奈落獄はゆっくりと神藤たちのほうに向かって歩いてくる。
「これは……、生霊ですね。しかもまだ若い男女のものです。かなり怨念が溜まっているようです」
上島がタブレットで確認しながら、そのように言う。
「生霊を使役しているのか……。これまた難しい技を身に着けたようだね」
「富士見先生に認めてもらうには、このくらい出来なければいけませんから」
「……そうだね。その方向性を間違えてなければ、手放しで褒めることが出来たんだけどなぁ」
そういって富士見は式神を召喚する。ボクシンググローブタイプの式神を纏い、富士見は奈落獄に向かって突進する。
「せいっ!」
渾身の右ストレートは、奈落獄の顔面に入った。かのように見えた。
実際は顔面のギリギリのところで、右ストレートを受け止めていたのだ。
「ふっ!」
富士見はそれに動じることなく、空いている右の脇腹に向かって左フックをかます。これは見事に入り、奈落獄は鈍重な叫び声を上げる。
「かくも導き黄泉の魂、今こそ祓いて根の国向かえ」
神藤が祝詞を上げつつ、直刀を振るう。鈍く光っていた直刀の刀身が強く輝き、斬撃となって奈落獄へと飛んでいく。
奈落獄はそれを左手で防御する。しかし神藤の霊力が勝っていたこともあり、手首から先が斬られて蒸発した。
だがそれでも、怨念の力なのかすぐに左手は再生する。
「これじゃあキリがない……!」
手が再生した様子を見て、神藤は悲嘆する。
「大丈夫だよ、神藤君。完全に詰んだわけではないからね」
富士見は上島の方を見る。
「上島君は今の状態で異能使える?」
「まだ陰の世界の空気が残っているので、なんとか使えます。長くはないですが」
「数分持てば問題ないよ。上島君は牽制攻撃、僕は生霊の解体、神藤君は解体した生霊を祓って浄化する。これでいい?」
「問題ありません」
「こっちも大丈夫です」
上島と神藤の意思を確認し、富士見は手を改めて握りなおす。
「それじゃあ……、行くよ!」
そういって富士見と神藤は奈落獄に接近する。神藤たちの後ろから、上島が十字架による銃撃で奈落獄の動きを止める。
奈落獄は一度後ろに引き、床に手をつく。すると手の周りにいくつか五芒星が描かれ、そこから小さな奈落獄に似た人型実体が複数現れる。
小さな人型実体は空中を浮遊し、まるで群ドローンのように統率が取れた状態で近くにいた富士見に突進する。富士見は一番前にいた実体を殴り、別の実体に命中させる。
「っす!」
富士見は実体群に囲まれた状態になるが、それでも冷静になって対処している。四方八方から襲い来る実体群に対して、ジャブ、キック、回避といった基本的な動作を使って戦闘を優位に進める。
そして1体ずつ、的確により分けして神藤の方へ弾く。弾かれた実体は浄化の作用を持つ直刀によって斬られ、そのまま昇天していった。
ものの1分程度で実体群は消え去った。それを見ていた奈落獄は見るからに怒り狂っており、雄叫びを上げながら富士見を襲う。
しかしそれも、上島の牽制攻撃によって行く手を阻まれる。
「甘いっ!」
グローブタイプからナックルダスターのような形状に変化させ、全身の急所を的確に殴打する。腕、肩、鳩尾、鼻、首と瞬発的に拳を入れ、奈落獄の動きを鈍らせる。
富士見は急所への攻撃が効いているのを瞬時に確認すると、両手の式神を2本の脇差のような刃物に変化させる。そのまま関節ごとに切り裂き、それを神藤のほうに投げる。
「やーっ!」
投げられた奈落獄の部位を、神藤は丁寧に突き刺す。そのまま浄化によって部位は煙のように消え去る。
富士見が次々と体を切り分け、それを神藤へ投げて渡す。神藤はそれを斬って斬って斬り続ける。これにより、奈落獄の体はどんどん浄化されていった。
最後に残った頭部も斬り、ようやく奈落獄の全身を浄化させることに成功する。
「さすがです。富士見先生。それと部下のお二人も」
そういって相田はパラパラと拍手する。
「相田君、これ以上の抵抗は無意味だ。大人しく警察に逮捕されてほしい」
「それは国家公務員としての使命だからですか?」
「いいや。国民に奉仕する立場として、今回の事件を国民の皆様に知ってもらうためだ」
「どちらも同じようなものでしょう。ですがそうはいきません。仮に逮捕されて拘留されたとしても、陰の世界から神無月機関が救出に来てくれるでしょう」
「機関が救出に来てくれるとは、相田君も出世したものだね」
「えぇ。富士見先生の後釜として優遇して貰いました。それだけ富士見先生は機関にとって重要な存在だったのです」
「そうか。でもそれはすでに過去のものだ。今は公務員として、大日本八島国を守るために働いている」
「……ほんと、そういう所ですよ」
相田が最後にボソッと呟くと、彼女の後方に小さな結界が生まれる。
「相田。そろそろ時間だ」
全身を濃紺のマントのようなもので包んだ、男性と思われる人物が現れる。彼女のことを迎えに来たのだろう。
「では富士見先生、今日はこの辺で。また近いうちに会いましょう」
そういって相田は結界の中に消えていく。
「待てっ!」
神藤は駆けだして結界に接近するものの、結界が消えるのが先だった。神藤は結界があった空間を直刀でかき回すものの、結界の痕跡らしきものは何もなかった。
「また逃げられた……!」
「まぁ、神藤君。そんなに落ち込むことはないよ。今の彼女を捕まえたところで、簡単に逃亡しそうだからね」
富士見は式神をスマホに戻し、神藤をなだめる。そして上島のほうを向く。
「今の霊的力場の状態はどう?」
「力場の数値はプラス1.02。正常の範囲内です。陰の世界の瘴気なども確認出来ません」
「オーケー。後は警察に任せて、僕たちは事務室に戻ろう」
気が付けば、皇居の坂下門には警察車両やら救急車やらが大量に集まっていた。
(俺たち、事情聴取とか受けるんだろうか……)
そんなことを考える神藤であった。