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第2話 御札くん

和馬の家に、何かが貼られていた。

「おはよう……って、あれ? なんだこの御札?」

朝、寝ぼけた目をこすりながら玄関のドアを開けた和馬は、目の前に貼られた一枚の紙に眉をひそめた。

大きく書かれた「呪」と「厄」の文字。紙全体にはびっしりと赤インクで判読不能の経文のようなものが書き込まれ、何より――

御札の中央に、顔が描いてある。

妙に丸っこく、白目がちな笑顔の男の顔だ。なぜかチョビ髭までついている。仏像のときと違って、こっちは明らかにユーモラスすぎる。

「……オカンが貼ったんか……?」

思わずそう呟いたものの、和馬の母は3年前に故郷を出て、今は北海道の温泉宿で気ままな独身生活を送っている。貼るわけがない。

仕方なく御札を剥がそうとしたが――剥がれない。

「うっわ、強力接着剤かこれ……? やべ、破れない……!」

爪で引っかいても、ヘラを使っても剥がれない。しかも剥がそうとすればするほど、顔がにっこりしてくる気がする。錯覚か?

とりあえず出勤時間が迫っていたため、和馬は御札を放置して職場へと向かった。

***

「へぇ〜御札って、あの和紙に呪文みたいなやつ? 顔つきで?」

昼休み、役場の休憩室でその話をすると、亜希がウキウキしながら弁当を広げてきた。

「やだ〜私も見たい〜! 自撮りする〜!」

「やめとけ、マジで妙なんだよあれ」

「でもさ、顔が描いてあるって珍しいよね? ふつうお札って文字だけだよ?」

「でしょ? で、しかも、表情が変わる気がしてさ」

「表情変わる……え、なにそれ面白すぎる……!」

となりで聞いていた啓介が、スッと口を挟んだ。

「それ、“御札くん”かもしれない」

「……何それ、きもい」

「きもくないって! 地元の古い掲示板に載ってたんだよ。“貼られたら最後、七日目に笑いながら剥がれる。でもそのときには手遅れ”って」

「手遅れって何が!? え、死ぬ系!? 呪われる系!?」

「いや、わからんけど……顔がうつるって書いてあったな。最後は“笑ってるのが自分自身の顔だと気づく”らしい」

「……めっちゃ意味深だけど、たぶん意味はないなそれ」

「意味はあるよ! 暗喩ってやつ!」

啓介が必死に主張するが、和馬はひとまず昼のチャーハンを食べることに集中した。

そのときだった。

「……あれ? お札、増えてない?」

貴也が小さな声で呟いた。彼のスマホには、今朝撮った和馬の玄関の写真が映っていた。1枚だったはずの御札が――3枚になっている。

「……なあ、俺んちで何が起きてんの……?」

***

和馬は仕事を早退して帰宅した。

「うわあぁあぁあ!!!」

ドアに貼られた御札は7枚になっていた。すべて、あの「顔」がついている。しかも、口角がだんだん上がっているように見える。1枚目は微笑、2枚目はにっこり、3枚目は満面の笑顔、そして7枚目は――

噛みつくような笑いだった。

「なにこれ!? ホラーの演出凝ってるな!?」

後ろから聞こえたのは、いつの間にかついてきた啓介と亜希の声だった。二人はスマホを構えて玄関の前に立っている。

「ねえ、これって“七日間で笑いが完成する”系のやつ?」

「たぶん! 完成したらどうなるかは謎だけど!」

「でも、すごくない? このバランス感。笑顔のグラデーションだよ? 普通にアートじゃない?」

「バズるぞこれ……!」

「いや、バズる前に助けてよ!? 俺がバズらされたらどうすんだよ!」

「バズらされるって何!?」

「いやわかんねえけどさ!」

***

その夜、和馬は玄関にガムテープを十重二十重に巻きつけた。ドア全体がミイラのようになったが、どうせ明日の朝、会社に遅れようが知ったことではない。

しかし――

深夜2時。トイレに起きて廊下を歩いたとき、彼は見てしまった。

ガムテープの隙間から、御札の顔がぬるりと浮かび上がり、口が動いた。

「わらって。ねえ、わらってよ。君がわらうまで、ボクは帰れないんだ」

声が、聞こえた。頭の中に直接、流れ込むような音。

和馬は口を開けたまま固まり、気を失った。

***

「……結論から言おう。これは、憑依型笑霊(しょうりょう)だ」

翌朝、真澄が持ってきた霊的資料を机に広げ、断定した。彼女は何冊もの古文書をメモ付きで並べ、朝からコーヒー3杯目である。

「これは“地域限定型の呪詛の一種”で、“笑わせることで魂を取り戻す”という旧土着信仰に基づいてるみたい」

「魂……って俺の?」

「うん、今の和馬くん、たぶん顔の表情だけ浮いてる状態だと思う」

「何そのヤバい状態!!」

「でも大丈夫。解決策がある」

真澄はにっこりと笑って言った。

「徹底的に笑わせること。7人で、順番に。笑わなかったら全員で“ギャグ供養”するしかない」

「ギャグ供養!? 何その地獄の儀式!!」

「ギャグ供養って名前は適当に私がつけたけど、まぁつまり漫才大会です」

和馬は――震えた。

(俺は……死ぬのか……笑えなかったら)

***

ということで、次回――

“笑わせなきゃ死ぬ! 町内最恐のギャグバトル”が開幕するのであった。

(第2話『御札くん』:End)


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