「では……始めます」
神妙な顔で言った真澄は、メモ帳を両手で持ち上げた。その背後には、町内集会所の舞台。照明は啓介が頑張って集めたライトスタンド、椅子は畳から拝借、会場設営は修平と亜希がやった。予想以上に気合が入っていた。
和馬は椅子に縛られていた。
「いやおかしいだろ。なんで俺、縛られてんの?」
「安全のためです」と真澄。
「いや安全の意味がわからない」
「笑いすぎて倒れると困るから」
「笑わなきゃ呪われて死ぬんだろ!? バカかお前!」
「うん、だからその“笑わない”のが最大のリスクなんです。縛っておけば逃げられないし、必ず最後まで見られる」
「いや、笑うかどうかは俺の自由じゃ……!」
「……それ、まだ笑えないってことですね。よし、作戦変更。“感情解凍から始める”でいこう」
真澄はメモ帳を開きながら、手元のホワイトボードに赤いマーカーで大書した。
『作戦:笑わせる前に和馬の感情を溶かす』
「なにそれ、前フリの段階があるの!?」
***
トップバッターは啓介だった。
「よーし任せろ、俺、大学時代に“激寒大喜利サークル”の副部長だったからな!」
「不安しかねぇよ……」
啓介は舞台に立ち、スマホを取り出した。
「まずは時事ネタいくぞ! これが令和の笑いだ!」
彼は胸を張り、大声で叫んだ。
「“円安が止まらない! でも僕の財布は最初から空っぽ〜!”」
――シン……
「笑ってよ!!!」
和馬の表情はまるで岩だった。というか、表情がすでに固定化してきていた。顔の筋肉が動かない。
「ダメです啓介くん、顔面硬直が進んでる!」
「マジか! じゃあ次は動画で勝負する!」
彼が再生したのは、飼っている猫が炊飯器のボタンを押してしまい、自動的にご飯が炊ける様子。
「どやぁ!」
「うん、可愛いね」
「え、なにそのリアクション!? “笑い”じゃないの!?」
***
二番手は亜希だった。
「はいは〜い、じゃあ次は私ね〜。和馬くん、私が笑わせてあげるからぁ♡」
「やめろ……それ、ギャグじゃなくて癒し枠だろ……!」
しかし亜希は真顔で言った。
「違うよ。私はね、“上目遣い漫談”で勝負するの」
「なにそのジャンル!?」
彼女は舞台に立ち、顔を上げて真正面から見つめながら喋り出した。
「ある日ねぇ、スーパーで“にんじん98円”って貼ってあったんだけど、店員さんに聞いたらね、“にんじん一袋98円じゃなくて、1本98円”だったの〜。……おかしくなぁい?」
じっ……と和馬を見上げる。
「で、その隣の“きゅうり3本で100円”だったのぉ。私、にんじんよりきゅうり買っちゃったのぉ……えへ♡」
「笑う要素がどこにあるんだよ!!!」
「えぇ〜!? こういうのでいいんじゃないの〜!?」
「違うよ!」
***
三番手、貴也。
彼は静かにマイクを持った。
「君は、笑いの哲学を知っているか?」
「始まった……めんどくさいやつ……!」
「アリストテレスはこう言った。“人は予測できない事態に出会ったとき、笑う”」
「それ真顔で言うことじゃないから!」
「……だから私は今から、完全に予測不可能な行動をする」
彼は上着を脱ぎ、シャツのボタンを外し始めた。
「おいやめろぉぉぉ!!」
下に着ていたのは、なぜか全身メロン柄のTシャツだった。
「どうだ、笑えるだろう?」
「笑うか! 怖えよ!」
「ちなみに下着もメロン柄だ」
「やめろおおおお!!」
***
四番手、修平。
「笑わせるのって、すごく難しいけど、短くまとめるのは得意なんで。シンプルに、一発ギャグだけでいきます」
「……頼む、普通であってくれ……」
修平は短く息を吸い――
「ギョウザの皮、つけまつげにしたらギョウザアイ!」
和馬「……」
修平「くっ、ダメか……!」
和馬「いや、惜しかった。発想の無駄さに一瞬吹きかけた」
修平「マジか!? 今のが一番惜しかったの!? 俺、全人生で一番くだらないギャグ言ったんだけど!」
***
五番手、紗那。
「えっ、えっと……わたし、笑わせるのとか、よくわかんないけど……」
「いや無理すんな、紗那はそういうタイプじゃないだろ」
「でも、がんばってみる。和馬くんが助かるなら……!」
彼女はおずおずと舞台に立ち、おもむろにスケッチブックを開いた。
そこには、大量の手描きのしりとりが並んでいた。
「“くま→まくら→らっぱ→パンツ→つばき→きつね→ねじ”……」
「いや、笑いの要素は!? なにこれ!? しりとりにしては絵がやけに雑だし!」
「……でも、笑ってくれるとうれしいなって……」
(……ちょっとだけ、顔がほころびそうになった)
***
六番手、真澄。
「では、最終手段です」
彼女はスーツケースから大量のメモとファイルを取り出し、その中から一冊のノートを開いた。
「私は、“土着笑いの歴史的系譜”を研究してまして……」
「うん、やめようか」
「えっ」
「やめよう。真澄、それは笑いじゃない。学術だ。完全に論文だ。俺、今ほんのちょっと魂が遠のいたわ」
「そ、そうですか……ごめんなさい」
***
そして、最後の七番手――和馬自身。
「もう、笑わせてもらうんじゃなくて、俺が笑いに行くしかねえのかよ……」
彼は、メロン柄のTシャツを脱ぎ捨て、ギョウザアイを貼り付け、猫の動画を真顔で再生しながら、こう叫んだ。
「にんじん98円だけど、笑顔はプライスレスだぁぁああ!!」
その瞬間――
御札が、燃えた。
ふっと煙になって、天井へ消えていった。
***
「やった……和馬くん、生きてる……!」
「え、これでいいの!? 最終的に自分で笑いとりにいくって自己完結じゃない!?」
「よかったねぇ〜」と亜希がうるうると上目遣い。啓介はすでに感動のエンドロール動画を編集しはじめていた。
和馬は、ほっと息をついた。
「……結局、何だったんだよ“御札くん”って……」
「それはまだ、調査中ですね」と真澄。
だが、そのとき。
壁のすみに、1枚の新しい御札が現れていた。
しかも、拍手している。
「え、続編あんの!?」
(第3話『ギャグ供養』:End)