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第4話 笑い地蔵の願い石

 その夜、真澄は変な夢を見た。

 山道を歩いていた。薄暗く、湿った空気の中を、何者かに引かれるように登っていく。ふいに、足元にごつごつした感触。見ると、丸い石に顔が彫られていた。

 ――笑っている。

 ただしそれは、人間の笑顔ではなかった。口角だけを異様に吊り上げ、目はまるで釘で刺したような「点」。お世辞にも優しさのある表情ではない。にもかかわらず、石はこう言った。

「願えば、叶う。笑えば、還る。悲しめば――囚われる」

 その声は、土の底から響くような、耳鳴りのような音だった。

 そして、目が覚めた。

 ***

「修平くん、山に行きませんか」

 翌朝、真澄は役場に出勤するなり、修平にそう持ちかけた。

「なにいきなりホラー系の誘い?」

「いいから。あの山、なにかある。夢で“願い石”を見たの。多分実在する」

「いや、夢で!? それ“山の呼び声”とか“呪いの導き”の類だよね!?」

「うん。たぶん危ない。でも放っといたらそのうち誰か呪われる」

「いや、なんでそんな落ち着いてるの!?」

 ***

 というわけで、その日の午後、二人は町の北にある高来山(たかぎさん)の登山道を登っていた。

 案内板は「危険ですので立入禁止」。が、それを無視して山に入る人間があとを絶たない。特に、ここ10年は“願いが叶う石がある”という都市伝説がSNSで拡散され、廃墟系インフルエンサーの定番ネタになっていた。

「でも不思議なんだよな……実際、石がどこにあるのか、だれも写真に収めてないんだよ」

「それが罠なんだと思う」

 真澄は、登山用のメモ帳に「道:右手にカエデ→左に折れる→笹薮」と記録しながら黙々と進む。

 修平はすでに息切れしていた。

「……なあ、これ、ほんとに“笑える話”になるんだよな……?」

「なるかもしれないし、ならないかもしれない」

「希望がなさすぎる……!」

 ***

 30分後、笹の向こうに、小さな地蔵群が見えた。

「……あった……!」

「ほんとにあるのかよ……」

 それは、崩れかけた石段の先に、ひっそりと並んでいた。10体以上の石仏。全て、口元が笑っている。いや、笑っているように削られている。

「これが……“笑い地蔵”か……」

 その中の一体。苔むした地蔵の前に、直径30cmほどの丸い石が置かれていた。

 顔がある。あの、夢で見た顔だ。歪な笑み。釘のような目。

「……願い石……」

 真澄がそうつぶやいた瞬間――

 石が震えた。

「うおっ、地震!?」

「違う! この石が震えてる! 生きてる……!」

 石が、ぼそりと喋った。

「願いは、なに?」

「うそだろ……!?」

「願いを。願えば、叶える。叶えたぶん、笑って。返して。笑いを。くれないなら、ずっと、ここにいて」

 修平は思わず、真澄の腕を引いた。

「帰ろう! これはヤバいやつだ!」

「待って」

 真澄はしゃがみこみ、石をまじまじと見た。

「……願ってもないのにここに呼ばれたってことは、向こうから用があるんだよ」

「なんでそんな冷静なの!? こいつ、“生きた石”だぞ!?」

 そのとき、地蔵たちが一斉に「ハッ、ハッ、ハッ」と笑い出した。

 空気が歪んだ。木々が風もないのに揺れた。耳が詰まる。

「願えば叶う、ってのは罠だよ。誰かに笑いを与え続けることで、ここに“縛られる”。それが本質だ。石は……観客を求めてるんだ」

「おい、それ最悪じゃない!? 霊にライブ強要されるの!?」

 真澄はじっと、願い石を見据えた。

「あなた、ずっとここにいて、誰にも笑ってもらえなかったんでしょう」

「……」

「願いなんて、ないよ。でもね――」

 そう言って、真澄は突然、ポケットから何かを取り出した。

 それは、メモ帳で折った紙相撲の力士。

「……“小野妹子 with パイルドライバー”です」

「それで笑わせる気!? ムリムリムリムリ!」

「……トーナメント方式で八百長バトルやります」

「ちょっと待って!!!」

 だが、その瞬間――

 地蔵が笑った。

「ハッ、ハッ、ハハッ、ハ……」

 そして、願い石がゆっくりと、動かなくなった。

「……ありがとう……笑えた……還れる……また、来世で……」

 声は土に吸い込まれるように消えていった。

 静けさが戻った。風が止まり、木のざわめきだけが残った。

 修平は腰を抜かしていた。

「……おまえ、なんでそんな準備してたの……」

「最初から、笑いで解決するしかないと思ってたから。ギャグ供養で学んだ」

「学習しすぎて怖いんだけど!?」

 ***

 下山中、真澄はひとつだけ、石を拾って帰った。

 あの願い石の欠片。

 それは今、彼女の部屋の机の上に置かれている。

 ――夜になると、笑っている。

(第4話『笑い地蔵の願い石』:End)


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