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第一章③ ~こんな宇宙でも~

 星海博士は腕を組んだ。

「さっきのアナザーバースが、また来たようだな」

「え、さっき追い払ったんじゃないの?」

「先ほどは一時的に撤退しただけだ。アナザーバース侵食率をゼロパーセントにするまで、何度でも戦うことになる」

「そんな」

「……行かなきゃ」

「待て、ひかる君」

 星海博士が静止した。

「君の攻撃はあの敵には効かない。さっきの戦いでわかったろう。無策では勝てない」

「でも、黙って見ていられないよ」

 ひかるは首を横に振った。

「わたしが行かなきゃ。私が止めるしかないんだよ」

 彼女の意思は硬いようだった。それはそうだ。わたしが協力しなければ、彼女の他にインタラクターはいないのだから。

「ひかる君」

「インタラクション!」

 彼女の体が輝き出した。

「行ってくる!」

 凄まじい勢いで駆け出して、私と星海博士が部屋に残される。ディスプレイに、学校の様子が映し出された。

「この映像は?」

「ドローンでの撮影だ」

 ひどい状況だった。学校の壁や床が破壊されている。生徒たちが傷ついて倒れている。無事な生徒も、時が止まったように固まって動けない状態にある。敵を迎え撃てるのは、インタラクターしかいないのだ。

「これは……」

「すでに、暴れ回っているようだな」

 光の塊がいた。やつらは、アナザーバースのインタラクターだ。そこにひかるがやってくる。彼女の周りに光の玉が発生し、光線が発せられる。しかし、それは敵の体に吸収されるだけだ。

「勝算はあるの?」

「はっきり言って、ない。ひかる君の攻撃は通用しないからな」

 黒板が膨張し、破裂し、破片がひかるに襲いかかった。ひかるは光線により撃ち落とそうとするが、防ぎきれずに傷を受けてしまう。

「他にインタラクターはいないの?」

「いない。インタラクターの素質があるものに勧誘をかけたが、皆断った。当然だ。命をかけた、宇宙全体に影響を及ぼす戦いだからな。好んでする者はいないだろう。君が文字通り、最後の希望なんだ」

 このままひかるが負けたら、学校は破壊され、生徒たちは死んでしまう。ひかるは傷つきながらも、無駄な光線を撃ち続ける。他に、打ち手もないようだ。

「なんであの子は戦うのよ。あんなになってまで」

 わたしは、理解できなかった。学校も、クラスメイトたちも、皆わたしを苦しめる原因だ。そうでなくたって、認められも褒められもしないのに、人知れず命懸けで戦う気なんて起こらない。なのにひかるは、ぼろぼろになって戦う。なぜだ。

「ひかる君は、戦いで親を失った」

 星海博士は苦しげに言った。親代わりと言っていたのを思い出す。

「二年前、この付近で戦いがあった。初めてのアナザーバースの襲来だ」

「二年前?」

「たまたま目覚めたインタラクターたちが対抗したが、ほとんどが命を落とし、シュレディンガー領域はアナザーバースに支配された。敵も疲弊して退却したが、こちらの空間には大きな被害が出た。私たちはその戦いで初めてアナザーバースの存在を知ったのだ。そのアナザーバースを、私たちはファーストバースと呼んでいる」

「それって……」

「二年前の火災の真の原因だ」

 大きな被害の出た火災は、アナザーバースの襲来だったというのか。それも、この宇宙が初めて襲われたときの。

「そしてその時に生き残った唯一のインタラクターがひかる君だ」

「ひかるは、その時に目覚めたの?」

「うむ。家族でこのあたりに遊びに来ていて、突如戦いに巻き込まれたのだ。そのとき、インタラクターとしての素質があった彼女は目覚め、戦ったが、両親は戦いの中で……」

 首を振る。

「亡くなったのね……」

 画面の中ではひかるが追い込まれていく様が映し出されていた。アナザーバースの領域が広がるほど、敵の攻撃も激しくなる。床や天井、壁までも破裂して、ひかるは動くこともおぼつかなくなる。

「激しい戦いだった。他のインタラクターも全滅し、ひかる君だけが残った。私は彼女の身柄を引き取り、ともにアナザーバースと戦う決意をした。いずれ再びやってくる、ファーストバースを迎え撃つために」

「じゃあひかるは」

「天涯孤独の身だ。それ以来彼女は、身を粉にしてアナザーバースとの戦いを続けている。たった一人でな」

 ひかるはけして逃げようとはしなかった。光の塊の前に立ち、少しでも時間稼ぎをするために敵の攻撃を防ぐ。あちこちに光線を発射し、目眩しをする。

「ひかる君は、自分の全てをかけて宇宙を守っている。もしかしたら、自分には、それしかないと思っているのかも知れない……」

 しかし、どんどん追い込まれていく。いくら頑張っても、彼女の力では敵の攻撃を防ぎきれない。犠牲者は増えていく。自身も斥力による攻撃を受け、傷ついていく。

「アナザーバース侵食率、八十パーセント!」

 これ以上汚染されたら、シュレディンガー領域はアナザーバースに支配され、学校は破壊されてしまう。そしてアナザーバースはこちらの空間に進出してくる。宇宙の破滅だ。

「そんな……わたしが、ばかみたいじゃない」

 ひかるは、親を失い、協力者もいない中で、懸命に戦いを続けて宇宙を守ってきた。ただ、自分と同じような人を増やさないために。そんなひかるの前でわたしは自ら命を捨てようとした。彼女の努力を愚弄するような行為だ。それでもひかるはわたしを命懸けで助けた。そしてまた、わたしを守るために戦っている。

「なんで、わたしなんかをこんなに助けるのよ」

「きっと、君が、最後の希望だからだろう」

 一人で戦ってきたひかるにとって、わたしは仲間になる最後の可能性だった。勝ち目のない孤独な戦いから救ってくれる、救世主だった。だからこそ、転校してまでわたしを誘いにきたし、プラネタリウムまで追いかけてきた。

「だったらもっと、しつこく誘いなさいよ」

 それでもひかるは、けしてわたしを強引に戦わせようとしなかった。戦いではギリギリまでわたしを守り、嫌がるわたしに無理やりな声掛けはしなかった。もっと無理矢理に引き摺り込むこともできたはずなのに、あえてそれをしなかったのだ。

「なんでよ……」

 わたしは、プラネタリウムでのひかるの言葉を思い出した。

 ――少ししか光がないんだったら、それはもっと大切に思えるなって!

 きっとひかるは、わたしをわずかな光として戦っていたのだ。わたしが助けてくれるかもしれないと言うわずかな希望を胸に、なんとか諦めずに戦い抜いてきたのだ。今も、絶望的な状況でも逃げることもせずに立ち続けている。

 ――クララちゃんのいる宇宙を守るために頑張るね!

 助けてもらえるかどうかもわからないのに。こんな、宇宙は滅びてしまえばいいのにと思っている人間の存在を、本気で心の支えにしているのだ。やっとわたしはひかるの言葉の意味がわかった。理屈ではなくて、感覚として理解した。宇宙は暗闇ばかりだ。正体不明の不気味な物質とエネルギーがほとんどを占めている。でもその中にわずかな光がある。

 学校にも、家にも味方がいなかった。絶望しかなくて、何をやっても上手くいかなくて、それは何も変わらないと思っていた。ずっと、このままの日々が続くんじゃないかと思っていた。でも、ひかるが現れて、私を引っ叩いて、自分を嫌うなと言った。わたしの中に隠された能力を引き出した。

 もしかしたら、何かが変わるんじゃないか。暗闇の中に、光があるんじゃないのか。こんな宇宙も――好きになれるんじゃないか。

 そのとき電話が鳴った。悪い予感がしたが、当たった。お母さんだった。

 なんでこんなタイミングで。

「どこにいるの? なんでこの時間に家に帰ってないの? 学校も電話が繋がらないし!」

 帰宅して、わたしがいないことに気づいたのだろう。いつものようにまくしたててくる。

「お母さん」

「どれだけ迷惑をかければ気が済むの! 昔は聞き分けがよくて、手がかからなかったのに、今は苦労ばかり」

 わたしは黙って聞いていた。

「早く家に帰ってきなさい。あなたのせいで仕事を早く切り上げないといけなかったのよ。こないだはお父さん、今日は私! いい加減にして!」

 きっと今までのわたしだったら、何も言うことはできないだろう。科学館にきた時の電話みたいに、一方的に言われたままで、電話は切れるだろう。

「そんなんだから友達もできないんでしょう。親に迷惑ばっかりかけて!」

 学校でも、家にも、味方はいない。

 それは自分のせい。いつまでも変わらない。それが当たり前で、仕方ないことなのだ。さっきまでのわたしだったら、そう思っていただろう。

「もうこれ以上、アイザックハウスに行くのはやめなさい!」

 でも、わたしは思い出した。

 ――自分を嫌わないで。自分だけは大切にして。

 ――クララちゃんは、最後の希望なんだから。

 ひかるの言葉を。あの頬の痛みを。あのときの気持ちを。

 生きたい。

「嫌よ!」

 わたしは電話に向かって叫んだ。

「アイザックハウスに行くのをやめるなんて、嫌!」

「わっ……」

 お母さんの言葉が止まった。わたしが口答えするなんて、予想していなかったのだろう。

「何、いきなり大声……」

「いつもいきなり大声出すのは、お母さんの方でしょう」

 言いながら、声が震えた。手が震えた。涙も出てきた。

「自分のことばっかり言って! わたしの話なんて少しも聞こうともしないじゃない!」

「それはあなたがいつも黙り込むから……」

「ずっと一方的に叱りつけられればそうなるでしょ!  聞く耳なんてないんだから!」

 お母さんは慌てているようだった。それもそのはず、今までわたしはお母さんにいくら言われても、反抗したり喧嘩したりすることはなかったのだ。

「……わたしは、いじめられてるのよ」

 言い聞かせるように話しかける。

「え? 今なんて」

 お母さんは、間抜けな声を出した。

「学校でいじめられてるの。家でも学校でも居場所がないから、アイザックハウスに逃げ込んでるのよ」

 お母さんは黙った。そして、うろたえているかのように言った。

「そんな……私、そんなことになってるとは思ってなかった」

「当たり前よ。言えなかったもの。お母さんにも、お父さんにも」

 お母さんは言葉に詰まっていた。ついに自分を省みようと思ったのだろうか。

 星海博士が見てくる。画面ではひかるが追い込まれているようだ。もっと話したいところだが、時間がない。行動に移らなければ。

「お母さん。わたし、アイザックハウスに来るの、やめないから。だって、ここでやることがあるもの」

「ちょっと待って。いじめられてるって何……やることって、何よ」

 わたしは、カードを握りしめた。ひかるがゴミ箱から拾った、アイザックハウスの年間パスポートだ。

「宇宙を、好きになることよ」

「え? クララ、何を言って……」

 わたしは、通話を切った。部屋は静かになった。確かに、ひかるは勝手だ。いきなり現れて、最後の希望だなんて。巻き込まれたほうはいい迷惑だ。でも、そのときわたしは、はじめて生きたいと思った。暗闇だらけの宇宙。何かが、変わるような気がしていた。

「博士」

 面くらっている星海博士に聴く。

「ひかるとわたしでなら……あの敵に勝てる?」

 博士はうなずいた。

「策はある」

「じゃあ、教えて」

 わたしは聞いた。

「こんな宇宙でも……あの子となら、守ってもいい」

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