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第9話 打ち合わせ

 週が明けた4月15日。神藤が登庁してくると、すでに富士見が出勤していた。


「富士見さん、今日は早いですね」

「うん。野暮用が入っちゃってね」


 そういって何か書類を見つめている。


「あ、ちなみにこの野暮用は神藤君にも関係あるから、あとで会議室ね」

「え? はい」


 なんのことだか分からない神藤は、とりあえず言われたことは素直に聞くしかなかった。

 1時間後。富士見、上島、神藤は、中央合同庁舎4号館の共用会議室にいた。遅れて部屋に入ってきたのは、スーツ姿の男性二人である。


「お疲れ様です。警視庁公安第一課特殊事件予備班の加藤です」

「加藤さん、お疲れ様です」


 加藤は名刺を差し出し、富士見はそれを受け取る。もう一人の男性は加藤の後ろで大きめのビジネスバッグを持っていた。

 富士見は一度神藤の方を見ると、二人に紹介する。


「こちらは今月入ってきた新人の神藤君です」

「よろしくお願いします」


 神藤は頭を下げる。


「加藤さんの後ろにいるのは、うちから出向している原田君ね」

「原田です。まだ二十代なのでよろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 こうして五人がテーブルを囲み、打ち合わせが始まった。


「まずはこちらの統計をご覧ください」


 そういって加藤は、プロジェクターである資料を表示する。


「ここ3週間における怪異に関する事件・事故ですが、例年に比べて6割ほど増えています。前年同時期と比べましても、比率はかなり高くなっています」


 表計算ソフトから直接持ってきたグラフを見ると、確かに去年の今頃と比べて発生件数が多くなっている。

 富士見は手を顎にやりながら、何か考えているようだ。


「また、現在確認できているだけでも23件の事件・事故に、何かしらの組織が関わっていることが判明しています」

「これはおそらく、神無月機関ですね」


 富士見はそう断言する。


「その他、事件・事故になっていない暗数を含めますと、一日あたり平均7件の怪異事件や事故が発生していると考えられます」


 そういって加藤は、富士見に向き合う。


「ここは事務室のお力をお借りして、神無月機関を殲滅……いや行動不能に追い込みたいと考えています。どうかお力添えを……」


 加藤は椅子から立ち上がり、富士見に頭を下げる。

 それを見た富士見は口を開く。


「申し訳ないですけど、この提案では協力はできません」


 いつものような物腰柔らかい口調ではなく、キビキビとした言葉で話す富士見。


「うちはあくまでも、怪異による事故が発生した後に出動する、いわば対症療法の組織です。公安の皆さんのように、常日頃から情報収集し、先手を取って対処するようなことはしません」

「ですが、このままでは大勢の国民の命が危険に曝されてしまいます。それは国民に奉仕する公務員の姿ではないと思いますが」

「確かに部外者からはそのように思われることも多々あります。しかしそれでも結構なのです。我々のような存在は知られないほうがいいのですから」


 富士見はきっぱりという。


(これってつまり、神無月機関と争うつもりはないと言っているようなものじゃないか……)


 先日、富士見が話してくれた内容と少々食い違う意見だ。神藤は富士見に疑念の目を向けるが、すぐに考えを改める。


(もしかしたら、うちの方針とちょっとズレているのを指摘したのかも……。うちは怪異や霊魂の定期的な駆除、そして皇居や皇族に降りかかる怪異を排除することを主目的としている。つまり、神無月機関は最初から眼中にないってことか)


 そのように結論を導き出した神藤。自分でも納得できる言い訳が出来上がった。


「しかし室長。お耳に入れておきたいことが……」


 そこに原田が口をはさむ。


「ん? 何か不味いことでもあった?」

「はい。神無月機関が事件を起こした場所をマッピングすると、9割が山手線内部で発生しているのです。そしてその大半が新宿御苑なのです」

「新宿御苑……」


 その話を聞いた富士見は、少し考え込むと口を開く。


「分かりました。神無月機関については我々でなんとかしましょう。警視庁さんからは、引き続き情報提供をお願いします」

「もちろんです」


 加藤は右手を差し出す。富士見も椅子から立ち上がり、その手を取って握手した。

 そして警視庁の二人は去っていく。


「藤見さん。なんで依頼を受けたんですか?」


 神藤は思わず富士見に聞いた。


「……そうだねぇ。新宿御苑って戦前は宮内省の管轄だったって知ってた?」

「いえ、そこまでは……」

「仮に管轄してた時期が戦前でも、皇室やら宮内省やらが絡んでいたのならそれも守らないといけないって僕は思うんだ」

「はぁ……」

「今はそう思ってれば大丈夫だよ」


 そういって富士見は、会議で使った筆記用具を持って会議室を出る。

 神藤は何か違和感を感じたが、それは重要ではないと考え、彼の後を追うのだった。

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