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第21話 見回り

 泙成31年4月20日。神藤はあまり見覚えのない天井を眺めて目が覚める。


(あぁ、事務室に常駐することになったんだっけ……)


 寝袋からモゾモゾと這い出ると、すでに上島が起床していた。


「神藤さん、おはようございます」

「おはようございます……」


 挨拶を返す神藤。朝飯を摂るために、自分のバッグから惣菜パンを取り出す。ペットボトルのコーヒーを飲みながらゆっくりと朝食を食べていると、部屋の隅で寝ていた富士見が起きる。


「ふわぁ~。二人ともおはよう……」

「「おはようございます」」

「神藤君、ちゃんと寝れた?」

「はい。問題なく」


 実は神藤、大学4年次の時に研究室で寝た経験が2度だけある。卒研中間発表の直前と、卒研発表の直前の2回だ。夜通しかけて発表用のスライドを修正し続けた時は、何もかも投げ捨てたくなるような感じだった。

 そのようなカスの自慢は置いといて、神藤は寝袋を片付け、ジャージのまま椅子に座る。

 そして思った。


(今日は土曜日だけど、何をすればいいんだ……?)


 本来なら休日だが、現在は緊急で常時出勤している状態だ。ならば通常の業務を行うべきだろう。だが、それによって負担が増え、心身共に不健康な状態になる。


(どっちが正解なんだ……。いや、ここは聞くしかないのでは……?)


 そういって神藤は富士見に聞こうとした。


「あ、そうだ。神藤君」


 先に富士見が声をかけてくる。


「は、はい!」

「今日は陰の世界の見回りに出かけるから、準備だけしておいて。服装は……、そのままで大丈夫だよ」

「わ、分かりました」


 先に富士見から仕事が振られた。神藤は少し安堵する。

 そして約1時間後。神藤たちは合同庁舎の駐車場に移動する。


「今日は広い範囲の見回りに出かけるから、車を陰の世界に持っていこう」

(そういや、陰の世界では車の類いは見かけなかったな……。陰の世界にある物は、何かしらの法則性でもあるんだろうか……)


 そんなことを考えていると、富士見と上島は停めてある車に乗り込む。神藤も慌てて乗り込んだ。


「それじゃあ、陰の世界に行こうか」


 そういって車の中でタブレットを操作し、呪文を唱える。すると車の外が紫色の世界に早変わりした。

 窓の外から見える道路には先ほどまで車やらトラックやらが通っていたが、今はその跡形すら存在しない。


「それじゃあ行こうか。陰の世界だけど、交通ルールは守ってね」

「承知しました」


 そうして上島の運転の元、陰の世界を走る。道路には1台の車も走っておらず、信号だけが無意味に点灯していた。

 こうして霞が関から東へ向かう。ちょうど有楽町へと向かう道だ。


「この辺りは小さな霊魂だけだね。このまま皇居の周りをグルッと1周しよう」


 富士見の指示に従い、皇居外苑の国道一号線沿いを北に走る。

 神藤は外を見る。紫色の空と様々な色をした霊魂が、コンクリートジャングルの隙間にコソコソといる。なんてことはない、普通の日常のようにも見えるだろう。

 車は皇居東御苑の横を通り過ぎ、都道401号線を北に走る。そのまま九段下駅のある交差点を左に曲がった。

 すると、その先にある田安門交差点に、そこそこ大きな霊魂が立ち塞がっていた。


「ありゃ、こんな所にいたか。あの感じだと、旧日本軍の怨念の集まりだろうなぁ」


 すぐ近くには靖国神社がある。そこに引き寄せられた形で霊魂が集まっているのだろう。


「このまま放っておいたら、いずれ陽の世界に悪影響を与えかねないだろうね。ここで成仏させてあげよう。神藤君、出番だよ」

「はい」


 車を路肩に停め、神藤と富士見は車から降りる。

 神藤は軍人の霊魂にある程度接近し、両手を合わせて顔の前に持ってくる。そして祝詞を上げる。


「中つ国より生まれし魂、国を守りし英雄よ。常世の国へ今こそ向かえ、永久とわの眠りにつきたまえ」


 神藤は一息入れ、そのまま息を吐く。その息は桜の花びらとなり、霊魂に向かって広がる。霊魂が桜の花びらに包まれると、そのまま霊魂は花びらのようにサラサラと霧散していった。

 やがて霊魂は浄化され、その場には最初から何もなかったように静かになる。


「よし、これで大丈夫そうだね」

「はい」


 その時、神藤は視界の端で黒い何かが動くのを見る。それはすぐに高燈籠の影へと消えた。

 神藤が高燈籠のほうを見つめていると、富士見が声をかけてくる。


「神藤君、どうかした?」

「いえ……。あそこに何かいた気がしたんですが……、霊魂の見間違えかな……?」

「この仕事をしていると、そういうこともあるからね。気にしないほうがいいよ」


 富士見はそのように言う。しかし神藤にははっきりと見えた。


(あの黒い影……、人型だったよな……?)


 簡単には出入り出来ないはずの陰の世界で人型の影を見たということは、おそらく神無月機関の連中に違いないだろう。


(こちらの偵察でもしていたのか?)


 しかし神藤は気にしないことにした。


(富士見さんも気にしないほうがいいと言っていたし、大丈夫か)


 こうして神藤は車に乗り込み、そのまま皇居周辺の見回りを続けるのだった。

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