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第6章:音のない結末

 朝が来た。

 鳴澄村の空に、はっきりと“鳥の声”が響いていた。

 誰かが戸を開け、風の音が部屋を抜けていく。木々が揺れ、地面が鳴る。すべての自然の営みが“音”を取り戻していた。

 美緒は縁側に座っていた。

「……ほんとに、聞こえるね」

 その声に、大智が静かに頷いた。

「記録、できるようになった。音も、映像も、名前も」

 彼はICレコーダーを再生してみせた。

“陽向、おい、起きろよ”

 ——それは、陽大の声だった。

 そこに確かに存在した“人の名”が、もう一度、世界に戻ってきていた。

「でも……」

 育美がぽつりと言った。

「陽向は、“もう帰ってこない”んだよね」


 誰も、返事をしなかった。


 ***


 蔵の中で、最後まで残っていた“音の根”の箱は、粉々に砕けていた。

 そこに立っていたのは颯一、ただひとり。

 彩加が何度も呼びかけたが、彼は動かなかった。

「……音をすべて受けたんだよ。彼は“最も音を抱えた者”になった」

 老婆が言った。

「笑い声、泣き声、叫び、囁き、祈り、怨み……全部、受け入れた。“音の器”じゃなく、“音の記憶”になったんじゃ」

「じゃあ、戻れる?」

「戻れるさ。ただし、“喋らなければ”」

「え?」

「彼が音を出せば、また“音の器”が開く。だから、生きるには、“黙って生きる”しかない」


 彩加は静かに頷いた。

「……じゃあ、私が“代わりに喋る”。彼のことを。みんなのことを。忘れないために、語り継ぐ。

 “鳴かぬ村”を、“語れる村”に変えるんだ」


 ***


 数日後、教授とともに救助隊が到着した。

 彼らは驚いた顔で村を見回した。

「……なんだこれは。すっかり人がいなくなってるじゃないか」

「ええ、でも……確かにここには、“暮らしていた痕跡”があったんです」

「本当に、こんなところに“七人”で来ていたのか?」

 その問いに、彩加は静かに答えた。

「いいえ、私たち“六人”で来て、三人が帰りました」

「……三人?」

「はい。一人は笑って、一人は泣いて、一人は——喋らずに、残ったんです」


 ***


 その後、鳴澄村は正式に“消失集落”として行政記録から削除された。

 だが、彩加は村の外れに小さな石碑を立てた。

「ここに、“音を抱えた者”が眠る。

 誰かの声を、誰かの記憶を、永遠に語らぬ形で。

 けれど私たちは語る。忘れぬように。もう誰も、泣かせぬように」

 その横で、颯一は静かに立っていた。

 一言も発せず、ただその言葉を聞いていた。

 そして、ふと——微かに、笑った。


【完】


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