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第36話 格闘

 相田が一歩、また一歩と重い体を動かす。


「上島君、強めの一発撃ってくれる?」

「了解です」


 上島が前に出て、狙いを定める。


「ヨタの手紙1章26節から27節」

『私たちの喜び、栄光を称える救世主、すなわち唯一の神に、栄光、大義、力、権威が私たちの師によって、この世の全てに限りなくあるように、ハァメン』


 十字架の正面に光の玉ができ、そしてそれは一筋の光線となって相田へと照射される。

 相田は回避をしようとせず、接近し続けていた。

 装甲に光線が命中した瞬間、光線は四方八方に拡散した。拡散したというよりかは弾いたと言う感じか。


「な……っ!?」


 上島は思わず驚いてしまう。


「上島君……、今の攻撃、割と強めの攻撃だよね?」

「はい、6割程度の力で攻撃しました」

「6割の攻撃を弾くのか……!」


 神藤は改めて相田の力に驚く。それだけの強靭な装甲と覚悟を持っていることを理解したからだ。


『もう終わりですか? なら、こちらから行きます……よっ!』


 相田はアスファルトにヒビが入るほどの勢いで飛び上がる。

 そのまま上島の真上を飛び越し、神藤の方へと落下する。


『まずは貴様から消えなさい!』


 相田は両手の拳を握り、そのまま振り下ろす。神藤はギリギリまで彼女の軌道を見極め、的確に回避する。

 回避したことにより、先ほどまで神藤がいた場所に拳が振るわれる。その衝撃の強さは本物で、アスファルトに穴が空くほどだ。

 相田はそのまま間髪入れずに、神藤のことを狙う。連続して振るわれる拳を、直刀を使ってなんとか受け流す。


『さっさと死になさい! 貴様は弱いのだから!』

「弱いからって死ぬ必要がどこにあるんだ!?」

『この世は弱肉強食! 強い者が弱い者を虐げるのが普通の世界です!』

「それは本能で生きている野生の話だ! 俺たちは人間で、理性を持っている知的生命体だ! なら、知性で何とかするのが人間じゃないのか!?」

『人間も所詮動物! 理性だのなんだの言ってても本能には勝てない!』

「なら何故、人間は宗教を信じる!? 人間を人間たらしめるのが宗教の本質ではないのか!?」


 そのような対話を繰り返しながらも、相田は神藤のことを攻撃し続け、神藤はそれをいなし続ける。


「ッシ!」


 相田の背後から富士見は不意打ちで攻撃を仕掛ける。日本刀は相田の背中の装甲に当たるものの、全く効いている様子はない。

 それどころか、装甲の強度がさらに増しているようにも感じる。


(これは……! まるで、とんでもなく分厚い金属をナイフで叩き斬るような感覚……! これに勝てるイメージが湧かない……!)


 そんな富士見に対して、相田は神藤のことを遠くに吹き飛ばしたのと同時に体を回転させ、その勢いで富士見のこともぶん殴る。


「グゥ……!」


 富士見は日本刀でガードするものの、勢いを減少させることには至らず、結果吹き飛ばされた。


『富士見先生……、その程度の攻撃で、私のことを倒せるとお思いで?』


 相田はまるで万能になったような言い方で富士見のことを見る。

 そこに短い光線が複数飛んでくる。上島による攻撃だ。


「父よ、我らを守りたまえ」


 銃撃のように、光線を発射する上島。しかしその攻撃は効いているようには見えない。


『最後の悪あがきですか? いいですよ、存分にしてください。それでも私には勝てないでしょうけどねぇ!』


 そういって相田は上島に向かって突進する。その上島の前に、富士見が立ちはだかる。


「相田君の相手は僕だ……!」

『いいですよ、富士見先生……! やっぱり富士見先生はそうでなくては……!』


 相田は拳を突き出し、富士見に攻撃を加える。一方で富士見は、相田の拳に合わせて刀を振り上げた。

 拳と刀がぶつかり合う。その瞬間、相田の装甲が嫌な音を立てる。


『な、何が起きた……?』


 相田は一旦状況の整理のために、富士見から離れる。拳の状態を確認すると、装甲の表面がいくらか剥がれていた。


『これは……!』

「相田君の体を包んでいる装甲は、強制的に使役している式神によるものだよね? その式神に対して契約無効化の呪文を適用したってわけ。つまり、僕に攻撃すればするほど、相田君の式神はなくなっていくよ」

『そ、そんな浅知恵を……!』

「君の力は強い。しかし、僕のほうが経験が多い。今回はその差が出たってだけだよ」


 相田はだんだん怒り狂っていく。


『こんな……、こんなことが許されていいわけない……!』


 再び富士見に向かって攻撃を仕掛けようとした時だった。真後ろから神藤が直刀を振る。

 直刀の攻撃は見事背中に命中し、装甲が一部削られた。


『ぐぁっ!』


 相田はその場に跪いてしまう。神藤は富士見たちと合流し、直刀を構えなおした。


「相田君、そろそろお終いにしよう」


 富士見は説得するように、相田に声をかける。


『いや……、まだです……。まだ戦える……!』


 そういって相田は勢いよく立ち上がる。

 その瞬間、上島からの超強力な極細の光線が胸の中心に命中する。


『ゔぁっ……!』


 さすがにこれには耐えられなかったのか、装甲が破損し、服の一部が見える。

 その破損した部分に向かって、神藤は直刀を真っすぐ突く。すると装甲に直刀がガッチリとハマった。


「富士見さん!」


 神藤は直刀から手を離し、その場から離れる。富士見は式神をグローブに変化させ、突撃してきた勢いのままパンチを繰り出した。パンチは神藤の柄にめがけて飛び、そのまま直刀を相田に押し込む形になった。

 それにより、相田の全身を覆っていた装甲にヒビが入り、やがて全ての装甲がバラバラにはじけ飛んだ。

 相田は胸に神藤の直刀を受け、大量の血を噴きだしていた。おそらく今から治療しても、助かる可能性は低いだろう。霊的な直刀であっても、異能を持っている人間からすれば十分な凶器である。


「相田君、気分はどうだい?」


 富士見は地面に倒れている相田に聞く。


「……聞かなくても、分かるでしょう……?」

「目的さえ間違えなければ、君は立派な陰陽師になれた。違う道を選択することは可能だったはずだよ」

「それでも……私はこれしか……知りませんから……」


 だんだんと相田の呼吸が浅くなる。


「富士見先生……」

「なんだい?」

「また……会いましょう……」


 そういって相田は事切れた。


「……そんなすぐに会えないだろうさ」


 富士見の悲しそうな背中を、神藤はただ見守ることしかできなかった。

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