泙成31年4月30日。
いよいよ改元の時が迫ってくる。事務室としては注意しなければいけない時間帯だ。
そんな中、神藤は一人で事務室で待機していた。富士見と上島はワタシブネ関係の所用で外出しているのである。久々に一人になれたこともあり、神藤はのんびりと過ごしていた。
時刻は16時過ぎ。昼間はしとしとと雨が降っていたが、今は晴れているようだ。
「……そろそろ夕飯の準備でもするかなぁ……」
時計をチラリと見た神藤は、パソコンから目を離して背伸びをする。庁舎の売店で買ってきたおにぎりとお茶、その他エナジードリンクを取り出し、私用のスマホでSNSを眺める。
SNS上では憲政史上初の天皇陛下の退位による改元が行われることもあって、非常に盛り上がっている。
「もうすぐ天皇陛下が退位礼正殿の儀にご参加なされるのかぁ……」
それを見た神藤は、昨日の富士見の言葉を思い出す。
『天皇陛下が退位礼正殿の儀に参加なされた時から、翌日の
一応睡眠対策としてエナジードリンクと眠気覚ましの清涼飲料水は準備した。あとは儀式が滞りなく行われることを期待するのみである。
早めの夕食のおにぎりを食べていると、そこに富士見と上島が戻ってくる。
「ただいまー」
「お疲れ様です」
神藤は挨拶をしながら、おにぎりを頬張る。富士見は戻ってくるなりソファに座り、テレビの電源を入れる。どこのチャンネルを回しても、天皇陛下の退位に関するニュースを取り扱っていた。
「これだけ大々的に取り上げられるのも、なかなか珍しいよねぇ」
そんな話をしながら、富士見はしみじみと言う。
(逆に言えば、神無月機関もこのタイミングを狙っているとも言えるな……)
神藤はそんなことを思うのだった。
やがて時刻は17時になろうとしていた。その時、富士見のスマホと事務室の固定電話が鳴る。
「はい、富士見です」
「はい、神智戦略対策事務室です」
その電話を受けた二人は、思わず顔を見合わせてしまう。
「青島霊園で……」
「謎の儀式?」
二人の受けた電話の内容は一致していたようで、電話を切るとすぐに出発の準備を始める。
「神藤君、すぐに出発だ! 根本君と柴崎君に今すぐ青島霊園に来るように連絡して!」
「は、はい!」
神藤は庁舎の駐車場に向かいながら、根本に電話をかける。
『はい、根本です』
「根本さん! 緊急事態です! すぐに青島霊園に来てください!」
『分かりました』
そういって電話は切れる。とにかく急いで現場に向かうほかない。
「一体何が起きたんですか!?」
「分からない。僕のところにはワタシブネの千里眼で異常なものを見たとしか連絡を受けていないんだ」
「私には原田さんからの通報のみです。何が起きているのかすら分かりません」
「とにかく青島霊園に行かないと分からないな……」
三人が乗った車は、都道413号を突っ走る。トンネルを抜けた瞬間、目の前にどす黒い蛇のような巨大実体があるのが見えた。
「な、なんだアレ!?」
神藤は思わず声を上げる。
「アレは……龍だ」
「龍、ですか?」
「うん。上島君、この辺りに車を止めていこう。ここからが本当の戦いになるだろうから」
富士見の指示の元、路肩に車を止める。
(ここ駐車禁止では……?)
路肩にあった標識を横目に見ながら、神藤は車を降りて霊園の中を走る。
青島霊園の中心部に行こうとしたが、それ以前に接近することが出来なかった。そこには相田が立っていたからだ。
「お待ちしてました、富士見先生」
「相田君、よくここを選んだね。ここは皇居から見て南西の方角。つまり裏鬼門だ」
「その通りです。鬼門のある北東は浅草ですが、以前富士見先生に阻止されてしまいましたからね」
「相田君、なぜ機関の中に留まり、そんなに皇居に対して執着するんだい?」
「……富士見先生は御存じでしょう?」
相田に言われ、富士見は口を噤む。
「富士見さん……」
神藤は心配そうに富士見に声をかける。
「……相田君の家族を生き返らせるためなんだろう? だが、そんなことのために禁忌を犯すなんて無謀だ」
「そんなことで片づけないでください! 私にはどんなことよりも、他の圧倒的多数の人間の命よりも最優先すべきことなんです」
相田はスマホを取り出して、歪な五芒星を表示させる。
「陰と陽の世界を融合すれば、全ての魂を操作できます。そのために私は何としてでもこの儀式を成功させなければならないのです……!」
するとスマホの画面が赤黒く光る。
「式神武装」
天にスマホの画面を向けると、上空にスマホに表示されていた歪な五芒星が展開する。
そしてそのままゆっくりと降下し、相田の体に赤黒い式神のオーラを纏わせた。その様子は、まるで特撮における変身を感じさせるだろう。
「グゥ……、ヴ……ァ……」
そうして変身が完了した。
全身に黒い装甲が着装され、見た目はまさにバイクを駆る某特撮ヒーローのようだ。
『ここを、通すわけにはいかない……!』
悪役のような存在が、神藤たちに立ち塞がる。