泙成31年4月16日。神藤が出勤すると、すぐに富士見に捕まる。
「神藤君、僕たちは陽の世界で力を使うことは出来る?」
「それはやってみないと分からないですね……。でも陰の世界と陽の世界は表裏一体だと思うので、頑張れば出来るかもしれないです」
「なるほどー。じゃあ試してみる価値はあるね」
そういって富士見はスマホに五芒星を表示させる。
「我が式神よ。我が元に集え」
富士見は呪文を唱えたが、特に何も変化は起きなかった。
「……あれ? 何も起きないけど?」
「いやぁ……、何が起きているのか分かんないですね……」
「参ったな。これじゃあ神無月機関と対峙した時に負けちゃうなぁ」
「それよりも、なぜ神無月機関が陽の世界で力を発揮出来るのかを考えたほうがよろしいかと」
上島がパソコンで事務作業をしながら指摘する。
「確かに。思えば、神無月機関も僕たちと同じようにスマホを使っていたね。つまりやっていることは同じなわけだ。どこで差がついているんだろう……?」
神藤は何か自分の中で心当たりがないか探る。子供のころに家族から教わったことなどを中心に思い出してみるものの、特別なにかやったような記憶はない。というか、単純に思い出せないことが多い。
「うーん、何かやったっけなぁ……」
「まぁ、無理に思い出さなくてもいいよ。そっちに労力割くよりか、今は目の前のことをやったほうが有益だし」
「……そうですね」
こうして、昨夜の事件についての事務作業をこなそうとしたときである。
事務室の固定電話が鳴る。
「はい、事務室です。はい、はい、承知しました。すぐに向かいます」
簡単にメモを書き、受話器を置いた上島。すかさず富士見が聞く。
「もしかして、原田君?」
「はい。また神無月機関が関与していると思われる事件が起きたそうです。場所は新宿区の筑火八幡町にあるコンビニとのことです」
「それじゃあ向かいますか」
そういって三人は電車で現場に向かう。現場は飯田橋駅から徒歩10分ほどにあるコンビニ、「ナインサーティーン新宿筑火八幡町店」だ。
昨夜同様、現場周辺に規制線が張られている。交差点に面している場所のため、警官が交通整理をしていた。
現場に到着すると、加藤と原田がコンビニの外で待っていた。
「お疲れ様です。昨日今日と手間を取らせてしまってすみません」
「いえいえ、これも仕事ですから。それで、今日の事件と言うのは?」
「はい、こちらにどうぞ」
そういって規制線が張られているコンビニの中へと入る。すると、ここでも大量の血液と嫌な臭いが存在感を示していた。
「被害者は男性と思われますが、それ以外の情報はまだ掴めていません。何しろ、被害者はまるで頭から押しつぶされたようになっていまして……」
加藤の説明の通り、周辺にあった棚や商品の一部が、まるでハンマーで叩かれたようにつぶれていたからだ。これでは所持していた身分証などもペシャンコだろう。
遺体の一部が周辺に飛び散っており、まだ回収されていないようだ。
そんな中、富士見は天井を見て、ある指摘をする。
「ここだと、防犯カメラの映像があると思うんですが、何か映っていましたか?」
「確認しましたが、男性が突然つぶれる以外の映像は何も……。前後の映像も確認したのですが、これと言って異常は見当たりませんでした」
「一応見せてもらうことって出来ますか?」
「大丈夫です。ちょっと鑑識の人に聞いてきます」
そういって加藤は鑑識に聞きに行く。外に待機していた警察車両へ向かい、すぐに戻ってくる。
「車両の中なら見ても問題ないとのことです」
「それじゃあ見せてもらいましょう」
バンに乗り込み、処理前の映像を見せてもらう。
「この方が被害者です」
鑑識の人の解説のもと、映像を見る。男性がお菓子コーナーを見ていた瞬間、一瞬にして男性の体が押しつぶされ、大量の血液が飛び散る。同時にそれなりの衝撃が発生したのか、カメラが上下に揺れていた。
「確かに不思議な映像だ……」
「犯人が映っている様子もありませんね」
富士見と上島はその映像を見て、何か手がかりが映っていないか注意深く見る。
その一方で神藤は、何か思うところがあるらしく後ろから黙って映像を見ていた。
「と、このような感じなので、捜査も行き詰っている状態なんです」
鑑識の男性は、そのように富士見に話す。
「うーん。僕たちが見ても、何かしら超常現象が起きたようには見えないんですけどね」
「でしたら、このデータを焼き増しして後でメールしますよ」
「本当ですか? 助かりますー」
加藤がそのように提案する。富士見はその厚意を素直に受け取った。
神藤たちは電車に揺られ、事務室に戻る。
「しかし、あんな超常現象をどうやって神無月機関が引き起こしているのか……。そこが謎だねぇ」
富士見はあの映像を見てからずっと考えているようだ。
「それを考えるのは、映像が届いてからでいいのでは?」
「それもそうだねぇ」
上島の意見に、富士見は肯定する。
その横で、神藤はずっと考えていた。
「神藤君、何か悩み事?」
「あっ、いや……。さっき見た映像、何か引っかかるというか、違和感というか……。言葉では表せないような何かを感じたんですよね」
「なるほど……。まぁ、今日中に映像は送られてくるだろうから、その時に確認すればいいよ」
「はい」
それでも神藤は考えていた。
(あの時の違和感、一体何だったんだ……?)
しかし、ただ空しく時間が過ぎていくだけだった。