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第3話 ギャグ供養

「では……始めます」

 神妙な顔で言った真澄は、メモ帳を両手で持ち上げた。その背後には、町内集会所の舞台。照明は啓介が頑張って集めたライトスタンド、椅子は畳から拝借、会場設営は修平と亜希がやった。予想以上に気合が入っていた。

 和馬は椅子に縛られていた。

「いやおかしいだろ。なんで俺、縛られてんの?」

「安全のためです」と真澄。

「いや安全の意味がわからない」

「笑いすぎて倒れると困るから」

「笑わなきゃ呪われて死ぬんだろ!? バカかお前!」

「うん、だからその“笑わない”のが最大のリスクなんです。縛っておけば逃げられないし、必ず最後まで見られる」

「いや、笑うかどうかは俺の自由じゃ……!」

「……それ、まだ笑えないってことですね。よし、作戦変更。“感情解凍から始める”でいこう」

 真澄はメモ帳を開きながら、手元のホワイトボードに赤いマーカーで大書した。


『作戦:笑わせる前に和馬の感情を溶かす』


「なにそれ、前フリの段階があるの!?」

 ***

 トップバッターは啓介だった。

「よーし任せろ、俺、大学時代に“激寒大喜利サークル”の副部長だったからな!」

「不安しかねぇよ……」

 啓介は舞台に立ち、スマホを取り出した。

「まずは時事ネタいくぞ! これが令和の笑いだ!」

 彼は胸を張り、大声で叫んだ。

「“円安が止まらない! でも僕の財布は最初から空っぽ〜!”」

 ――シン……

「笑ってよ!!!」

 和馬の表情はまるで岩だった。というか、表情がすでに固定化してきていた。顔の筋肉が動かない。

「ダメです啓介くん、顔面硬直が進んでる!」

「マジか! じゃあ次は動画で勝負する!」

 彼が再生したのは、飼っている猫が炊飯器のボタンを押してしまい、自動的にご飯が炊ける様子。

「どやぁ!」

「うん、可愛いね」

「え、なにそのリアクション!? “笑い”じゃないの!?」

 ***

 二番手は亜希だった。

「はいは〜い、じゃあ次は私ね〜。和馬くん、私が笑わせてあげるからぁ♡」

「やめろ……それ、ギャグじゃなくて癒し枠だろ……!」

 しかし亜希は真顔で言った。

「違うよ。私はね、“上目遣い漫談”で勝負するの」

「なにそのジャンル!?」

 彼女は舞台に立ち、顔を上げて真正面から見つめながら喋り出した。

「ある日ねぇ、スーパーで“にんじん98円”って貼ってあったんだけど、店員さんに聞いたらね、“にんじん一袋98円じゃなくて、1本98円”だったの〜。……おかしくなぁい?」

 じっ……と和馬を見上げる。

「で、その隣の“きゅうり3本で100円”だったのぉ。私、にんじんよりきゅうり買っちゃったのぉ……えへ♡」

「笑う要素がどこにあるんだよ!!!」

「えぇ〜!? こういうのでいいんじゃないの〜!?」

「違うよ!」

 ***

 三番手、貴也。

 彼は静かにマイクを持った。

「君は、笑いの哲学を知っているか?」

「始まった……めんどくさいやつ……!」

「アリストテレスはこう言った。“人は予測できない事態に出会ったとき、笑う”」

「それ真顔で言うことじゃないから!」

「……だから私は今から、完全に予測不可能な行動をする」

 彼は上着を脱ぎ、シャツのボタンを外し始めた。

「おいやめろぉぉぉ!!」

 下に着ていたのは、なぜか全身メロン柄のTシャツだった。

「どうだ、笑えるだろう?」

「笑うか! 怖えよ!」

「ちなみに下着もメロン柄だ」

「やめろおおおお!!」

 ***

 四番手、修平。

「笑わせるのって、すごく難しいけど、短くまとめるのは得意なんで。シンプルに、一発ギャグだけでいきます」

「……頼む、普通であってくれ……」

 修平は短く息を吸い――

「ギョウザの皮、つけまつげにしたらギョウザアイ!」

 和馬「……」

 修平「くっ、ダメか……!」

 和馬「いや、惜しかった。発想の無駄さに一瞬吹きかけた」

 修平「マジか!? 今のが一番惜しかったの!? 俺、全人生で一番くだらないギャグ言ったんだけど!」

 ***

 五番手、紗那。

「えっ、えっと……わたし、笑わせるのとか、よくわかんないけど……」

「いや無理すんな、紗那はそういうタイプじゃないだろ」

「でも、がんばってみる。和馬くんが助かるなら……!」

 彼女はおずおずと舞台に立ち、おもむろにスケッチブックを開いた。

 そこには、大量の手描きのしりとりが並んでいた。

「“くま→まくら→らっぱ→パンツ→つばき→きつね→ねじ”……」

「いや、笑いの要素は!? なにこれ!? しりとりにしては絵がやけに雑だし!」

「……でも、笑ってくれるとうれしいなって……」

(……ちょっとだけ、顔がほころびそうになった)

 ***

 六番手、真澄。

「では、最終手段です」

 彼女はスーツケースから大量のメモとファイルを取り出し、その中から一冊のノートを開いた。

「私は、“土着笑いの歴史的系譜”を研究してまして……」

「うん、やめようか」

「えっ」

「やめよう。真澄、それは笑いじゃない。学術だ。完全に論文だ。俺、今ほんのちょっと魂が遠のいたわ」

「そ、そうですか……ごめんなさい」

 ***

 そして、最後の七番手――和馬自身。

「もう、笑わせてもらうんじゃなくて、俺が笑いに行くしかねえのかよ……」

 彼は、メロン柄のTシャツを脱ぎ捨て、ギョウザアイを貼り付け、猫の動画を真顔で再生しながら、こう叫んだ。

「にんじん98円だけど、笑顔はプライスレスだぁぁああ!!」

 その瞬間――

 御札が、燃えた。

 ふっと煙になって、天井へ消えていった。

 ***

「やった……和馬くん、生きてる……!」

「え、これでいいの!? 最終的に自分で笑いとりにいくって自己完結じゃない!?」

「よかったねぇ〜」と亜希がうるうると上目遣い。啓介はすでに感動のエンドロール動画を編集しはじめていた。

 和馬は、ほっと息をついた。

「……結局、何だったんだよ“御札くん”って……」

「それはまだ、調査中ですね」と真澄。

 だが、そのとき。

 壁のすみに、1枚の新しい御札が現れていた。

 しかも、拍手している。

「え、続編あんの!?」

(第3話『ギャグ供養』:End)


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