「ねえ、知ってる? “くびれ石”って」
その日、紗那は突然そう言った。
和馬はソファでゲーム中だったが、即座に顔をしかめた。
「またなんか出るやつか?」
「ちがうよぉ。むしろ“美のスポット”って言われてるんだって。細くて、腰のくびれみたいな形した石があって、それをなでるとスタイルよくなるって」
「いや、それ絶対ろくな話じゃねえだろ。どうせ夜行くと祟られる系だろ」
「でも今、SNSでバズってて。『トンネル女に会えたら願いが叶う』って……」
「ほら見ろよ。結局ホラーじゃん」
「え、でもその女神様、全然怖くないらしいよ? むしろ“笑ったら失礼”ってルールなんだって」
「絶対フリだろそれ……」
***
しかし、行った。
というのも――亜希が「行ってみたい~♡」と上目遣いで言ったせいで、紗那と和馬が代表で下見に行くことになったのだ。真澄からは「その場所、過去に神隠しが2件記録されてるので気をつけてくださいね」とだけ言われていた。
和馬は「言うならもっと早く言え」とうなだれながら、懐中電灯を片手に山道を登る。
目的地は、町の外れにある“鶴見山旧道トンネル”。すでに封鎖されて久しい廃道で、今は地元の人も近づかない。
だがそこに、例の“くびれ石”がある。
石は確かに“くびれて”いた。人間の腰のように、真ん中だけが細く、しかも艶めいている。
「え、なにこの石……ほんとに触るの?」
「うん、みんなこうやって、なでなでしてるらしい」
紗那が石を撫でた。
その瞬間――
トンネルの奥から、足音がした。
コツ……コツ……コツ……
真っ暗なトンネルの中に、ヒールの音だけが響いている。
「……あの……今、なにか……聞こえた?」
「聞こえてる……なにあれ、演出?」
「そんなわけないでしょ!!」
紗那が和馬の腕にしがみつく。
すると、トンネルの奥に、女が立っていた。
細身で、スーツのような服。肩から下はよく見えない。だが、顔は――
顔は異常にくびれていた。
目が横に引き伸ばされ、口は耳の下まで裂け、ウエストではなく顔がくびれていた。
「なにこれ、顔が“くびれ”……!!?」
「ちょ、おい、絶対笑うなよ!? 笑ったらやばいやつだって言ってただろ!」
「無理無理無理無理!!!」
和馬は必死に口を押えた。
だが紗那が――
「ぷっ……」
吹いた。
その瞬間、女の首がグネリとこちらに曲がった。
「わらったね」
声はまるで、クレヨンでガリガリ書いたような、引っかく音だった。
「わらったら……きれいには、なれないよ」
「ちょっと待って!? それルール違反じゃない!? お前“笑ったらダメ”のくせに顔で笑わせにきてんじゃん!!」
「うるさい。うつくしさは、しずかにたもたれるの」
女は足音もなくすべるように近づいてくる。
そのたびに、顔がくびれていく。
頬が、目が、鼻が、全部“引き締まる”ように細くなっていく。
「ちょ、なにこれ、“顔のスタイルアップ”ってこと!? やりすぎだろ!?」
和馬が叫ぶ。
女は口だけを残して笑った。
「“美”は、けずるもの。ちがう?」
「ちがう!!!」
和馬はとっさに、くびれ石を持ち上げて――
ぶつけた。
石は、女の顔に命中した。
「ぎぃぃぃぃぃっ!!」
女は溶けるように消え、トンネル内にふわりと風が吹いた。
***
翌日。
くびれ石は、町の広報課によって「持ち去り禁止指定文化石」に再分類された。
「なあ……なんで俺だけ、こんな体張ってんの?」
「だって、和馬ってすごい冷静に見えて、一番反応が派手だから……見てて楽しいんだもん」
「お前それ、ホラーコント的な意味だろ……?」
「うん♡」
その後、亜希たちはくびれ石ツアーを見送り、和馬は静かに“顔が筋肉痛”になった。
(第9話『山ノ神のくびれ石とトンネル女』:End)