その日の夜。神藤が家に帰ってきた時だった。
玄関の扉を開けて靴を脱ごうとした時、自分のスマホが鳴っていることに気づく。電話の相手は富士見だ。
「もしもし?」
『もしもし神藤君? 悪いんだけどさ、今すぐ田端駅近くにある田端公園に来てくれない? 今日の打ち合わせで話した神無月機関が関係しているかもしれない事件が起きたからさ』
「あっ……、はい。分かりました。すぐ行きます」
神藤は一つ溜息をついて、買ってきたコンビニ弁当を玄関先に置いて再び家を出る。
すぐに最寄り駅の町屋駅に向かい、そこから電車を乗り継ぐ。と言っても、西日暮里駅で乗り換えるだけで、おおよそ10分程度で田端駅に到着する。
そこから北口を出て、徒歩約15分。住宅街に囲まれた公園に到着する。
そこにはすでに何台ものパトカーが集合しており、赤いパトランプが暗闇を照らしていた。
「あ、神藤君。お疲れー」
規制線の前で富士見と上島が待っていた。
「お待たせしたようで申し訳ありません」
「いやいや、いいんだよ。突然呼び出したのはこっちなんだから」
そのような話をしていると、警視庁の加藤と原田がやってくる。
「お揃いですね」
「はい。早速ですが現場を見せてもらっても?」
「もちろんです。こちらへどうぞ」
周囲にいる警官には何らかの話を通しているのか、すんなりと規制線の中に入れてもらえる。
公園の中に入ると、そこには複数人の鑑識がおり、証拠を集めていた。
その鑑識がいる中心部、南側にある階段に案内される。階段にはべっとりと大量の血液が池のようにあった。
「こちらが現場です。木の枝が折られるような音を聞いた近隣住民によって通報されました」
「かなり大量の血液だねぇ」
富士見はそのようにしみじみと言う。神藤は、あまりにも大量の血液であったため、逆に気持ち悪さなどは感じなかった。
「この血液の量ですが、現在の概算で約4.5リットル。60キログラムの成人男性の血液量と同程度です。そして被害に遭ったのが日下部桃李、24歳会社員。この近所に住む男性です」
「となると、被害男性の血液がほぼ絞り出されてた状態ってことですね?」
「はい。もちろん、こんな超常現象が起きるのはあり得ないので、こうして来ていただいたわけです」
富士見は現場周辺の様子を確認し、一つ指摘する。
「被害者の男性は、ここにいたんですよね?」
そういって富士見は階段を指さす。
「その通りです。いや、もはや人と呼べるかどうか怪しいくらい、全身が雑巾のように絞られていました」
「それはおかしいな……」
その言葉に、神藤は質問する。
「おかしいって何がですか?」
「仮に今回の犯人は神無月機関だとして、なぜ陰の世界の犯行ではなく陽の世界なのか……って所だね」
「……? 何もおかしくないと思うんですが?」
「うーん、もうちょっと説明するね。陰と陽の世界は表裏一体で、どちらかの世界で起きたことはもう一つの世界に影響する。でも、人間そのものを攻撃することは不可能に近い。それこそ、建物の崩壊やら呪殺やらしない限りはね」
「そこまでは理解出来ます」
「それにも関わらず、被害男性はまるで巨大な霊魂によって物理的に殺されたような被害を受けている。陰の世界からそのような干渉は受けないはずなんだよ」
「はぁ……。でもわざわざ陰の世界に行かなくても、霊魂を使用することは可能だと思うんですけど」
その言葉に、上島が反論する。
「陽の世界で霊魂や式神などの召喚は出来ません。それがどれだけ強力な霊魂であったとしてもです」
「いや、出来ますよ」
そういって神藤は祝詞を上げる。
「我が心、写し出したる御鏡の、短刀ここに現れるべし」
すると神藤の手元に、短い刀身の淡く光る短剣が出現する。
「え、嘘?」
富士見と上島は驚く。
「他の家は知らないですけど、うちの家族では曽祖父と祖父がこの世界で使用していました」
そういって神藤は短剣を消失させる。
「多分ですけど、神無月機関は何らかの方法で霊魂を陽の世界で召喚し、物理的に殺害したのだと思います」
「そんなことが可能なんだ……」
今まで常識だったものが覆されたような表情をする富士見。上島は逆に受け入れられないような目をしていた。
「ということは、今回の犯人は神無月機関で確定、ということですか?」
原田が加藤に聞く。
「もしかしたら。ただ、今回の事件では被害者は全身の動脈をナイフで切られたという風に改変する必要があるだろうね」
そういって加藤と原田は、現場にいる刑事の元へと向かう。
その間、富士見は何か考えているようだった。
「……神藤君、今の力って家族以外に見せたことは?」
「ない、ですけど……」
「分かった。今はそれだけ聞ければいいよ。今日はもう帰ろう。残業代をつけなきゃね」
こうして神藤は思わぬ残業をしたのだった。