車を出していたこともあり、スイスイと浅草のある台東区までやってきた。大通りから一つ中に入った所にある駐車場に車を止め、すぐに雷門のある通りに出る。
その通りに出ると、すでに異変が起きていた。雷門のある交差点が半球状の紫色の何かに覆われているのだ。それはとても巨大で、雷門全体を覆いこんでいる。
「これは……!」
「おそらく神無月機関による結界と、僕の作ったデジタル結界が相互作用しているんだ。僕たちには見えるけど、一般の人々には見えていないはずだよ」
富士見の言葉通り、ここまで巨大であるにも関わらず、通り過ぎる人々は何も反応を示していない。
「しかし室長、結界にも限度があります。現に陽の世界にも霊的力場が漏れ出しているようです」
「だと思った。とにかく、あそこに突っ込むよ!」
三人は雷門を覆いこんでいる結界に突入する。
一瞬、粘着性のある液体に飛び込んだような、抵抗感のある感覚がする。しかしすぐにその抵抗感はなくなった。そして雰囲気が変わる。
結界の中は陰の世界そのものみたいだった。いや、感覚的にはそのものだ。先ほども上島が霊的力場が漏れ出していると報告していたように、ここも陽の世界に漏れ出した陰の世界なのだろう。
そんな結界の中には、すでに何人かの人間がいた。その中には相田もいる。
「あら、また会いましたね。裏切者の富士見先生」
「相田君、これは一体どういう冗談だい?」
富士見はスマホに五芒星を表示させながら構える。
上島も十字架とタブレットを用意していたので、神藤も一応構えだけは取る。
「冗談ではありません。我々神無月機関は陰の世界と陽の世界の融合を考えています」
「融合? そんなことを教えたことはないはずだよ」
「そんなことは分かっています。しかし富士見先生が機関を去った後に私たちは考えたんです。この世界はあまりにも陰の世界を軽視しすぎていると。特に日本は、戦争に負けてからあらゆる信仰力が薄れていきました。このまま皇位継承が行われると、陰の世界が荒れて陽の世界が滅茶苦茶になる。その前に私たちが救済するのです」
相田の目は真っすぐで、真剣そのものだった。その目を見た富士見は、一度目を閉じ、そして開いた。
「相田君、それは詭弁だよ。日本は世界でも随一の宗教信仰国だ。あらゆる宗教を自分たちの生活に取り入れ、そして独自に変化させている。かつて日本にあった山岳信仰が変化し、神道となったように。それが仏教と組み合わさって神仏習合となったように。日本人はいろんな宗教のいい面を取り入れてきた。それはこの国の宝だ」
「宝、ですか。いい言葉だけを並べて自分を正当化しているようにしか聞こえません」
相田はスマホを取り出し、五芒星を表示させた。
「ならどちらが正しいか、決着をつけましょう」
「教え子と戦うのはあまり好きじゃないんだけどなぁ」
一瞬の静寂。先に動いたのは神無月機関であった。相田の後ろにいた黒スーツの男たちが、スマホから犬のような霊魂を召喚する。霊魂は式神として、召喚者の命令通りに動く。
「我が式神よ、我の声に応え、悪しきものを祓え!」
富士見のスマホから式神が召喚される。その式神は巨大な虎の姿をしていた。犬の式神が富士見に突進してくるものの、虎の式神は前足を一薙ぎしただけであっさりと行動不能にする。
その間に、神藤は直刀「
(これ俺いらなくない……?)
その時、何か嫌な気配が背後からした。反射的に体を振り向かせ、直刀を顔の前に持ってくる。
見えたのは猪の式神。空中を飛んで突進してきたようだ。幸いにも、突進は神藤の直刀で防ぐことが出来た。
その猪の式神に、上島の十字架による銃撃が入る。しかし表面が硬いようで、簡単に弾かれてしまった。
「へぇ、結構やるじゃないですか。あなたが新人ですよね?」
いつの間にか神藤の横に相田が立っていた。神藤はすぐに距離を取ろうとステップを踏むが、相田の蹴りによって中断される。式神を纏った蹴りは神藤の腹部に命中し、神藤は地面を転がる。
「ですが、戦闘能力はからっきしですね。何のためにいるんですか?」
相田はゆっくりと神藤に接近する。神藤は腹部を押さえ、立ち上がれずにいた。
そこに上島からの攻撃が飛んでくる。それを相田は蹴りで弾いた。近くにあったビルに命中し、瓦礫が散乱する。
「あなた方の目的は阻止します」
「出来るものならやってみなさい」
上島の警告に、相田は挑発で返す。
一方で富士見は相手していた黒スーツの男たちを無力化していた。
「相田君、無駄な抵抗は止めて、大人しく投降するんだ」
富士見は、相田のように式神を両手に纏わせてファイティングポーズを取る。
「いえ。私たちの目標は達成させてもらいます」
相田は別のスマホを取り出す。そこには赤色で描かれた、模様が少し異なる五芒星が表示されていた。
「悪霊よ、我が声に応え、召喚されよ。貴様の名は
スマホから赤い光が、まるで蛇のようにあふれ出す。その光はやがて一点に集まり、人のような形を作っていく。だが両腕は肘までしかなく、逆に足は極端に長い。頭は逆さまにくっついており、人間になり損ねた異質な存在のように見える。
「行きなさい」
神藤たちの前に、異質な霊魂である無人魂が立ちはだかった。