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第15話 “笑神”来訪と七つの呪笑

【八月三十一日 午後十一時五十八分】

 風が止んだ。

 虫の声も、木の葉のそよぎもない。

 その夜、町は沈黙の中に満ちていた。

「……なあ、ほんとに来るのか?」

 和馬の問いに、真澄が頷いた。

「来る。全部、揃ったから。埋蔵仏、御札、願い石、語り神、なごみ面、くじ、土偶、くびれ石、笑鳥居、井戸花嫁、ぬめり社、さざれ髪、狐々講……十四の“笑い”が、今夜、交差する」

「で、それのラスボスが“笑神”? いやネーミングが雑すぎるだろ!」

「正式には、“主無き笑いの具象存在”です」

「わかりづらっ!!」

 七人が集まっていたのは、町の中心、今は誰も使っていない旧市民ホールの屋上。

 そこに、謎の円形模様が浮かび上がっていた。

 模様は歪な笑顔の集合。土偶、面、紙札、石、すべての意匠が含まれていた。

「……これ、全部つながってたってことか」

 修平が呟くと、貴也が補足する。

「うん。“笑い”という感情が“記録され、残され、溜め込まれた結果”、人の意識から独立した“人格”になった。それが“笑神”。」

「人格になったのに、誰も呼ばなかったから拗ねて……怒ってるの?」

「そのとおり。存在してるのに無視されることを、“否認の祟り”って呼ぶらしいよ」

「Twitterの通知無視されたオタクかよ!!」

 そのとき――空が割れた。

 雷でも、雨でもない。

 ただ、空そのものが、「ひとつの大きな口」になったように裂け、笑い声が降ってきた。

「ハハハハハハハハハハッ」

 それは陽気でも楽しげでもなく、ただひたすらに「人間の記憶から絞り出された、匿名の笑い」だった。

 そして現れた。

 笑神。

 それは、顔を七つ持っていた。

 埋蔵仏の「爆笑面」

 狐面の「ゆがみ笑顔」

 願い石の「歪な口角」

 御札の「張り付いた表情」

 仮面の「引きつった営業スマイル」

 くびれ女の「頬笑み未満の圧笑」

 土偶の「愛嬌という名の虚無」

 それらすべてが融合し、人のかたちをした“笑いそのもの”が、七人の前に立ちはだかった。

「笑え」

 その声は、地響きだった。

「笑え。笑えば救われる。笑わなければ、記憶を剥ぐ」

「笑ってんじゃん! 全部お前が作ったんじゃん!!」

 啓介がツッコミを入れるが、笑神は揺るがない。

「お前たちは、“笑い”を消費した。意味なく、無意識に。それが私を膨らませた」

「違う!」

 紗那が前に出る。

「わたしたち、怖かったけど、ちゃんと向き合ったもん! “おかしい”って思いながらも、ちゃんと笑った! 人のこと、ひとつひとつ、怖くても受け止めてきた!」

「“無意識”と“祈り”は違う!」

 真澄が叫ぶ。

「笑いは祈りだったはず。あなたはただの“祈りの残りかす”なんかじゃない!」

「だから……」

 和馬が息を吸い――

「お前が一番“おもしろくねえ”んだよ!!」

 その瞬間、笑神の全顔が止まった。

 無数の口が、パキパキと音を立てて閉じられる。

 一瞬の静寂。

 そして、笑神がぽつりと――

「……つまんなかった?」

 言った。

 次の瞬間。

 七人全員が、爆笑した。

「つまんねぇぇぇぇぇ!!」

「でもめっちゃ気にしてたのかわいいなお前!!」

「急に傷つくタイプ!!」

「なんか思ったより繊細だった!!」

 笑いが弾けるたび、笑神の体がひとつ、またひとつと崩れていく。

「あっ……これが……“ほんとうの”……」

「“自分で笑わせて自分で消える”とか、自爆芸人か!!」

 崩れながら、笑神は最後に言った。

「……たのしかった、よ。ありがとう……」

 そして、七つの顔は空へと還っていった。

 ***

 数日後。

 町は元に戻っていた。異変もなく、日常が続いていた。

 ただ、ひとつだけ違ったのは――

 誰かがふと笑うと、その笑い声が、ほんの少しだけ“やさしく反響する”ようになったことだった。

 まるで、どこかで「笑い」を見送った誰かが、そっと答えているかのように。

(第15話『“笑神”来訪と七つの呪笑』:End)





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