教室の扉を開けると、なぜか中は真っ暗だった。
「……あれ、時間割間違えた? 昼休みなのに誰もいないとかある?」
塁(中身・美里)は首をかしげた。さっきまで弟の晴翔と一緒に購買にいたはずなのに、戻ったら誰もいない。しかも、空気が異様に静かだ。
そんな教室の黒板に、チョークで書かれた一文が。
『ようこそ、観測者へ』
「観測者……? なにそれ中二病かよ……って、え、動けない!?!?」
瞬間、視界が白く反転。目を開けると、そこは真っ白な空間。
「やあ、美里さん。いや、“塁”と呼んだ方がいいかな?」
そこに立っていたのは、真っ白なローブ姿の美青年。目元だけが覗き、胡散臭さMAXなスマイルを浮かべている。
「……誰? なんで私のこと、知って……」
「私はこのゲーム世界の“管理者”さ。君のような外部からの侵入者、つまり“転生者”を管理する役目を持っている」
「え、やっぱこれ、ゲームの世界だったの!? でも、私、脇役として静かに応援してるだけで――」
「残念ながら、君の行動がルートを乱し始めている。建人は主人公と恋に落ちるはずの存在。しかし今、彼の心は“君”に傾きつつある。ルートが崩壊しかけているんだよ」
「いやいやいや、私ただの脇役だし!! 主役カプを応援してただけだし!!」
「このままだと、ゲームはバグを起こし、“世界そのもの”が消滅する」
「うそでしょ!? 推しを見てるだけで世界崩壊ってどんな罰ゲーム!?」
管理者は指を一本立てた。
「ただし、世界の崩壊を防ぐ方法が一つだけある。それは、3つの条件をすべてクリアすること」
「……条件?」
「その通り。ただし、君が転生者であることを誰かに話せば、その瞬間に即アウト。ゲームは強制終了、世界は消滅する」
「おい情報量……」
「3つの条件のうち、今教えられるのは1つだけだ。それは――」
管理者は、ゆっくりと口元を歪めた。
『主人公・霧島晴翔に“本当の願い”を思い出させろ』
「……は? なにそれ、ざっくりすぎる!」
「残りの2つは、時が来ればわかる。ただし、時間はない。もし“建人ルート”が完全に崩壊したら、もう手遅れになる」
次の瞬間、空間が崩れ落ちるようにして、塁の意識は教室に戻った。
「兄ちゃん!? 大丈夫!? ぼーっとしてたけど……顔色、めっちゃ悪いよ!」
心配そうに覗き込んでくる晴翔。その笑顔は無垢で、なにも知らない“主人公”の顔だった。
「……晴翔……」
塁(美里)は思う。
(……主人公の“本当の願い”? そんなの、ゲーム内でも明かされてなかったはず……)
“夢女子”として、推しを愛でるだけの転生ライフは、もう許されない。
「やば……これ……脇役どころか……物語の運命、私にかかってるじゃん!?」
それでも塁は、顔を引きつらせながら笑った。
「……推しのためなら……やってやろうじゃん……!!」
ツッコミと腐の業と若干の使命感を背負い、塁の異世界生活はますますカオスを極めていく――!!