その日の午後4時。上島のパソコンが1通のメールを受信する。
「室長、原田さんから先ほどの事件の動画が届いています」
「オッケー、僕を神藤君のパソコンに転送してくれる?」
「分かりました」
すぐに富士見と神藤のパソコンにメールが転送されてくる。
神藤は添付されたメールのウイルスチェックをして、問題ないことを確認したのち、動画を開く。当然ながら、動画の内容は昼間見たものと同一である。
「うーん。やっぱり何度見ても、不思議な点は見られないなぁ。神藤君はどう思う?」
「まだ何かしらの違和感は感じますね……。それが何なのかはまだはっきりとしませんが……」
三人から意見は出ず、進展は行き詰ってしまった。
神藤は、この映像の中に何かヒントがあるはずと踏んで、繰り返し映像を眺める。コマ送りで見てみるものの、それでも何か確信に至る証拠は掴めなかった。
「こんなに悩んでいると、この映像には何もないのではって思っちゃうよねぇ」
富士見が根を上げながら、そんなことを言う。
「民間の映像専門業者に、この映像の解析を頼みますか?」
「そうだねぇ……。これ以上の情報が出てこないのなら、それも考える必要があるね」
上島の提案に、富士見が賛同する。
その時、神藤はあることを思い出す。
「富士見さん。前に陰の世界で使っていた、過去の映像を見れる式神は使えないんですか?」
「それも考えたんだけどねぇ。あの式神は一度使うと3日から5日くらい休憩を取らないといけないんだ。時間を遡って見てるわけだからね。今朝の時点では、まだ休憩中だったから明日くらいまでは無理かなぁ」
「えぇ……?」
そんなことを言われ、神藤は思わず困惑の表情を見せてしまう。
そのようなことを言っていると、時刻は午後4時半を指した。
「おっとこんな時間だ。さっき依頼が来た怪異の対処にでも行こう。今日は残業代がつくぞぉ」
「室長はフレックスで消化出来てない時間がまだありますので、残業代はつきません」
「えぇ、そんなぁ……」
そんな話をしながら、三人は大崎駅に移動する。そこからさらに徒歩で移動し、今回の依頼先である在土神社へと到着した。
「こんな時間にわざわざ来ていただき、感謝いたします」
宮司の男性が頭を下げる。
「いえいえ、こういうのも仕事のうちですので。それで、早速現場を見せてもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
そういって神社の裏手にある立派なケヤキの前に案内される。そのケヤキの根元には、焼け焦げたような跡が残されていた。
「この間の土曜日の夕方ですね、いきなり雷のような音がドーンとしたと思ったら、裏手のほうからパチパチと音がしましてね。火災が起きたので、慌てて消防に連絡したんですよ。幸い、火災はこの木の根元だけで済みましたが、消防や警察の方が現場検証しても『出火原因が分からない』とおっしゃってました。その時、もしかして……、と思って連絡させていただきました」
「なるほど、分かりました。ではこちらで調査してみますね」
宮司が去った後、富士見はいつものようにタブレットを準備する。
その最中、神藤はジッと木の根元を見ていた。そしてふと、ある言葉を呟く。
「常世に住み着く流浪の御霊よ、今この声に応えたもうぞ」
そのまま神藤は、親指と人差し指で輪っかを作ると、そこからケヤキの根元を覗く。するとそこには、陽の世界では見えることのない霊魂が見えたのだ。
「あ、これだ……」
神藤は思い出した。それは神藤がまだ5歳くらいの頃に、祖父から自分に後天的に付与してもらった力のことを。
「神藤君、どうしたの?」
準備を整えた富士見が神藤に聞く。
「思い出したんです。陽の世界からでも陰の世界を見る方法を」
「え? そんな力があったの?」
富士見が驚く。
「はい。こうして輪っかを作って、そこから覗くと陰の世界が見えるんです」
「へぇ、面白い。……それってもしかして、今日の事件の映像に使えたりする?」
「おそらく出来ます。新しい発見が出来るかも」
「じゃあ、これが終わったらすぐに見てみよう」
結論だけ述べるが、ここで起きた怪異は雷の力を持っていた霊魂によって引き起こされていた。今回もこの霊魂を駆除することで、今後の発生を抑止する。
さて、事務室に戻ってきた三人は、早速神藤の力を試すことにした。
「では行きます……」
そういって神藤は陰の世界を見ることが出来る祝詞を上げ、輪っかを作って映像を見る。すると映像には、建物の天井に届きそうな巨大な人型の霊魂が、すでにコンビニの中にいた。
「で、デカい……! 天井に届きそうなくらい巨大な人型の霊魂がいます!」
「本当かい? じゃあ実際に映像を流してみるよ」
映像を再生する。被害者がコンビニに入ってきた瞬間から、巨大な霊魂が被害者のことをジッと見つめていることが分かる。
そして被害者がお菓子コーナーに入る前から、人型の霊魂が歪に大きくなった握りこぶしを振り上げ、そして明確に被害者の頭を狙って振り降ろした。
「この霊魂が握りこぶしで被害者のことを潰したようです……」
こうして映像で見てみると、かなりグロテスクだ。思わず神藤は輪っかから目を離す。
「なるほど。でもこれで、神無月機関が事件を起こしていることがはっきり分かったよ」
そういって富士見は映像を繰り返し見る。
「それで、僕たちの力を陽の世界でも使えるようにする方法は思い出せた?」
「それは、多分アレかなぁと思うんですけど……」
そういって神藤は、近くにあったコピーミスの裏紙にボールペンでサラサラと文字を書く。一種の魔法陣のようなものが書き上げられた。
「ではここにスマホを置いてください」
富士見のスマホが魔法陣の上に置かれる。そのまま神藤は祝詞を上げた。
「中つ国より眺めたる、常世の御霊の万端よ。これに力を込めたりて、両の世界を知らしめん」
すると、一瞬魔法陣が光り輝いた。
「これで式神が召喚出来るはずです」
「どれどれ……」
そういって富士見は五芒星を表示させ、呪文を唱える。
するとスマホの画面が光り、そこからいつも見るような霊魂が出現した。
「おぉ! これはすごい!」
「これで陽の世界でも神無月機関に対抗出来ますね」
こうして神藤たちは新しい力を手に入れた。