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第7話 くじ引き様と三回目のはずれ

「え、くじ? なにそれ、“神社の怖いやつ”?」

 修平は啓介のスマホを覗き込んだ。そこには地元の旧い神社の写真と一緒に、以下のような文章が写っていた。

【旧八幡社のくじ堂】

 江戸期から伝わる「運試しの間」。

 1人1日1回、1週間で3回“はずれ”を引いた者は「くじ引き様」に連れていかれる。

 はずれは「カスの札」と呼ばれ、裏に笑顔の朱印が押されている。

「……裏に笑顔の朱印って、だいぶ不気味なんだが」

「だろ!? これヤバいやつじゃね?」

「いや、そういう“ヤバい系”に俺を誘うのやめろって言ってんだろ毎回!!」

「まあまあ、でもさ、今ここ再建中なんだって。プレオープンで“地元の人だけ無料体験”ってやってるらしい!」

「呪いのくじ引きが無料とか最悪のビジネスモデルだな!?」

 啓介はニヤニヤしながら、すでに道順アプリを開いていた。

 ***

 旧八幡社の「くじ堂」は、神社の本殿とは別に設けられた土壁の建物だった。

 修復されたばかりで中は妙に清潔。中央の台には、真新しい木箱が置かれており、その中に“おみくじ”らしき紙片が詰め込まれている。

「ようこそ、運の試し堂へ」

 和装の中年女性が現れた。たすきがけで、お辞儀の角度が妙に深い。

「こちらでは“運命を知る儀式”として、くじを引いていただきます。1日1回、最大3回まで。なお、“三度目のはずれ”に関しては……ご自身でお確かめくださいませ」

「うわあ、案内が怖ぇぇえええ!」

「やばいなこれ! 最高だな!」

「いや、全然“最高”じゃないよな!?」

 修平は啓介を止める暇もなく、目の前で“くじ箱”に手を突っ込んでいた。

 シュッ――

 一枚の紙が出てくる。

「えーと……“カス”」

「一発目からはずれかよ!!」

 紙の裏には、ニタァ……と笑う顔の朱印が押されていた。

 修平はその顔を見て、妙な既視感を覚えた。

(……あの“笑う埋蔵仏”に、どことなく似てる……?)

「まさか同じ系列の神様……? 地縁ネットワークあるのか……?」

「じゃあ次、修平の番だ!」

「え!? 俺もやるの!?」

「当然だろ! 来たからには引かなきゃ失礼じゃん!」

「いや失礼もなにも、神様のくじで“カス”引いたら呪われるって言ってたろお前!!」

「だからそれを体験するんだよ! リアルで!」

「やだよ!!」

 しかし、啓介の圧と案内人の静かな笑みに押され、修平もくじを引くことになった。

 カサッ。

 紙片を広げると、こう書かれていた。

【中吉】

「身の丈を守れ。背伸びすれば天井が抜ける」

「……意味深すぎるわ」

「よかったじゃん、カスじゃないし」

「いや、全然喜べねぇよこんな注意文!」

 ***

 それから3日間。

 啓介は、通いつめた。

 1日目:はずれ(カス)

 2日目:吉(朱印なし)

 3日目――

「よっしゃ、3回目だあああああ!」

「やめとけっつってんだろ! “3回目のカスで連れてかれる”んだぞ!?」

「それを体験したくて来てんだよ! 引かなきゃ嘘だろぉぉ!」

 修平が止める間もなく、啓介は勢いよくくじを引いた。

 紙を開く。

「うわっ! またカスだ!」

「アホかお前えぇぇぇぇぇぇ!!」

 修平は啓介の腕を引いてくじ堂から逃げ出そうとしたが――

 空気が、変わった。

 カラカラカラ……

 くじ箱が、勝手に揺れ始めた。

 中から、白い紙片が何十枚も飛び出してきた。

 すべて、朱印入りの“カス”。

 天井からは、おびただしい数の笑顔の紙が舞い降りる。

「うわ、うわうわうわっ……!!」

「ま、まじで来た……くじ引き様……!」

 壁の隙間がひとつずつ開いていく。人の顔ほどの隙間から、何かがのぞいている。

 目、目、目。

 くじ紙の笑顔の主たちが、“当たり前のような顔で”こちらを見ている。

「おまえ、三回目のカス、ひいたね……」

「くじ、はずれたら、人生、もう、いらない、でしょ?」

「こっちに、こいよ」

「くじ、ひいて、生まれたんだろ?」

「もどってこいよ」

 啓介の肩に、紙でできた手がのる。

 ぞわり、と肌に紙の感触が触れる音。

「ちょ、やばい、これほんとにやばい!」

「当たり前だろ! お前、遊びで呪われてんだよ!」

 ***

 そのとき。

「ちょっと待ったー!!」

 亜希が乱入してきた。

「啓介くん! そのカス、私が回収するよ! 代わりに引いてあげるから!」

「えっ!? ちょ、亜希さん!? やばいってこれほんとに!」

「いいのっ!」

 彼女は、くじ堂の中央に立ち、笑顔で叫んだ。

「“当たりでも外れでも、どっちでも笑えばいいじゃん!”」

 その一言に、くじ紙たちが……止まった。

 舞い降りた紙が、静かに地面に落ちる。

 壁の隙間が、音もなく閉じる。

 啓介の肩の紙の手が、ふわりと消える。

 ――静寂。

 亜希がポツリと言った。

「……ほんとのカスは、くじじゃなくて……“選ばされることを当たり前と思っちゃう”ことなんじゃないかなって」

 修平は思った。

 この人、コメディタッチの神様なのか?

 ***

 後日。

 くじ堂は再び封鎖された。

「いやー、怖かったなぁ……でも動画撮れなかったの残念……」

「なに後悔してんだよ。お前はもうくじ引くな。人生全部“はずれ”でいいわ」

「ひどい!!」

 ふたりの後ろで、亜希が静かに手を振った。

 くじ堂の影では、最後に一枚だけ、朱印付きの紙が風に舞っていた。

 笑顔で。

(第7話『くじ引き様と三回目のはずれ』:End)


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