異形の霊魂、無人魂は神藤たちの前へ、ゆっくり歩いてくる。
「この霊力……、聖光属性が反転して闇黒属性が増幅されています」
「まさか、八幡神社の御祭神を無理やり使役しているのか?」
「正解です。さすが富士見先生、国家公務員をされているだけありますね」
富士見の推察に、相田は称賛を送る。
「褒めてくれるのはありがたいが、今はそれを受け取っている暇はないんだよね」
「そうですね。このままにらみ合いをしていても時間の無駄ですし。無人魂、さっさと攻撃しなさい」
相田が命令を下すと、無人魂は雄叫びを上げながら富士見に突撃する。
(動きは早い……。だがそれでも……!)
富士見は無人魂の接近に合わせ、拳を突き出す。胴体のど真ん中にパンチが吸い込まれていく。
が、無人魂は人ではない動きをして、富士見の上へ回避する。
「なっ……!」
無人魂はそのまま富士見の頭を超え、その後ろにいた神藤に向かって突進する。
「うわわわ……!」
神藤は回避のために直刀を体の前に構える。そこに無人魂が突進した。
無人魂の突進の威力が大きかったため、神藤はそれを受け止めきれずに後報へ吹っ飛ばされる。
「ぐえっ」
「神藤君!」
富士見は無人魂へと接近を試みるものの、無人魂はすぐに目標を上島へと変える。
「ケロシアの第二の手紙2章6節から8節」
タブレットから自動音声が流れる。
『不法の者は自らを神と名乗り、神の座に座るべく行動を開始した。偽の神が誕生した瞬間である。やがて師は来臨をもってして彼を滅ぼすだろう』
上島の十字架が光り輝き、光り輝くチャクラムのような光輪が出現する。それを上島は投擲する。
真っすぐ無人魂に向かって飛んでいく光輪だが、無人魂は容易に回避した。そのまま上島に接近する。
だが無人魂が回避した光輪は、急に進行方向を180度変えて、再び無人魂へと接近する。それに反応出来なかった無人魂は、右肩辺りに光輪を食らう。
『ギイヤアアア!』
無人魂が初めて悲鳴を発した。人ならざる者の、獣のような声だった。
「やぁっ!」
そこに富士見が無人魂の直上へと飛び、拳を振り上げる。そのまま落下する勢いを利用して、拳の振り下ろし攻撃をした。
富士見の攻撃は無人魂の脳天━━厳密には頭部がひっくり返っているので顎だが━━に命中する。
『グギギ……』
無人魂にダメージが通っているのが確認出来る。
「神藤君! この霊魂を無力化してほしい!」
「無力化ですか!? これに効くんですか!?」
富士見は神藤にそのように言う。神藤は急な話で困惑する。
「やってみなくちゃ分からないだろう?」
そう言われて、神藤はハッとする。そして祝詞を上げた。
「中つ国に生まれし魂、清めて禊を受け入れよ。常世の
直刀の鎬地に文字が浮かび上がる。そのまま無人魂に接近する。無人魂はまだ富士見の攻撃でクラクラしている状態だ。
神藤の斬撃が無人魂の左腕に命中する。すると無人魂の左腕が白く変色して、煙のように蒸発した。おそらく昇天したのだろう。
『グェェェ!』
腕を斬られたようで、無人魂の怒りは頂点に達したらしい。頭を振り回しながら神藤の方へと突進してくる。
神藤はそれを冷静に見極め、回避しつつ剣を無人魂に斬りつける。それを繰り返すことにより、無人魂の体は少しづつ昇天していき、だんだんと体が削られていく。
『グァァァ!』
先ほどから怒り狂っている無人魂は、神藤から一度距離を取って勢いよくジャンプする。そのまま空中で前回転しながら踵落としをしてきた。
それに対して神藤は、剣を構えるだけである。防御しようとする意志も感じない。
やがて無人魂の踵が命中しそうになった。その瞬間、横から光線が降り注ぐ。
「父は全ての悪魔を許さない」
上島による攻撃だ。その光線を直接浴びた無人魂は、光線の圧力に負けて横に押し出される。
無人魂が立ち上がろうとするものの、体に力が入っていないようだ。その目前に神藤が立ち塞がる。
「神祀りたる高天原の、主たる神の御霊たち、中つ国の居所に、還りたるこそ本命ぞ」
そういって神藤は直刀を無人魂に突き刺す。突き刺したところから、赤黒い霊魂が白く変化する。やがて全身が白くなり、ポウッと綿のように霧散していった。
「無人魂を浄化し、あるべき場所に還した……という感じですか。これはまた素晴らしい力ですね」
相田はそのように分析する。
「相田君、いい加減投降するんだ。今ならまだ引き返せる」
富士見は相田のことを説得する。
「富士見先生。それは出来ません。私はすでに修羅の道に入ったのですから」
そういって式神を足に纏わせ、そのまま結界の外へと跳躍する。
「あ、待て!」
「では、また会いましょう」
その制止は届くことなく、相田は結界を飛び出していった。
「……次は網でも用意するか」
富士見は纏っていた式神を戻しつつ、そんなことを言った。
「室長。それよりも、この結界を何とかしましょう」
「そうだね。この感じだと……、この辺りを何とかすればいけるかな」
富士見はいつも使っているタブレットの紋様を少しいじる。そのまま実行すると、神藤たちのいる結界がどんどん小さくなり、やがてタブレットに陰の世界が収束する。これにより雷門のある交差点は陽の世界に戻った。
「これで大丈夫かな」
周辺の人々の様子を見て、富士見は問題ないことを確認する。
そこへ原田がやってきた。
「室長ー! 無事でしたかー?」
「原田君、こっちは大丈夫だったよ。陽の世界への影響は?」
「現在確認されていません。とりあえず無事だったようで何よりです」
そんな話をしている中、神藤は周りの人々を見る。人々は何事もなかったかのように観光を楽しんでいた。
「なんというか、平和を維持するのって大変ですね……」
「それはそうだよ。誰かが身を削って働いているおかげで、日常は支えられているんだから」
富士見の言葉が、なんだか心の奥に刺さる神藤であった。