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第2話

「瑛士、帰ってきたんだね。私を捨てるはずがないって分かってた」


紗英は猫のように誠司に飛びつき、その唇やあご、顔に次々とキスを落とした。そして、うっとりとした目で彼を見つめた。


「お嬢様、僕は如月さんではありません」


誠司は少し戸惑いながらも、軽く紗英を引き離すと、優しく彼女を横抱きにしてベッドに向かって歩き始めた。紗英はその言葉に反応できる余裕はなかった。ただ、体がまるで火照るように熱く感じ、彼の近くにいることでその熱が少しでも和らぐことを望んでいた。


「お願い離れないで、瑛士……行かせないから……」


紗英は意識がもうろうとし、泣きながら再び誠司を強く抱きしめた。誠司は必死に彼女のキスを避けようとしたが、紗英は諦めずに何度も彼の唇を追い求め、キスマークをいくつも残していった。このままいかないと考え、誠司は手で紗英が触れないように押さえた。そして、もう片方の手で冷静に電話をかけた。


「それを飲んだ後、もし男性とあれをしないなら、どうすればいい?」


「え?」


「早く」


「まさか病院に送るの?」


電話の向こうから、誰かが楽しそうに笑う声が聞こえた。


「誠ちゃん、もしかしてその度胸がないの?媚薬を使ったくせに、何迷っているのよ。さあさあ、早くいけ」


「……」


誠司は言葉を返さず、紗英がまだ腕の中で暴れているのを感じながら、無言で目を閉じた。


「もしもし、聞いてる~?」


「無駄なことを言うな、役立つ情報を言え」


「病院に行っても意味ないよ。冷水の入った浴槽に入れておけ、辛いだけど、媚薬の効果が消えたら、何も問題ない」


電話を切った後、誠司は紗英を横抱きにしたまま、浴室に移動した。


「公主抱っこをするなんて、意外と力持ちだね。きっとやる時も激しいと思う」


「……」


紗英は誠司の首に手を回し、耳にキスをしながら甘い声で囁いた。誠司は目を閉じ、必死に耐えていた。そして、無言で紗英を浴槽に入れ、冷水をかけようとしたが、彼女は必死に彼を放そうとしなかった。


「抱っこして!」


誠司は仕方なく片手で水を入れ、溢れるほど水をためた。ボタンが外れた瞬間、赤いキスマークが胸に残っていた。紗英が自分の胸元でキスをしながら舐める姿を見て、誠司の呼吸は乱れた。

躊躇することなく、誠司は紗英を引き離し、冷水の中に彼女を押し込んだ。


「冷たい……」


紗英は突然の冷たさに驚き、意識がはっきりと戻った。今は真冬で、特にこのホテルは海に建てられているから、陸上よりずっと温度が低い。夜になると、寒さは一層ひどく感じることになる。紗英はこの冷たさに耐えられず、浴槽から出ようとしたけど、誠司に再び押し戻された。彼女は今までこんな屈辱を感じたことはなかった。唯一、それが瑛士に愛されていないことだけが、彼女にとっての本当の屈辱だった。

西園寺紗英、幼い頃からお嬢様と呼ばれ、天に恵まれた女性。父は国会議員、母は有名な女性実業家。12歳で芸能界デビュー、16歳でその名は広まり、18歳で新人俳優賞を受賞。その美貌と才能で、今や芸能界で最も注目されている若手女優だ。




夕方の2時を回り、ようやく媚薬の効果が切れそうで、紗英の意識は少しずつ戻り始めた。


「誠司……」


「お嬢様、もう大丈夫ですか?」


誠司は片膝をつき、紗英の状態を確認しようとした。


「早く出して……」


「分かりました」


誠司は紗英を横抱きにして、浴室から出ようとしたその瞬間、突然、紗英が顔を誠司にぐっと近づけた。


「誠司」


「後でホテルの人にお嬢様の服をお届けするよう伝えておきます」


今の紗英は、普段見せる華やかな姿とは違って、どこか普通の女の子のように見えた。


「うちに来てもう何年になるの?」


「三年目です」


「私のこと、綺麗だと思う?」


誠司は手の動きを止め、目が少しだけ動き、乾いた黒髪、柔らかな肌、そして赤い唇が目に入った。その瞬間、誠司は思わず目を逸らした。


「綺麗です」


紗英はゆっくりと手を伸ばし、誠司の顔に触れた。その指先は、まるで彼の心を探るように、そっと彼の頬を撫でた。


「三年も経ったんだね、今まで気づかなかったけど、あんたって意外とイケメンだね……芸能界に入っても、誰にも劣らない顔たちをしている。瑛士よりもいいかも……」


大学から卒業したばかりの優しそうな瑛士とは違い、誠司にはもっと大人っぽくて、クールで頼りがいのある印象を感じていた。


「そんなにかっこいいなら……私にキスさせてよ」


誠司の表情が一瞬固まった。


「バシャ!」


頭を冷ますよう、誠司は再び彼女を冷水の中にいれた。




8時間ほど過ぎ、ようやく心が落ち着き、紗英は浴槽から出て、バスタオルを身に巻いてベッドに座った。誠司は静かに彼女の髪を拭いている。


「誠司、いい度胸だね、まさか私を冷水に入れるなんて」


「もしかして、お嬢様は、自分が冷水に入れなかった方がよかったと思っていますか?」


誠司は冷静な表情で彼女の髪を拭きながら答えた。唇を噛みながら、思わずその目を逸らし、返す言葉が見つからなかった。

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