」
思っていた報告と違っていたことに、富士見は驚く。
「はい。霊的力場に顕著な異常は見られず、周辺にいる霊魂も陽の世界に影響を与えるほど強くありません」
「えー……? じゃあなんで血痕が残っていたのさ」
「知りません」
まるでコントのような押し問答を続ける富士見と上島。その間に、神藤は住職から聞いたメモを見る。
『血の跡があったのは、本堂からそこに植わっているクスノキへと伸びていました』
その証言の通りに、神藤は本堂からクスノキに向かう石畳を見る。陰の世界では血は残っておらず、何か地面を抉られたような痕跡もない。
神藤は石畳を移動して、植えられているクスノキへと向かう。クスノキは樹齢100年を超えているようで、かなり大きくなっている。そのクスノキを軽く見ても、特に何か異変があるようには見えない。
(住職の話に嘘があるようには思えない……。じゃあ何が引っかかるんだ……?)
今の神藤は、探偵のような気分であった。
(この依頼には何か不自然な点が存在する。しかし、その不自然な点が分からない……)
神藤が髪をクシャクシャしていると、富士見が神藤に声をかける。
「何考えてるの?」
「あ、富士見さん。住職さんが言っていた血痕の場所を辿ってみたのですが、何もないんですよね……」
「そうだよねー。陰の世界で何かあれば、陽の世界にも影響は出てくるし。霊魂の仕業としても、なんか引っかかる所はあるんだよねぇ」
二人して頭を悩ませてしまう。しかし、悩んだところで解決するわけではない。
「うーん。こうなったら、この式神の出番かなぁ」
そういって富士見は、スマホに五芒星を表示させて呪文を唱える。
「時をさかのぼりし式神よ、今ここに現れん」
すると、スマホ画面の表示が変化する。どうやらカメラモードになったようだ。
「富士見さん、この式神は一体……?」
「これは、スマホを介して過去の映像を見ることができる式神だよ。このスマホに憑りついて貰っているんだ」
「へぇ……。って、それがあるなら早く言ってくださいよ!」
「いやぁ、ごめんごめん。神藤君が真剣に考えてくれてるから、邪魔しないように気を使ってたんだけど」
そのように言われてしまい、神藤は何も言い返せなくなった。
「とりあえず、過去3ヶ月分の映像を式神に解析してもらおう。じゃ、あとよろしくー」
富士見の雑なお願いでも、式神はきちんと命令に従う。
富士見が写している場所の3ヶ月分の映像を取得し、解析する。
数分もすれば結果が出力される。
『指定期間での主だった霊的現象は確認されず』
スマホに表示された一文である。
「霊的現象は確認されずって、どういうことですか?」
「そうだねぇ。つまり、陰の世界では異常はなかったってことだね」
「えぇ……」
神藤は思わず肩を落とす。
しかし富士見は、映像に写ったあるものを見逃さなかった。
「一回陽の世界に戻ろうか」
そういって三人は陽の世界に戻ってきた。
「原因も分からず陽の世界に戻ってくるのは、なんか不本意です」
神藤はそのように言う。
「まぁまぁ。でも原因は分かったよ」
富士見はそういって、本堂のほうへと向かう。そのまま本堂の裏手に回って、床下部分を覗く。
「ど、こ、に、い、る、か、なー?」
スマホのライトを照らしながら、富士見は何かを探している。
そして発見した。
「あぁ、いたいた。今回の犯人はアレだ」
神藤が覗いてみると、そこにはモゾモゾと動く黒い物体があった。目を凝らしてよく見ると、灰色の毛並みが見えるだろう。
「え? 野良猫……?」
「正解。どうやら、そこのクスノキを縄張りとしている猫だね。数ヶ月前に出産が始まって、この床下の空間に逃げてきたみたいだ」
そういって富士見は立ち上がる。
「おそらく数ヶ月続いたのは、他の猫との喧嘩によるものだと思う。猫って縄張り意識高いからねぇ」
神藤も立ち上がり、富士見に聞く。
「でもどうして猫の出産が分かったんですか?」
「さっき陰の世界で過去の映像を見た時、血痕があった場所に半透明の霊魂が複数いたんだ。半透明なのは生まれてくる前の純粋な魂。それを見て、おそらく妊娠・出産をした野良の動物がいると考えたんだ」
なかなかの洞察力である。富士見はそのことを住職に伝える。
「あぁ、そうだったのですか。何か事件のようなものじゃなくて良かったです」
「本当ですねぇ。今後は気を付けてくださいね?」
「はい、分かりました」
こうして、この日の神藤たちは仕事を終えて帰路についた。
わけではなかった。
「それじゃあ神藤君の配属を記念して、乾杯!」
「乾杯」
「カンパーイ……、ありがとうございます。飲み会なんて開いてもらって」
「大丈夫大丈夫。頑張れば経費で落とせるから」
「駄目です」
富士見の発言に、上島が否定する。
(富士見さんはいい人だし、上島さんは意外と柔軟な人なんだなぁ)
生ビールを飲みながら、そんなことを思う神藤。神藤に取って富士見は、人生における目標、憧れのようになっていた。