神藤はゆっくりと、恐怖に駆り立てられるように視線を後ろに向ける。
そこには橙色の人型に似た霊魂がいた。
「あれって……」
『また会ったな』
「君は、確か守国寺の横の道路で見た……」
『そうだ。忠告はちゃんと聞いていたようだな』
「あの時の忠告はこのことだったのか……。いや、それは今話すことじゃない……!」
その時、富士見が神藤のことを見る。
「神藤君、一体誰と話しているんだい?」
「え、あの橙色の霊魂ですけど……」
そういって神藤は霊魂のことを指さす。
「霊魂……? ここに? 陽の世界に霊魂なんて━━」
富士見は神藤の指さした方向を見る。そこには同じように橙色の霊魂がポツンと立っていた。
「……ホントにいる……。この霊魂って前見たよね?」
「はい。霊魂のほうもその認識でいます」
そこに上島が報告する。
「何かおかしいです。霊魂が陽の世界にいるにも関わらず、霊的力場の相対数値が-0.01から+0.02で安定しています」
「ほぼゼロに近いということか。それはそれで何かおかしいね……」
富士見は一度仕舞った式神を召喚し、日本刀へと変化させる。
「あの霊魂は、陰の世界でも陽の世界でもない、この世ならざるものだ。一体何者だ!?」
富士見は霊魂に向かって叫ぶ。
『我か? そうだな……、我は
「まるで私たちが信仰する神のような存在ですね」
上島が率直な感想を述べる。
『神か……。それに近い存在と言えるだろう』
「自称神ねぇ……。胡散臭い上に、霊魂がこんなに流暢に話すわけがないよ」
『ほう? 貴様、そんなこと言うか。よろしい、我が何者であるかを思い知らせてやろう』
すると、人型だった霊魂の形がぼんやりだったものから、輪郭がはっきりとした人間のような姿へと変化していく。
白い短髪、長く伸びた顎髭、古代ギリシャで見られるような白い布を纏っている。そしてその頭の上には、光り輝く金色の光輪が浮かんでいた。
「その姿、本当に神なのか……?」
神藤は思わず信じてしまいそうになる。
「神藤君、気を確かに持って! そういう幻覚を見せる能力かもしれないよ!」
『まだ言うかね? では、これでどうだ?』
自称神は、片手を小さく上げる。すると、そこに上空を漂っていた龍が急に地面へと向かってきたのだ。
そのまま自称神の後ろにそびえ立つように鎮座する。
「龍を……操った?」
「そんなこと、絶対にあり得ない……」
富士見は見てはいけないものを見たような顔をする。
『この世に絶対は存在しない。我を除いてな』
龍の顔を撫でる自称神。そしてそのまま、龍の首元へと乗っかる。すると龍の体が、漆黒から白金へと変化する。さらに尾のほうは、肉体が途中までしか出来ていなかったのにも関わらず、最後まで完全に生成されている。
「なんだアレ……。一体どういうことだ……?」
富士見と神藤が驚いている所に、上島が報告に入る。
「霊的力場の位相が反転しつつあります。こんな現象、見たことありません」
口調は冷静だが、かなり驚いているようだ。実際、目の前では現実のものとは思えない現象が発生しているのだから。
「位相が反転しつつあるって……、陰と陽の世界の基底エネルギーが同一レベルになっているというじゃないか……! このままだと、本当に陰と陽の世界が融合するぞ……!」
「どうにか止める方法はないんですか!?」
富士見の警告に、神藤はいても立ってもいられず、対処方法を聞く。
「アレが本当に神なのだとしたら、このまま放置するのが一番危ない。陰と陽の世界が完全に溶け合い、創世記より前の混沌とした世界になるだろうね」
「それを阻止するためには、自称神を殺す必要があります」
「そして神を殺せるのは対等な存在の神だけだ」
富士見と上島がそのように説明する。
「それじゃあ、自分たちにはアレを殺せないってことですか? そんなの詰みですよ!」
神藤は神を殺せないことに苛立ちを覚える。
「いや、方法がないわけではないよ」
富士見が考えを示す。
「本当ですか!?」
「ただ、この方法を試せば、ここにいる一人以上が死ぬことになる」
「え……」
富士見の言葉に、神藤は信じられないような顔をする。
「誰かが死ぬって、そんなことはあっちゃいけないでしょう……?」
「でも僕たちは普通の人間、かたや龍を従えている神。どちらが霊的に上かは明白だ。だからこそ、こちらも同じ土俵に立たないといけない」
「それって……」
富士見の言葉に、神藤は少し嫌な予感を覚える。
「人間を神の領域に到達させる。これしかない」
とんでもないことを、富士見は口に出した。