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第9話 山ノ神のくびれ石とトンネル女

「ねえ、知ってる? “くびれ石”って」

 その日、紗那は突然そう言った。

 和馬はソファでゲーム中だったが、即座に顔をしかめた。

「またなんか出るやつか?」

「ちがうよぉ。むしろ“美のスポット”って言われてるんだって。細くて、腰のくびれみたいな形した石があって、それをなでるとスタイルよくなるって」

「いや、それ絶対ろくな話じゃねえだろ。どうせ夜行くと祟られる系だろ」

「でも今、SNSでバズってて。『トンネル女に会えたら願いが叶う』って……」

「ほら見ろよ。結局ホラーじゃん」

「え、でもその女神様、全然怖くないらしいよ? むしろ“笑ったら失礼”ってルールなんだって」

「絶対フリだろそれ……」

 ***

 しかし、行った。

 というのも――亜希が「行ってみたい~♡」と上目遣いで言ったせいで、紗那と和馬が代表で下見に行くことになったのだ。真澄からは「その場所、過去に神隠しが2件記録されてるので気をつけてくださいね」とだけ言われていた。

 和馬は「言うならもっと早く言え」とうなだれながら、懐中電灯を片手に山道を登る。

 目的地は、町の外れにある“鶴見山旧道トンネル”。すでに封鎖されて久しい廃道で、今は地元の人も近づかない。

 だがそこに、例の“くびれ石”がある。

 石は確かに“くびれて”いた。人間の腰のように、真ん中だけが細く、しかも艶めいている。

「え、なにこの石……ほんとに触るの?」

「うん、みんなこうやって、なでなでしてるらしい」

 紗那が石を撫でた。

 その瞬間――

 トンネルの奥から、足音がした。

 コツ……コツ……コツ……

 真っ暗なトンネルの中に、ヒールの音だけが響いている。

「……あの……今、なにか……聞こえた?」

「聞こえてる……なにあれ、演出?」

「そんなわけないでしょ!!」

 紗那が和馬の腕にしがみつく。

 すると、トンネルの奥に、女が立っていた。

 細身で、スーツのような服。肩から下はよく見えない。だが、顔は――

 顔は異常にくびれていた。

 目が横に引き伸ばされ、口は耳の下まで裂け、ウエストではなく顔がくびれていた。

「なにこれ、顔が“くびれ”……!!?」

「ちょ、おい、絶対笑うなよ!? 笑ったらやばいやつだって言ってただろ!」

「無理無理無理無理!!!」

 和馬は必死に口を押えた。

 だが紗那が――

「ぷっ……」

 吹いた。

 その瞬間、女の首がグネリとこちらに曲がった。

「わらったね」

 声はまるで、クレヨンでガリガリ書いたような、引っかく音だった。

「わらったら……きれいには、なれないよ」

「ちょっと待って!? それルール違反じゃない!? お前“笑ったらダメ”のくせに顔で笑わせにきてんじゃん!!」

「うるさい。うつくしさは、しずかにたもたれるの」

 女は足音もなくすべるように近づいてくる。

 そのたびに、顔がくびれていく。

 頬が、目が、鼻が、全部“引き締まる”ように細くなっていく。

「ちょ、なにこれ、“顔のスタイルアップ”ってこと!? やりすぎだろ!?」

 和馬が叫ぶ。

 女は口だけを残して笑った。

「“美”は、けずるもの。ちがう?」

「ちがう!!!」

 和馬はとっさに、くびれ石を持ち上げて――

 ぶつけた。

 石は、女の顔に命中した。

「ぎぃぃぃぃぃっ!!」

 女は溶けるように消え、トンネル内にふわりと風が吹いた。

 ***

 翌日。

 くびれ石は、町の広報課によって「持ち去り禁止指定文化石」に再分類された。

「なあ……なんで俺だけ、こんな体張ってんの?」

「だって、和馬ってすごい冷静に見えて、一番反応が派手だから……見てて楽しいんだもん」

「お前それ、ホラーコント的な意味だろ……?」

「うん♡」

 その後、亜希たちはくびれ石ツアーを見送り、和馬は静かに“顔が筋肉痛”になった。

(第9話『山ノ神のくびれ石とトンネル女』:End)


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