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第16話 戦闘

 異形の霊魂、無人魂は神藤たちの前へ、ゆっくり歩いてくる。


「この霊力……、聖光属性が反転して闇黒属性が増幅されています」

「まさか、八幡神社の御祭神を無理やり使役しているのか?」

「正解です。さすが富士見先生、国家公務員をされているだけありますね」


 富士見の推察に、相田は称賛を送る。


「褒めてくれるのはありがたいが、今はそれを受け取っている暇はないんだよね」

「そうですね。このままにらみ合いをしていても時間の無駄ですし。無人魂、さっさと攻撃しなさい」


 相田が命令を下すと、無人魂は雄叫びを上げながら富士見に突撃する。


(動きは早い……。だがそれでも……!)


 富士見は無人魂の接近に合わせ、拳を突き出す。胴体のど真ん中にパンチが吸い込まれていく。

 が、無人魂は人ではない動きをして、富士見の上へ回避する。


「なっ……!」


 無人魂はそのまま富士見の頭を超え、その後ろにいた神藤に向かって突進する。


「うわわわ……!」


 神藤は回避のために直刀を体の前に構える。そこに無人魂が突進した。

 無人魂の突進の威力が大きかったため、神藤はそれを受け止めきれずに後報へ吹っ飛ばされる。


「ぐえっ」

「神藤君!」


 富士見は無人魂へと接近を試みるものの、無人魂はすぐに目標を上島へと変える。


「ケロシアの第二の手紙2章6節から8節」


 タブレットから自動音声が流れる。


『不法の者は自らを神と名乗り、神の座に座るべく行動を開始した。偽の神が誕生した瞬間である。やがて師は来臨をもってして彼を滅ぼすだろう』


 上島の十字架が光り輝き、光り輝くチャクラムのような光輪が出現する。それを上島は投擲する。

 真っすぐ無人魂に向かって飛んでいく光輪だが、無人魂は容易に回避した。そのまま上島に接近する。

 だが無人魂が回避した光輪は、急に進行方向を180度変えて、再び無人魂へと接近する。それに反応出来なかった無人魂は、右肩辺りに光輪を食らう。


『ギイヤアアア!』


 無人魂が初めて悲鳴を発した。人ならざる者の、獣のような声だった。


「やぁっ!」


 そこに富士見が無人魂の直上へと飛び、拳を振り上げる。そのまま落下する勢いを利用して、拳の振り下ろし攻撃をした。

 富士見の攻撃は無人魂の脳天━━厳密には頭部がひっくり返っているので顎だが━━に命中する。


『グギギ……』


 無人魂にダメージが通っているのが確認出来る。


「神藤君! この霊魂を無力化してほしい!」

「無力化ですか!? これに効くんですか!?」


 富士見は神藤にそのように言う。神藤は急な話で困惑する。


「やってみなくちゃ分からないだろう?」


 そう言われて、神藤はハッとする。そして祝詞を上げた。


「中つ国に生まれし魂、清めて禊を受け入れよ。常世の少彦名スクナヒコナよ、彼の魂を導きたまえ」


 直刀の鎬地に文字が浮かび上がる。そのまま無人魂に接近する。無人魂はまだ富士見の攻撃でクラクラしている状態だ。

 神藤の斬撃が無人魂の左腕に命中する。すると無人魂の左腕が白く変色して、煙のように蒸発した。おそらく昇天したのだろう。


『グェェェ!』


 腕を斬られたようで、無人魂の怒りは頂点に達したらしい。頭を振り回しながら神藤の方へと突進してくる。

 神藤はそれを冷静に見極め、回避しつつ剣を無人魂に斬りつける。それを繰り返すことにより、無人魂の体は少しづつ昇天していき、だんだんと体が削られていく。


『グァァァ!』


 先ほどから怒り狂っている無人魂は、神藤から一度距離を取って勢いよくジャンプする。そのまま空中で前回転しながら踵落としをしてきた。

 それに対して神藤は、剣を構えるだけである。防御しようとする意志も感じない。

 やがて無人魂の踵が命中しそうになった。その瞬間、横から光線が降り注ぐ。


「父は全ての悪魔を許さない」


 上島による攻撃だ。その光線を直接浴びた無人魂は、光線の圧力に負けて横に押し出される。

 無人魂が立ち上がろうとするものの、体に力が入っていないようだ。その目前に神藤が立ち塞がる。


「神祀りたる高天原の、主たる神の御霊たち、中つ国の居所に、還りたるこそ本命ぞ」


 そういって神藤は直刀を無人魂に突き刺す。突き刺したところから、赤黒い霊魂が白く変化する。やがて全身が白くなり、ポウッと綿のように霧散していった。


「無人魂を浄化し、あるべき場所に還した……という感じですか。これはまた素晴らしい力ですね」


 相田はそのように分析する。


「相田君、いい加減投降するんだ。今ならまだ引き返せる」


 富士見は相田のことを説得する。


「富士見先生。それは出来ません。私はすでに修羅の道に入ったのですから」


 そういって式神を足に纏わせ、そのまま結界の外へと跳躍する。


「あ、待て!」

「では、また会いましょう」


 その制止は届くことなく、相田は結界を飛び出していった。


「……次は網でも用意するか」


 富士見は纏っていた式神を戻しつつ、そんなことを言った。


「室長。それよりも、この結界を何とかしましょう」

「そうだね。この感じだと……、この辺りを何とかすればいけるかな」


 富士見はいつも使っているタブレットの紋様を少しいじる。そのまま実行すると、神藤たちのいる結界がどんどん小さくなり、やがてタブレットに陰の世界が収束する。これにより雷門のある交差点は陽の世界に戻った。


「これで大丈夫かな」


 周辺の人々の様子を見て、富士見は問題ないことを確認する。

 そこへ原田がやってきた。


「室長ー! 無事でしたかー?」

「原田君、こっちは大丈夫だったよ。陽の世界への影響は?」

「現在確認されていません。とりあえず無事だったようで何よりです」


 そんな話をしている中、神藤は周りの人々を見る。人々は何事もなかったかのように観光を楽しんでいた。


「なんというか、平和を維持するのって大変ですね……」

「それはそうだよ。誰かが身を削って働いているおかげで、日常は支えられているんだから」


 富士見の言葉が、なんだか心の奥に刺さる神藤であった。

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