壊界鬼がゆっくりと神藤たちのほうに歩みを進める。
富士見は神藤に指示を出す。
「神藤君、無駄かもしれないけど浄化の呪文の全体攻撃をしてみてくれるかい?」
「大丈夫ですけど……、効きますかね?」
「実際やってみないと分からないからね。お願い出来る?」
「……分かりました。やれるだけやってみます」
そういって神藤は、直刀を地面に突き刺して祝詞を上げる。
「この地に巣食う霊魂よ、十束の剣に清められ、
すると浄化の作用を持つ波動が直刀の柄から発せられ、周囲に強力な波動として伝播する。
数体ほど瀕死の状態で残っていた悪霊がこの波動に飲み込まれると、一瞬にして蒸発した。今までとは少し違う、攻撃的な浄化の波動である。
それが壊界鬼に向かっていく。壊界鬼は特に防御することなく波動を受けた。しかし鱗のような表皮が少しめくれただけで、全身が変化することはないように見える。
「嘘でしょ……! 結構強めの浄化の祝詞だったのに……!」
「これは厄介だね」
富士見がいつにも増して真剣な表情になる。
「まずは僕が先制攻撃をする。上島君はいつものように援護を」
「承知しました」
「根本君と柴崎君は一緒に前線に出て」
「「了解です」」
「神藤君は浄化攻撃で足止めをお願い」
「分かりました」
富士見が指示を終えて、前傾姿勢になる。
「それじゃあ……行くよ!」
富士見が先頭になって壊界鬼に突進する。その後ろから根本と柴崎が走ってくる。
上島は短い単発の光線を複数回放ち、富士見たちのサポートをする。
そして神藤は壊界鬼の動きを止めるため、直刀を顔の前に掲げながら別の祝詞を上げる。
「高天原より出でたる御霊よ、悪しき御霊を封じ込め、天岩戸に楔打ち、その魂を禁足せよ」
神藤が祝詞を上げ、直刀の切先を地面に突き刺すと、壊界鬼の周辺の地面が変形し、鋭利な岩が出現する。その岩から錨鎖のようなものが飛び出る。先端にある錨にも似た楔が壊界鬼の手足や胴体に突き刺さると、そのまま鎖が巻き取られて壊界鬼の体を固定する。
神藤の中でも特に労力を要する結界術の一つだ。多量の労力を使用する分、その効果は絶大だ。
「助かるよ、神藤君!」
体の自由を奪われた壊界鬼の鳩尾に向かって富士見は飛び上がり、渾身の力を使って拳を叩き込む。それに合わせ、根本と柴崎は壊界鬼の両ひざを粉砕するべく拳を振るう。
三人の同時攻撃により、壊界鬼は思わず悲鳴を上げた。どうにかして反撃をしようと体を動かすも、神藤による拘束でなかなか動けない。
その顔面に向かって上島の攻撃が飛んでくる。まるで機関銃のような攻撃により、壊界鬼は声を上げることすら出来なくなった。
「
すると地面から飛び出ていた錨鎖に電撃が走る。それはまさに、雷と同じくらいの威力を持つ電撃である。
それを全身に受けた壊界鬼は、電撃のショックにより全身が硬直状態になる。
電撃が消えるその一瞬を、富士見は見逃さなかった。
「てぁっ!」
富士見は式神を足に纏わせ、思いっきり飛び上がる。そして壊界鬼の顎下に向かって拳を振り上げた。
結果、顎に命中した拳は、式神の力も合わさって首がもげそうになるほど勢いよく上に吹き飛ぶ。
しかしそれでやられる壊界鬼ではない。顎に拳が当たった衝撃で壊界鬼は意識を取り戻したようで、腹に響く野太い雄叫びを上げる。そのまま神藤が張っていた結界を力づくで引きはがし、体の自由を取り戻す。
「これでも拘束を解かれるのかっ……!」
神藤は先ほどよりも強い拘束を行うため、再び祝詞を上げようとする。しかしそれを警戒していたのか、壊界鬼は右腕を物理的に伸ばして神藤に攻撃を加えようとした。
「まっ……!」
神藤は結界を張ることに集中していたため、回避が遅れた。
真正面から壊界鬼の攻撃が来る。その瞬間、後ろから極太の光線が壊界鬼の右手を焼き払う。
神藤が後ろを振り返ると、そこには上島がいた。しかも今の光線は、以前代々木公園で見た光線より強く見えた。
「神藤さん、ちゃんと前を見てください」
「あ、はい……」
上島に怒られてしまい、神藤は心に小さな傷を負った。
一方で壊界鬼は右手が消滅してしまったようで、苦悶の表情を浮かべている。そこに富士見たちが猛攻を仕掛ける。
「我が式神よ、我の声に応え、力を行使せよ!」
そこに召喚されたのは、浅草で相田と戦った時に召喚した巨大な虎である。虎は壊界鬼の左肩にその巨大な牙を食い込ませる。
壊界鬼は痛みに耐えられていないのか、とにかく叫び声を上げるしかなかった。
虎は肩から左腕を噛みちぎり、宙へと放り投げる。その腕に向かって、神藤はすかさず浄化の斬撃を加える。これにより、壊界鬼の左腕は浄化され消え去った。
そこからは早かった。虎が壊界鬼の一部を引きちぎり、神藤が浄化させるか上島が蒸発させる。浄化しきれずにバラバラになった残骸を、富士見、根本、柴崎が破壊して回る。
こうして壊界鬼は体のほとんどを消失させた。
「はぁ、はぁ。……なんとかなったね」
富士見は巨大な虎をスマホに収納する。そこに神藤と上島がやってくる。
「室長、無事でしたか」
「そのトーン、宿敵がまだ死んでなかったみたいな発言だよね?」
「富士見さんが無事でよかったです」
「神藤君がそう言ってくれるだけでうれしいよ……」
そして富士見は、ずっと傍観していた相田と向き合う。
「相田君、もういい加減に諦めてくれないか? 神無月機関が何を考えているのか知らないけど、君だって無駄な争いはしたくないだろう?」
「……そうですね。富士見先生とこれ以上争うのは無駄かもしれません」
「なら━━」
「それでも私は神無月機関のために戦います」
そして相田は使い古されたスマホを取り出す。スマホの画面からどす黒い煙が噴き出し、相田の体を取り囲んでいく。
「富士見先生こそ、考え直したほうがいいですよ」
そして相田の体は黒い煙に包まれ、そのまま蛇のようになって空中へと飛んでいった。
「あ……、また逃げられた……」
富士見はあっけなく言う。しかし、先ほどの口ぶりから察するに、まだまだ敵対する気満々なのだろう。
「はぁ……。次はちゃんと捕まえないとね」
富士見はすべての式神をスマホに格納し、神藤たちの方を見る。
「とりあえず、少しこの辺の調査をしてから戻ろうか」
それから約2時間かけて、魔法陣の影響がないことを確認したのだった。