「……それはどういうことでしょう? にわかには信じがたいのですが?」
富士見はなんとか声を絞り出し、九条に質問する。
「そうですね……。その話をするには、我々ワタシブネの話をしなければいけないでしょう」
そういって九条は語り始める。
━━
もともとワタシブネは、平安時代に起源を持つ超常現象専門の組織です。その当時から陰の世界と陽の世界は存在し、我々に影響を与えてきました。当然のことながら、歴代天皇は陰と陽の世界の安寧と繁栄、そして天皇という血筋と影響力を守るため、二つの世界を手中に収めようとしていました。
そこで歴代天皇と親しい関係にあった藤原氏の指示により、歴代天皇に使えていた九条家と近衛家によって発足したのが、ワタシブネとなります。
この組織は、九条家と近衛家が代々長を務めることになっていまして、今は私━━九条家第34代当主の九条英二が組織長となっています。
我々ワタシブネの存在意義は、陰の世界と陽の世界を裏で繋ぎ、どちらも存続させる役目を負っています。その他、超常現象を司る能力を与えたり、技術や能力を後世に伝承するための組織としての側面が強くなっていきました。二つの世界の橋渡しとなる組織、時代を超えて能力を伝承するという意味を込めて、「ワタシブネ」という名前になったと聞いています。
そしてその存在意義により、陰と陽の世界のバランスを取るために暗躍する存在となりました。霊魂や怪異を撃退することもあれば、わざとそれらを見逃すこともある。こうして我々は、二つの世界を影から支える存在になったのです。
そしてこれは明慈以降の、神智戦略対策事務室を設置した後も続くことになります。つまり、我々ワタシブネは、事務室や神無月機関にも肩入れしない、完全に独立した第三勢力とも言えます。
━━
「しかしここ数週間は、皇位継承の影響もあって強い怪異が出現するようになり、かつ神無月機関の暴走も目に余るようになってきています。これ以上陰と陽の世界を混乱させると、取り返しのつかないことになるでしょう」
そういって九条は富士見たちのほうを見る。
「ここは、組織の伝統をかなぐり捨て、中立だった立場を改める必要があると考えています。そのためには、あなた方との協力が必要です」
そういって九条は頭を下げる。
「どうか、我々と協力していただけないでしょうか?」
九条の行動に、富士見は少し困惑してしまう。
当然だ。今まで表に出てこなかった組織が急に現れて、協力を要請しているのだから。
しかし、今まで以上の戦力が捻出できるのなら、それは願ったり叶ったりだろう。富士見も最近は、三人で神無月機関に対抗するのは難しいと思っていたのだ。
ならば乗らない手はない。
「よろしくお願いします」
そういって富士見は右手を差し出す。九条はその手を取り、固い握手をする。
「では早速ですが、何人か腕のいい人間をそちらに派遣します。自由に使ってもらって構いません」
「ありがとうございます」
九条が荒木に声をかけ、派遣する人材を探してきてもらう。
すると九条は、神藤のほうを見る。
「神藤道也さん、お久しぶりですね」
「え?」
神藤は思わず声が出てしまった。
「おや、覚えていないのですか?」
「神藤君、彼らと面識があるの?」
九条が寂しそうな顔をし、富士見が神藤に尋ねる。
「いやっ……、ちょっと覚えてないですねー……」
「あれは15年以上も前のことですから、覚えてないのも無理はありません。当時はおじい様と一緒に、ここへ来られたものです」
そのようなことを言われ、神藤は必死になって記憶を掘り返す。
すると、神藤が心当たりのある記憶を思い出す。
「そういえば、陽の世界でも異能を使えるようになった時、ここに来たような記憶があります……」
「えぇ、そうです。まだ小さいのに能力を行使できる素質があることには大変驚きました」
そういって九条はニコニコとする。
「これもワタシブネが行っている仕事の一つなのですか?」
「はい、その通りです。当時は、子供でも神無月機関でも、素質がある人間には分け隔てなく異能を目覚めさせる手伝いをしていました。それが巡り巡って、今の我々の首を絞めていることは、なんとも言えない皮肉でしょう」
富士見の質問に、九条は自虐を入れながら笑う。正直笑える内容ではない。
そのような話をしている間に、荒木は数人の若者を連れてきた。
「彼らなら、神無月機関に対抗できるほどの実力を持っているはずです。それと連絡事項です。先ほど陰の世界で遭遇した超巨大霊魂は、別動隊が仕留めたそうです」
「そうか、それは良かった。これで陽の世界に影響は出ないだろう」
九条は安堵する。
(この人も、世界を守るために奔走しているんだなぁ……)
神藤はそのように感じた。
「では、この辺りで失礼します。皆さん、事務室の方々に貢献できるような働きをしてください」
「「はい」」
こうしてワタシブネの本部から、陰の世界に戻る神藤たち。車を回収し、一行は庁舎の駐車場へと戻った。
「さて、彼らの場所を空けないとなぁ……」
「いえ、大丈夫です。我々は近くのホテルに泊まり込みしますので」
「でもお金とか大丈夫?」
「こう見えてお金だけはあるんですよ」
そういう彼らには、若干疲労が溜まっているような哀愁が漂っていた。
とにもかくにも、事務室は思わぬ所で人員を確保したのだった。