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第一章② ~一緒に、宇宙を守って~

「え?」

 一瞬、黒い雲かと思った。しかしそれは違った。真昼の空にぽっかりと穴が空いたかのように、夜空が広がる。空が暗闇に覆われていく。さっきまで真昼だったのに、一瞬にして夜になってしまった。

「何が起こって」

「きたね」

 ひかるは険しい顔つきになった。壁のガラスが一斉に割れたのだ。パリインという音ともに、破片が地面に落ちる。さらに、わたしのスマホが激しく震え、通知音がする。画面に文字が出ていた。

「カラダヲヨコセ」

「体をよこせ?」

 その文字は、壁にあったディスプレイにも映し出されている。

 画面からも、スマホからも、無機質な電子音がする。わたしは不気味さに震えた。

「クララちゃん、下がって」

 ひかるがわたしに言った。前を見ると、不可思議な物体、いや光の塊が目の前に現れた。二メートルくらいの人型をしており、手と足が細長い。体全体が光っており、顔はない。人型の足元には、スタッフが転がっていた。血まみれだ。状況はわからないが、きっとあの化け物にやられたのだ。

「カラダヲヨコセ」

 また音がした。それと同時に、床にあった手すりが膨張、破裂した。破片が飛んでくる。

「インタラクション!」

 ひかるの声。破片に向かって光線が飛ぶ。しかし、ひかるはその破片をまともに受けた。

「うわっ!」

 彼女は倒れる。額からは痛々しく血が出ていた。

「星海!」

「苗字じゃなくて……名前で呼んでほしいな」

 ひかるはなんとか立ち上がったが、ふらついていた。何が起こっているのかわからないが、化け物に立ち向かうつもりらしい。わたしも破片を食らった。腕からかなり出血があるのに、痛みはない。体の状態が普段とは違っている。

「カラダヲヨコセ!」

 音ともに壁が大きく膨らむ。より大きな攻撃が来ると感じた。

 ひかるはふらつきながらも光線を飛ばすが、敵の体に吸い込まれていった。

「効いてない……!?」

 頑張っているようだが、勝てるようには見えない。わたしは思った。あの爆発に巻き込まれれば、わたしは死ぬだろう。そうすれば、全てが終わる。それはわたしには好ましいことに思えた。学校にも、家にも、わたしの味方なんていない。そして、アイザックハウスに逃げ込んでも、もっと状況が悪くなるだけだ。そして、自分に嫌気がさすようになる。どこにいっても、暗闇だらけ。宇宙に希望なんてない。

 わたしは、壁の前に出た。それは膨張し、今にも、破裂しようとする。わたしは両手を広げた。これで、大嫌いな宇宙とお別れだ。

「クララちゃん、危ない!」

 ひかるだった。またわたしの前に出たのだ。光を発生させる。壁が破裂する。破片を光線が迎え撃とうとする。でも全ては防ぎきれなかった。彼女は破片を受け、倒れた。

「星海……!」

 彼女は、血まみれになりながら、わたしに寄りかかる。

「なんでわたしを助けるのよ」

 彼女がよろよろと手を挙げた。

 次の瞬間、頬に痛みが走った。ひかるがわたしを引っ叩いたのだ。

「えっ……」

「ダメだよ」

 彼女はボロボロになりながら、初めて厳しい顔をわたしに向けていた。

「宇宙を嫌ってもいい。滅びてしまえばいいのにって思ってもいい」

 ひかるはじんじん痛むわたしの頬を、血のついた両手で挟んだ。

「でも、自分を嫌わないで。自分だけは大切にして」

 わたしを見つめる。少し笑っていた。

「クララちゃんは、わたしの最後の希望なんだから」

 彼女は力を失いわたしに寄りかかる。

「ひかる……!」

 わたしはなんとか支える。息も絶え絶えに言った。

「ひかるって、呼んでくれたね……」

「それどころじゃないでしょ」

「クララちゃん。手を前に出して、インタラクション、だよ」

 ひかるは、手に年間パスポートを持っていた。それを、わたしにまた差し出す。

「え……」

「生き……て」

 彼女は気を失った。目の前に光の塊がやってくる。

「カラダヲヨコセ」

 化け物はのろのろと、迫ってくる。やつらは光の塊で実態がない。わたしたちの体が欲しいのだろうか。わたしは気を失ったひかるを抱えながら震えた。

 このままではやられる。それは、わたしの望んだことだったはずだ。この宇宙と別れる、一番手っ取り早い方法。でも、頬の痛みがじんじんと響いていた。自分を嫌わないで。ひかるは言った。

 ――クララちゃんは最後の希望だから。

 ――少しでも光があるなら、大切にしたいって思うんだ。

 わたしは、宇宙のことが大嫌いだ。でも二年前、確かにわたしは宇宙に救われた。本当はどうしたいか。そんなこと、わかっていた。ひかるに問われるまでもなく、最初から。

 ――宇宙のこと、好きになれるといいね。

 ひかるの言葉が頭に響く。このまま終わるなんて、嫌だ。わたしは年間パスポートをつかんだ。そして、手を前に出した。ひかるの見様見真似で、叫ぶ。

「インタラクション!」

 手の前に、暗闇が現れた。真っ黒い塊だ。それがわたしの体を取り囲む。そして、湧き出てくるかのように、一気に広がった。目の前の敵も、周りの空間も埋め尽くす。

 目の前にいた光の塊がなくなった。砕け散ったガラスも、プラネタリウムも、嘘のように元に戻った。空の星と暗闇は消え、真昼の青空が残った。腕の中で眠るひかるも、血まみれではなかった。

 死のうとしたわたしを助け、引っ叩いたひかる。もしかして、この宇宙に光は、あるのだろうか。そう考えていると、気が遠くなって私は倒れた。


 目を開けると、ひかるの顔があった。ぱっと晴れやかな表情になる。

「あ、クララちゃん起きた!」

 体を起こすと、ひかるはわたしに抱き着いてくる。

「よかった、なんともなくて!」

「ひかる、やめなさい」

「わあ、ひかるって呼んでくれるんだね」

 スキンシップの激しさにわたしはじたばた抵抗したが、かなり強く抱きしめてきたので引き離せなかった。わたしは抵抗をやめた。体温が伝わってきて、少し心地よいとさえ思った。やはり、ひかるは無傷だった。さっきまで血まみれだったのに。

「わたしは、夢を見ていたの?」

 突然広がった星空。光の姿をした化け物。飛んできた破片に、ひかるの発した光線。

 破裂からわたしを守ったひかる。そして、わたしの体から出てきた黒い塊。

「ううん、夢じゃないよ」

 ひかるは首を横に振った。

「あの戦いは、全部本当にあったこと。何より……」

 ひかるの体の温かさが伝わってくる。

「クララちゃんがわたしを助けてくれた。ありがとう」

 すごく感謝されている。どうやら、わたしから出てきた黒いもののおかげで、ひかるは助かったらしい。

「さっきの戦いって……一体何が起こっていたの?」

 落ち着くと、疑問が湧き出てきた。

「なぜいきなり夜になったの? あの光人間は何? なんで破裂したの? 光を操ったのって何? わたしから出てきた黒い塊は何? なんでひかるは無傷なの?」

「えーと、それはね。宇宙がばーんってなって、わーってなってどかーん!」

「え?」

「クララちゃんの力がぐってなって、きゅいーんってなってばーん……ってなったんだ」

「いや、全然わからないけど」

 ひかるは身振り手振りで一生懸命説明しているが、何も伝わってこない。どうやら彼女に説明は期待できないようだ。呆れていると、男性の渋い声が響いた。

「君は、別宇宙からの侵略者を撃退したんだ」

 白衣を着て、白髭を蓄えた、白髪の壮年男性がいた。

「あ、博士!」

 説明に窮していたひかるは、助かったとばかりに振り返った。

「あなたは?」

「私は、星海大空(たいくう)。アイザックハウスの館長で、宇宙理論の研究をしている。いつも来てくれて嬉しいよ」

 アイザックハウス通いは館長にも知られていたらしい。気恥ずかしかったが、もっと気になることがあった。苗字が星海。

「お父さん?」

「親代わりといったところかな」

「親代わり……」

「うん。一緒に暮らしてるんだけど、博士はとっても優しいお父さんなんだ!」

 ひかるは自慢げに言った。複雑な事情がありそうだ。深入りするのはやめておこう。

「まあいいわ。それより、別宇宙からの侵略者って?」

 博士は顎に手を当てて考える。

「君はマルチバースについては知っているかな?」

 わたしはうなずいた。

「ええ。この宇宙とは異なる法則を持った、別の宇宙ね。SF映画でもよく聞くけれど」

「君が見た敵は、マルチバースからの侵略者だ」

 それから、博士は説明してくれた。

 別の宇宙、アナザーバースからの侵略者がやってくること。シュレディンガー領域という特殊な空間ができ、敵に支配されるとこの宇宙は滅びるということ。インタラクターという能力者が、戦える唯一の存在であること。ひかるとわたしが、インタラクターであるということ。そしてわたしは、暗黒物質と暗黒エネルギーを操る力を持っているらしいということ。

「じゃあ、わたしの手から出てきたのは、暗黒物質?」

「そうだ。本来ならば光に干渉しないから透明になるはずだが、シュレディンガー領域内の光景はインタラクターの認識で決まる。暗黒物質の正体が人類にとって不明なため、黒く見えたのだろう」

 わたしは手を見た。信じられない。あの黒い物質を操る力が、わたしにあるなんて。

「暗黒物質と、暗黒エネルギー……つまり、君は最大でこの宇宙の九十五パーセントを操れるということになる」

「九十五パーセントを……」

「そうだ。ひかる君の光を操る力がどんなに多くても宇宙の五パーセント未満であることを考えると、驚異的な数字だ」

 自分の手を見た。この中に、宇宙を操る力がある。想像を超えた話だ。

「つまりそれって、どういうこと?」

 ひかるが星海博士に聞いてきた。

「クララ君の力は、すごいということだ」

「すごいんだ! それはすごいね」

 彼女は心の底から感心しているようだ。その理解でいいのか。

「やっぱりクララちゃんは最後の希望だね。クララちゃんがいれば、何とかなる気がする」

「うむ。君の力があれば、より激化するアナザーバースの侵略からも、ユニバースを守ることができるだろう」

 星海博士は言った。ひかるは意を決したのか、わたし相手に手を伸ばしてきた。

「お願いクララちゃん! 一緒に、宇宙を守ってください!」

 目がキラキラ光っている。わたしは、差し出された手を見た。

 話が壮大すぎて実感も何もないが、彼らの話は要するにこういうことだ。

 ひかるは宇宙を守ろうとしているが、力が足りない。でもわたしの持つ力があれば、宇宙を守れるそうだ。だったら、わたしは……。

「嫌よ」

 即答した。星海博士とひかるは目を見合わせた。

「あなたたちの話が受け入れられたわけじゃないけど……全部本当だとしても、わたしは、別にこの宇宙を守りたくなんかない。むしろ、滅びてしまえばいいと思ってる。わざわざ嫌いな宇宙のために、苦労する気なんかないわ」

 学校にも家にもわたしの味方はいない。どこにも希望などない。そんな宇宙がピンチと聞かされても、やる気が出てくるわけがない。むしろ、願ったり叶ったりだ。放っておくだけで、滅びてくれるのだから。例え巻き込まれて、自分の人生が終わったとしても。

「最後の希望なんて言われて、勝手に期待されても困る。誰もがみんな宇宙を守りたいと思ってるわけじゃないのよ」

「そうだよね」

 ひかるは寂しそうに笑った。

「やっぱり戦いたくないのが、普通だよね。ごめんね。無理に誘ったりして」

「え……」

「わたし、クララちゃんのこと考えず、自分勝手に期待してた。巻き込んでごめんね」 

 わたしは意外に思った。もっとしつこく勧誘されると思っていたのに、ひかるが簡単に諦めたからだ。

「でも、さっきは助けてくれて、ありがとう。おかげで、わたしはまだ戦える。守ってくれたおかげだよ」

 淀みのない瞳と声を、わたしに向けてくる。

「それは、別に守ったわけじゃない……」

 わたしは目を逸らした。ひかるの目をまっすぐ見ることができない。

「生きたいと、思っただけよ」

 わたしはアナザーバースの攻撃に身を晒し、死のうとしていた。しかし、ひかるにかばわれた。ひかるは、自分を嫌わないで、生きて、とわたしに言った。わたしは、ひかるの言うままに手を出してインタラクションと叫んだ。初めて、生きたいと思ったのだ。

「なら、よかった」

 ひかるは笑った。

「クララちゃんのいる宇宙を守るために、わたしがんばるね!」

「ひかる」

 わたしのために? そのとき、また空が闇に包まれた。窓から真っ暗な夜の空が見える。

「シュレディンガー領域発生! アナザーバース侵食率三十パーセント! 敵性インタラクター、学校に出現!」

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