恐怖や絶望を感じなかった、頭の中には誠人さんの顔しか浮かべていない。死ぬ前に、やはり彼のことが忘れなかった……
一目……あと一目でもいいから……彼に会いたい……
でも、もう二度と会えることはないでしょう。
「愛子……」
全てを諦めて目を閉じたその時、低くてかすれた声が私の耳に届いた。
誰が私の手を掴んだ……
目を開けると、そこに誠人さんがいた。
誠人さん……どうして……?
「片方の手も!」
誠人さんは私の左手を掴み、必死に私を引き上げようとした。彼の顔を見た瞬間、涙が止まらなくなった。
こんなにも誠人さんに会いたいと思わなかった。
「早く!」
誠人さんはぼうっとしている私を見て、怒り出した。
私は左手を彼に差し出そうとしたけど、屋上の風が強すぎて、どんなに頑張っても誠人さんに届かなかった。
その上、私を引き上げようとした関係で、誠人の体も下に引き寄せられ始めた。
「もう私のことはいいから……放して」
このままだと、誠人さんも一緒に落ちてしまう。
「黙れ」
誠人は強い口調で言った。腕の傷から流れ出た血が私の顔にかかり、視界がぼやけていく。
誠人さん、お願いだから、放して……
「お願いだから、放して!」
私は誠人の手を振りほどこうとしたけど、彼は放さなかった。
二人が落ちるその瞬間、誠人のアシスタント、記野忠雅は人を連れてやってきた。
助けられた後、私の膝がガクガクと震えながら地面に座り込み、手でお腹を抱えた。
子供は……大丈夫みたい。この子はとても強いから、良かった……
「ゴホゴホ……」
振り向くと、誠人さんが激しく咳き込み、顔色が青白く、手から血が流れ続けているのが見えた。
「誠人さん……大丈夫ですか?」
私は這うようにして彼の方に向かい、腕腕を掴んで目に涙を浮かべながら尋ねた。
「愛子……これは……お前を救うためにやったわけじゃない、余計なことを考えるな」
誠人さんは私の手を振り払い、よろけながら立ち上がった。
記野忠雅はすぐ誠人を支えようとしたけど、誠人さんはその手を払いのけた。
私は彼の背中を見つめ、胸が苦しくなった。
誠人さんが私を助けてくれた理由はもうどうでもいい。今のことで、私には誠人さんに借りができてしまった。
「誠人さん、お願い……兄を釈放してくれないでしょうか?もし気に入らないなら、私を牢屋に閉じ込めてもいい」
私は誠人さんの後を追いかけ、彼の手を掴みながら頼んだ。
誠人さんは無言で私の手を振り払い、きっと拒絶されるだろうと思ったけど、彼はふと立ち止まり答えた。
「釈放してもいいが、彼は自分の犯したことに対して代償を払わなければならない」
誠人さんの言葉に、私はぞっとして冷や汗がでた。
一体……どういう意味……?
問いかける暇もなく、屋上には私だけが残されていた。
風で髪が乱れ、冷たい空気が肌に触れる中で、私はお腹の赤ちゃんを優しく見つめた。
「大丈夫……きっとうまくいくよ」
誠人さんへの憎しいは少しずつ薄れていった気がした。
屋上を離れようとしたその時、地面に輝いている何かが目に入った。
私はしゃがんでそれを拾い上げた。ダイヤモンドのイヤリングだった。
このイヤリング、どこかで見たことがあるような気が……
突然、麻美子の顔が頭に浮かんだ。
そうだ、あの日。麻美子がわざと私が誠人さんに誤解されて傷つけられた時、このイヤリングをつけていた。
こんな高価なダイヤモンドのイヤリング、普通の人は買うことができない。
麻美子以外には。
私はイヤリングを握りしめ、鋭い角が手のひらに刺さり、胸の中で怒りと憎しみが渦巻いていった。
麻美子……麻美子だ……!
彼女が私の命を狙い、屋上へと誘って私を突き落とした。
私は胸の中で爆発しそうな感情を抑え込み、ここから離れた。