「え、くじ? なにそれ、“神社の怖いやつ”?」
修平は啓介のスマホを覗き込んだ。そこには地元の旧い神社の写真と一緒に、以下のような文章が写っていた。
【旧八幡社のくじ堂】
江戸期から伝わる「運試しの間」。
1人1日1回、1週間で3回“はずれ”を引いた者は「くじ引き様」に連れていかれる。
はずれは「カスの札」と呼ばれ、裏に笑顔の朱印が押されている。
「……裏に笑顔の朱印って、だいぶ不気味なんだが」
「だろ!? これヤバいやつじゃね?」
「いや、そういう“ヤバい系”に俺を誘うのやめろって言ってんだろ毎回!!」
「まあまあ、でもさ、今ここ再建中なんだって。プレオープンで“地元の人だけ無料体験”ってやってるらしい!」
「呪いのくじ引きが無料とか最悪のビジネスモデルだな!?」
啓介はニヤニヤしながら、すでに道順アプリを開いていた。
***
旧八幡社の「くじ堂」は、神社の本殿とは別に設けられた土壁の建物だった。
修復されたばかりで中は妙に清潔。中央の台には、真新しい木箱が置かれており、その中に“おみくじ”らしき紙片が詰め込まれている。
「ようこそ、運の試し堂へ」
和装の中年女性が現れた。たすきがけで、お辞儀の角度が妙に深い。
「こちらでは“運命を知る儀式”として、くじを引いていただきます。1日1回、最大3回まで。なお、“三度目のはずれ”に関しては……ご自身でお確かめくださいませ」
「うわあ、案内が怖ぇぇえええ!」
「やばいなこれ! 最高だな!」
「いや、全然“最高”じゃないよな!?」
修平は啓介を止める暇もなく、目の前で“くじ箱”に手を突っ込んでいた。
シュッ――
一枚の紙が出てくる。
「えーと……“カス”」
「一発目からはずれかよ!!」
紙の裏には、ニタァ……と笑う顔の朱印が押されていた。
修平はその顔を見て、妙な既視感を覚えた。
(……あの“笑う埋蔵仏”に、どことなく似てる……?)
「まさか同じ系列の神様……? 地縁ネットワークあるのか……?」
「じゃあ次、修平の番だ!」
「え!? 俺もやるの!?」
「当然だろ! 来たからには引かなきゃ失礼じゃん!」
「いや失礼もなにも、神様のくじで“カス”引いたら呪われるって言ってたろお前!!」
「だからそれを体験するんだよ! リアルで!」
「やだよ!!」
しかし、啓介の圧と案内人の静かな笑みに押され、修平もくじを引くことになった。
カサッ。
紙片を広げると、こう書かれていた。
【中吉】
「身の丈を守れ。背伸びすれば天井が抜ける」
「……意味深すぎるわ」
「よかったじゃん、カスじゃないし」
「いや、全然喜べねぇよこんな注意文!」
***
それから3日間。
啓介は、通いつめた。
1日目:はずれ(カス)
2日目:吉(朱印なし)
3日目――
「よっしゃ、3回目だあああああ!」
「やめとけっつってんだろ! “3回目のカスで連れてかれる”んだぞ!?」
「それを体験したくて来てんだよ! 引かなきゃ嘘だろぉぉ!」
修平が止める間もなく、啓介は勢いよくくじを引いた。
紙を開く。
「うわっ! またカスだ!」
「アホかお前えぇぇぇぇぇぇ!!」
修平は啓介の腕を引いてくじ堂から逃げ出そうとしたが――
空気が、変わった。
カラカラカラ……
くじ箱が、勝手に揺れ始めた。
中から、白い紙片が何十枚も飛び出してきた。
すべて、朱印入りの“カス”。
天井からは、おびただしい数の笑顔の紙が舞い降りる。
「うわ、うわうわうわっ……!!」
「ま、まじで来た……くじ引き様……!」
壁の隙間がひとつずつ開いていく。人の顔ほどの隙間から、何かがのぞいている。
目、目、目。
くじ紙の笑顔の主たちが、“当たり前のような顔で”こちらを見ている。
「おまえ、三回目のカス、ひいたね……」
「くじ、はずれたら、人生、もう、いらない、でしょ?」
「こっちに、こいよ」
「くじ、ひいて、生まれたんだろ?」
「もどってこいよ」
啓介の肩に、紙でできた手がのる。
ぞわり、と肌に紙の感触が触れる音。
「ちょ、やばい、これほんとにやばい!」
「当たり前だろ! お前、遊びで呪われてんだよ!」
***
そのとき。
「ちょっと待ったー!!」
亜希が乱入してきた。
「啓介くん! そのカス、私が回収するよ! 代わりに引いてあげるから!」
「えっ!? ちょ、亜希さん!? やばいってこれほんとに!」
「いいのっ!」
彼女は、くじ堂の中央に立ち、笑顔で叫んだ。
「“当たりでも外れでも、どっちでも笑えばいいじゃん!”」
その一言に、くじ紙たちが……止まった。
舞い降りた紙が、静かに地面に落ちる。
壁の隙間が、音もなく閉じる。
啓介の肩の紙の手が、ふわりと消える。
――静寂。
亜希がポツリと言った。
「……ほんとのカスは、くじじゃなくて……“選ばされることを当たり前と思っちゃう”ことなんじゃないかなって」
修平は思った。
この人、コメディタッチの神様なのか?
***
後日。
くじ堂は再び封鎖された。
「いやー、怖かったなぁ……でも動画撮れなかったの残念……」
「なに後悔してんだよ。お前はもうくじ引くな。人生全部“はずれ”でいいわ」
「ひどい!!」
ふたりの後ろで、亜希が静かに手を振った。
くじ堂の影では、最後に一枚だけ、朱印付きの紙が風に舞っていた。
笑顔で。
(第7話『くじ引き様と三回目のはずれ』:End)