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笑う村
笑う村
乾為天女
ホラー都市伝説
2025年05月20日
公開日
1,834字
完結済
とある静かな町。この地には「笑い」にまつわる奇妙な伝承が幾重にも重なっていた―― 爆笑する埋蔵仏、表情が変わる御札、笑わないと死ぬ供養儀式、願い石の悪戯、記憶を喰う語り神、笑いを強制する面、呪われたくじ、歩く土偶、くびれた顔の女神、顔面構成ミスの花嫁、笑念の集まる廃神社、地面から生える髪、狐が強制する笑いの送神式…… 7人の若者たちは、日常の合間に次々とこの“ローカルすぎる呪い”と遭遇する。

第1話 笑う埋蔵仏

 和馬は、地域の伝統行事を「面倒くさい」の一言で片付けるような青年だった。大学を出て地元の小さな役場に就職したのも、家賃がかからないから、という至極現実的な理由である。恩義もなければ郷土愛もない。盆踊りでテンションの上がった地元の年寄りたちが熱中症で倒れていくのを見て、「あーあ、エアコンって概念ないんかよ」とつぶやくくらいには情緒に乏しい。

 そんな和馬に、夏のある日、前代未聞の仕事が振られた。

「“埋蔵仏”を掘り起こしてくれないか」

 町会長の修平がそう言ったとき、和馬はてっきりボケだと思った。「埋蔵金」じゃなくて「埋蔵仏」? しかもそれを“掘り起こしてくれ”って、なにそれ?

「それ文化財じゃないんですか?」

「いやあ、文化財に登録しようとしたんだけどな、登録しようとするたびに担当者がいなくなるんだわ」

「……辞職ですか?」

「いや、行方不明」

「いやいやいやいや」

 修平の顔はいたって真剣だった。その後ろで町内会のメンバーが数人、真剣な顔で頷いている。和馬は目をそらした。こういうときは目を合わせたら負けだ。

 だが、負けた。

「一応、教育委員会には届け出出してる。立ち会いは貴也くんに頼むから」

 多弁で有名な教育委員の貴也が「僕の話を聞いてくれるの? 本当に? じゃあまず背景説明からいこうか」と笑顔で語り出した瞬間、和馬は悟った。逃げ場は、ない。

 ***

 翌朝、集合場所に現れたのは、和馬、貴也、修平、そしてなぜか紗那、亜希、真澄、啓介まで揃っていた。

「なんでこんなに人いるの?」

「だって、掘るんだよ? 絶対なんか出るって! 録画して配信したらバズるって!」と啓介。

「…お前、オカルト板に入り浸ってただろ」

「なんで知ってるの!?」

「知ってるよ。お前、町の図書館のWi-Fiで“呪いの解除方法”調べてただろ」

「それはたまたま!」

 亜希はそんな彼らを上目遣いで見上げながら、日傘を器用に差して「お弁当、作ってきたんだよ〜」と満面の笑みを浮かべる。慎重な真澄は「本当に掘る前に祈祷とかしなくていいんですか……?」と不安げにメモを取っていた。

「ま、どうにかなるでしょ」と和馬はシャベルを振るう。――このときだけはまだ、彼の楽観が通用すると思っていた。

 ***

 1メートルも掘らないうちに、シャベルが何か固いものに当たった。

「ほら見てみろ!」と啓介が叫び、スマホを構える。「再生数10万いけるかも!」

 和馬が土をかき分けると、出てきたのは確かに仏像だった。だが、様子がおかしい。

 まず、顔が笑っていた。

 しかも満面の――というより、爆笑だった。口を大きく開け、目をぎゅっと細めたその顔は、もはや仏像というより芸人の顔芸のようだった。

「え、なにこれ、コワッ!」

 亜希が思わず後ずさる。真澄は「笑ってる……いや、嘲ってる……?」と震え声。啓介は「カメラ映えしそう!」と叫び、顔を近づけた。

 すると、仏像の口から――

 白い紙切れが飛び出した。

「ひっ!」と啓介が腰を抜かす。紙にはこう書かれていた。


『愚か者どもよ、来世でまた会おう』


「なにこれ!? 脅迫状? 誰かの悪戯!?」

「これは……」と貴也が口を開いた。「1978年にこの地で一度だけ埋蔵仏の調査がされた記録がある。そのときも、掘った直後に“笑う仏”が現れ、調査員のひとりが『来世で会おう』と日記に書いて忽然と消えたそうだ」

「ねぇ! それ言うならもっと早く言って!!」

「いやあ、事実確認取れてなかったから」

「それでも言えよ!!」

 ***

 笑う仏は、数分のうちに自然崩壊した。まるで砂でできていたかのように、風とともに崩れ、消えてしまったのだ。

「これ……証拠も残らないじゃん……!」と啓介は落胆したが、動画だけはしっかり撮れていた。

 問題は、その日からだった。

 町内の人々が順番に、「仏像の夢を見る」ようになったという。最初は笑っていた仏が、次第に顔をしかめていくという内容だ。

「和馬……あれ、ほんとは掘っちゃいけないやつだったんじゃないの……?」と紗那が震える。

「いやいや、俺が掘らなくてもそのうち誰か掘ってたって!」

「そういう問題じゃないと思う」

 そして一週間後――町内の全家庭のテレビに、深夜零時ちょうどに仏像の顔が映るようになった。

 しかも、口が動く。


「また、掘ったのか。懲りないなあ。いいぞいいぞ、次はもっと笑わせてくれよ。次は、お前だよ、和馬くん」


 テレビの前で固まる和馬。

 画面の仏像が、ニィィィと口角を上げる。

 その瞬間、彼は思った。

「なんで俺がこんな目に……恩、返しときゃよかった……!」

(01/End)


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