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第43話 自称

 神藤はゆっくりと、恐怖に駆り立てられるように視線を後ろに向ける。

 そこには橙色の人型に似た霊魂がいた。


「あれって……」

『また会ったな』

「君は、確か守国寺の横の道路で見た……」

『そうだ。忠告はちゃんと聞いていたようだな』

「あの時の忠告はこのことだったのか……。いや、それは今話すことじゃない……!」


 その時、富士見が神藤のことを見る。


「神藤君、一体誰と話しているんだい?」

「え、あの橙色の霊魂ですけど……」


 そういって神藤は霊魂のことを指さす。


「霊魂……? ここに? 陽の世界に霊魂なんて━━」


 富士見は神藤の指さした方向を見る。そこには同じように橙色の霊魂がポツンと立っていた。


「……ホントにいる……。この霊魂って前見たよね?」

「はい。霊魂のほうもその認識でいます」


 そこに上島が報告する。


「何かおかしいです。霊魂が陽の世界にいるにも関わらず、霊的力場の相対数値が-0.01から+0.02で安定しています」

「ほぼゼロに近いということか。それはそれで何かおかしいね……」


 富士見は一度仕舞った式神を召喚し、日本刀へと変化させる。


「あの霊魂は、陰の世界でも陽の世界でもない、この世ならざるものだ。一体何者だ!?」


 富士見は霊魂に向かって叫ぶ。


『我か? そうだな……、我はいちであり全、全であり一。二つの世界を繋ぐ橋渡し役でありつつ、調停者でもある。この世界を守る者でありながら、この世界を破壊する者である。そういう相反する二つの属性を持ち合わせた存在だ』

「まるで私たちが信仰する神のような存在ですね」


 上島が率直な感想を述べる。


『神か……。それに近い存在と言えるだろう』

「自称神ねぇ……。胡散臭い上に、霊魂がこんなに流暢に話すわけがないよ」

『ほう? 貴様、そんなこと言うか。よろしい、我が何者であるかを思い知らせてやろう』


 すると、人型だった霊魂の形がぼんやりだったものから、輪郭がはっきりとした人間のような姿へと変化していく。

 白い短髪、長く伸びた顎髭、古代ギリシャで見られるような白い布を纏っている。そしてその頭の上には、光り輝く金色の光輪が浮かんでいた。


「その姿、本当に神なのか……?」


 神藤は思わず信じてしまいそうになる。


「神藤君、気を確かに持って! そういう幻覚を見せる能力かもしれないよ!」

『まだ言うかね? では、これでどうだ?』


 自称神は、片手を小さく上げる。すると、そこに上空を漂っていた龍が急に地面へと向かってきたのだ。

 そのまま自称神の後ろにそびえ立つように鎮座する。


「龍を……操った?」

「そんなこと、絶対にあり得ない……」


 富士見は見てはいけないものを見たような顔をする。


『この世に絶対は存在しない。我を除いてな』


 龍の顔を撫でる自称神。そしてそのまま、龍の首元へと乗っかる。すると龍の体が、漆黒から白金へと変化する。さらに尾のほうは、肉体が途中までしか出来ていなかったのにも関わらず、最後まで完全に生成されている。


「なんだアレ……。一体どういうことだ……?」


 富士見と神藤が驚いている所に、上島が報告に入る。


「霊的力場の位相が反転しつつあります。こんな現象、見たことありません」


 口調は冷静だが、かなり驚いているようだ。実際、目の前では現実のものとは思えない現象が発生しているのだから。


「位相が反転しつつあるって……、陰と陽の世界の基底エネルギーが同一レベルになっているというじゃないか……! このままだと、本当に陰と陽の世界が融合するぞ……!」

「どうにか止める方法はないんですか!?」


 富士見の警告に、神藤はいても立ってもいられず、対処方法を聞く。


「アレが本当に神なのだとしたら、このまま放置するのが一番危ない。陰と陽の世界が完全に溶け合い、創世記より前の混沌とした世界になるだろうね」

「それを阻止するためには、自称神を殺す必要があります」

「そして神を殺せるのは対等な存在の神だけだ」


 富士見と上島がそのように説明する。


「それじゃあ、自分たちにはアレを殺せないってことですか? そんなの詰みですよ!」


 神藤は神を殺せないことに苛立ちを覚える。


「いや、方法がないわけではないよ」


 富士見が考えを示す。


「本当ですか!?」

「ただ、この方法を試せば、ここにいる一人以上が死ぬことになる」

「え……」


 富士見の言葉に、神藤は信じられないような顔をする。


「誰かが死ぬって、そんなことはあっちゃいけないでしょう……?」

「でも僕たちは普通の人間、かたや龍を従えている神。どちらが霊的に上かは明白だ。だからこそ、こちらも同じ土俵に立たないといけない」

「それって……」


 富士見の言葉に、神藤は少し嫌な予感を覚える。


「人間を神の領域に到達させる。これしかない」


 とんでもないことを、富士見は口に出した。

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