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第一章④ ~好きだよ、クララちゃんのこと~

 学校に着くと、悲惨な光景だった。窓ガラスは割れ、壁は砕け、廊下のあちこちには穴が開いている。そして、床にがれきと血が散乱している。あたりには、部活中だったのだろう、ジャージ姿の生徒たちが倒れていた。動きはしない。戦いに勝てば、科学館のときのように、彼らは生き返る。しかしこのまま負けたら、彼らは死んだままだ。

 廊下の向こうから光の塊が迫ってくる。その前にひかるが立っている。傷だらけで、よろよろしている。彼女は塊に向かって光線を放つ。それは全弾命中したが、塊はびくともせず、近づいてきた。目の前で、壁の一部が大きく膨らむ。敵のインタラクターの力だ。破裂しそうだ。このままではまずい。わたしは手を前に出した。

「インタラクション!」

 体の周りに、黒い塊がいくつも現れた。それが飛んでいき、ふくらんだ壁に辿り着いて飲み込んだ。とりあえず、ひかるは助かった。

「……クララちゃん?」

 ひかるはこちらを振り向いた。信じられない、というように口をぽかんと開けている。

「なんで、なんでここにいるの?」

「あなたが誘ったんでしょう」

 無性に腹が立った。ひかるは、わたしが来るとは思っていなかったのだ。

「わたしに勝手に期待して、こんなわけのわからない戦いに巻き込んで、本当に迷惑よ。何が最後の希望よ」

「ごめん」

 ひかるはうつむいた。

「言っとくけど、わたしはあなたが期待してるような人間じゃない。宇宙のことは大嫌い。あなたのことも、大嫌い」

「じゃあ、なんで……」

「だけど、あなたと会って、生きたいって思ったの」

 ひかるはこちらを見た。わたしは自分の頬に手を当てる。触ると、痛みが蘇る。ひかるにぶたれた跡が、残っているわけでもないのに。

「少しでも光があるなら……大切にしようと思ったのよ」

「クララちゃん。一緒に戦ってくれるの?」

 わたしはうなずいた。

「こんな宇宙、大嫌いだけど。あなたがわたしの最後の希望になるなら、一緒に守ってあげてもいいわ」

 ひかるの顔が、ぱっと明るくなる。

「ありがとう!」

 そして、二人で敵のほうを見る。敵は、ゆっくりと、しかし確実に迫ってくる。

「クララちゃん!」

 ひかるは前に出た。手から光線が飛ぶが、敵の体に吸収されてしまう。

「やっぱり……」

「光線は効かないってわかってるでしょう」

 わたしは手をかざした。そこから黒い塊が飛んでいく。しかし、光の人型にたどり着く前に、軌道が逸らされてしまった。敵には届かず、よその方向に飛んでいく。

「これは……博士の言ってたとおりね」

「どういうこと?」

「相手の力は、斥力よ。博士はあの宇宙を、リプルシブバースと名付けた」

「せきりょく?」

「磁石のN極同士みたいに、互いに退け合う力のことよ。相手の宇宙では、質量のあるもの同士で退け合う力が働くみたい。奴らはその力でアイザックハウスのものを破裂させた。質量のある物体は存在できないから、質量のない光の生命体ができたのよ」

「うーむ」

 ひかるはあまりピンときていないみたいだったが、説明を続けた。

「わたしの出すダークマターには質量があるから、斥力によって散らされてしまって、相手には届かないわ。逆に、あなたの光は質量がなくて斥力の影響を受けないから届くけど、相手の体も光だから効かない」

「じゃあ、どうするの?」

 わたしは、星海博士に聞いた作戦を伝える。

「合わせ技でいく」

「どういうこと?」

「あなたの光の力は斥力の干渉を受けないから、それで空間をこちら側の宇宙に変える。そうすれば敵までこちらの攻撃が届くようになるわ。その空間上にわたしの暗黒物質を流し込む。相手の近くまで攻撃が届けば、後は斥力で散らされても空間全体に暗黒物質が満ちて、侵食率を下げられるわ」

「よくわかんない!」

「いや、わかりなさいよ! というかなんでわたしがあなたに説明してるの」

「だって、宇宙のことはよくわかんないし……」

「それで、どうやって二年間も戦いを生き抜いてきたのよ」

「なんていうか、ノリ……?」

「余計すごい気がするわ……」

 でも、蓄えてきた宇宙の知識が、ここにきて初めて役に立っている。インタラクターとアナザーバースについては知らないが、考え方は宇宙の法則だ。

「かいつまんでいうと、あなたが先に攻撃して、そこにわたしの攻撃を重ねるってことよ」

「ならわかった! じゃあいくね!」

 ひかるは手を出した。周りの光の弾が増え、大きくなる。

「ライト・レーザー」

 光線が、敵に向かってたくさん飛んでいく。あたりを埋めつくすほどの分量だ。これが彼女の全力なのだろう。ひかるはわたしのことを最後の希望と言った。いきなり現れてあてにするなんて、迷惑な話だ。わたしは、宇宙なんて滅べばいいと思っている。

でも、ひかるは、自分だけは大切にしてと言った。頬の痛みが響いた。もし、ひかるとともに戦うことで何か変わるなら。希望とやらになってもいいのかもしれない。

 わたしは手を前に出した。

「インタラクション」

 ダークマターが飛んでいく。最初に出したときと同じくらいで、たぶん最大出力だ。ひかるの光線の上に続いて、先に進んでいく。ひかるの光線の通ったところはこちらの宇宙空間に変わっているので、敵の斥力によって妨げられない。そのため、暗黒物質は敵のところまで届いた。それは敵の斥力によって散り散りになる。それでも暗黒物質は広がっていき、領域全体を埋め尽くした。

「シュレディンガー領域のアナザーバース侵食率、ゼロパーセント。敵性インタラクター、退却していきます」

 目の前にいた光の塊は揺らいだ。

「カラダヲ、ヨコセ……」

 こちらに手を伸ばしてくる。

「いやよ」

 わたしは手を伸ばした。ダークマターを飛ばす。

「こんな宇宙でも、わたしの宇宙だから。あなたたちに奪われたくはない」

 相手にそれが当たり、吹き飛んでいった。それと同時に、あたりの光景も戻った。粉砕されていた校舎には傷一つなく、倒れていた生徒たちは元気に駆けていた。アナザーバースの撃退により、戦う前の状態に戻ったのだ。

「やった!」

 ひかるは、またしても抱き着いてきた。

「クララちゃん、大手柄だよ! 宇宙を守ったんだ!」

「全然実感がないわ……」

 なんとか、助かったらしい。そして、宇宙も守られたようだ。

「それにしても、あの敵は、なんで体を欲しがったのかな? 光の体、無敵なのにね」

「ええ。あの体なら、年老いることもない。けがや病気で死ぬこともない。まさに、不老不死ね」

 彼らのカラダヲヨコセという言葉を思い出した。それは悲痛な叫びだったのかもしれない。

「でも彼らは、ほしかったんでしょうね。自分たちの宇宙にない、質量のある体が。例え限りのある、もろい命だったとしても。別の宇宙に攻め込むくらいにはね」

「変なの。不思議だね」

「隣の芝は青いってことじゃないかしら」

「この宇宙は羨ましいって思われるようなところってことだね」

 わたしは自分の両手を見た。絶望して一度は捨てようとした体だ。だが、ひかるの言葉で生きのびて、戦うことに決めた。今のわたしはこの体を必要としている。

「そんなの、きれいごとよ。こんな宇宙、わたしは大嫌いだから」

「また、そんなこと言ってー」

「あなたみたいな子も、嫌いだから」

 いきなり訪れて、最後の希望だなんて言って、守りたくもない宇宙のための戦いに引きずり込む。本当にひどい奴だ。

「うん、知ってる」

 ひかるは笑顔で、わたしに顔を近づける。

「でも、わたしは好きだよ。クララちゃんのこと」

 そのまま、彼女はわたしに抱き着いてきた。唇がわたしの耳に近づく。吐息の温かさが耳の中に広がる。

「初めて見たときから……一目ぼれだったんだ」

「え……」

 耳が熱い。何が起こっているかわからなかった。アナザーバースに侵略されたときよりも、インタラクターとして目覚めたときよりもだ。

「ちょっと、どういうことよ」

「そのままの意味。クララちゃんが、かわいいってことだよ」

 ひかるは笑った。その顔も、かなり赤かった。

「これからよろしくね。クララちゃんとなら、ファーストバースにだって勝てる気がする。アイザックハウスで、一緒に宇宙、守ろうね!」

 そして、脱兎のごとく駆け出して言った。照れ隠しなのだろうか。わたしは、その場にへたりこんだ。

「好きって、どういう意味よ」

 学校にも家にも味方がいなくて、絶望していた。全部自分のせいで、このまま何も変わらないと思っていた。

 でも、自分を嫌わないでとひかるに言われて、わたしは宇宙を守ることにした。誰のためでもない、わたし自身のために。アナザーバースと戦いながら力を蓄え、二年前に敗北したファーストバースを今度こそ迎え撃つ。そんな新しい生活が、始まったのだ。

 --好きだよ。

 わたしには、ひかるの言葉の意味がわからない。宇宙なんて、まだ、大嫌いだ。

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