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第二章⑤ ~助けてほしいの~

 タキオンバースを撃退した、次の月曜の昼休み。

「さーてと、今日も食べよ!」

 いつものようにひかるが机をくっつけてきて、弁当を取り出し始めた。今までと同じように、二つ。

「悪いけど、今日はいらないわ」

 わたしは、弁当を取り出した。

「あ、クララちゃん、お弁当あるの?」

「何その残念そうな顔。昨日メッセージでいらないって言ったんだけど」

 昨日、お母さんに頼んだのだ。台所に、話があると呼び出して、五分くらいかかってやっと話し出すことができた。

『あの、お母さん。お願いがあるんだけど』

『クララ、何? 何でも言って』

『仕事で忙しいのに悪いけど……お弁当を作ってほしいの』

『お弁当?』

『ええ。その、いつも学校で、わたしだけ昼ごはん、買って食べてるの……』

 その言葉を言うのに、どれだけ勇気が必要だったことか。

『それが、すごく……嫌なの』

 ひかるがいなければ、ずっと言えなかったはずだ。わたしは、弁当箱を開けた。シンプルな、ソーセージに卵に野菜にごはんの弁当。ひかるのに比べると少し控えめな内容だったけど、それを見てわたしは嬉しくなった。料理が得意でないお母さんが、用意してくれたものなのだ。

「そっか、クララちゃんもついに、わたしの元から巣立っていくんだね……」

「最初からあなたの元にはいないわよ」

 しみじみと言うひかるをよそに、わたしは一度弁当にふたをした。

「あれ、食べないの?」

「話した通り、用があるから」

 ひかるはうなずいた。

「そっか……うん。応援してるよ」

 わたしは弁当を持って席を立ち、一人のクラスメイトの元に行った。

 おどおどした彼女に、わたしは話しかける。

「あの……小春」

 自分でも聞き漏らしそうなくらい、小さな声だ。自分の口が震えているのがわかった。

「クララ、ちゃん?」

 小春は、振り向いて、おびえた顔になった。恐れていたことが起こった、とでも思っていそうだ。わたしが、ついに断罪しようとしにきた、とでも考えているのだろうか。

 周りの視線がこちらに向く。わたしがひかる以外と話しているところは珍しいから当然だ。わたしは、意を決して小春に言った。

「お弁当を、一緒に……食べない?」

 周囲の視線が強くなる。

「ひかるも、いるけど。小春も、一緒に。三人で」

 小春は、もっと驚いている。でも、さっきのようにおびえた顔ではなかった。

「なんで、わたしと?」

「わたしが思っただけ。わたしはひかるとだけでなくて、小春とも一緒に食べてほしいの」

 弁当箱を小春につき出した。でも、怖くて、目をまっすぐ見ることはできなかった。

 周りからの、特に、真冬からの刺すような視線を感じる。

「……助けてほしいの……」

「クララちゃん」

 小春は、小さな口を結んで、何やら逡巡しているようだった。しばらく待っていたが、それ以上の反応はない。

「ごめん。嫌なら、いいの。迷惑だったわね」

 わたしは、あきらめて席に戻ろうとした。その裾を、捕まれた。

「わたしも……わたしでいいなら」

 小春が、うつむきながら言っていた。

「クララちゃんと食べたい」

「小春」

 わたしは、信じられなかった。断られるか、手痛い目にあうと思っていたからだ。

 近くを通りかかった真冬が、小春を見る。

「仲良さそうね」

 小春はおびえて、ひきつった表情をする。

 でも、ひかるが、小春と肩を組んだ。彼女は笑顔で、大声で言った。

「うん! いいよ!」

 その様子に、ちっ、と舌打ちして真冬は離れていった。小春を昼ごはんの共に誘いたいと、ひかるには最初から言っていた。ひかるとわたしの二人だったら、合わせてクラスから浮くこともあるだろう。でも小春も含めて三人になれば、もはや一つのグループだ。真冬も、多人数で一人をいじめるようなやり方はできなくなる。

 小春もわたしも言葉少なに、弁当を口に運ぶことを繰り返す。

「みんなで食べると楽しいねー」

 間に座っているひかるが、能天気な声で言う。でも、それが悪いことだとは思っていなかった。しゃべるタイミングは、小春に任せればいい。

「……あの」

 小春は、おずおずと言った。

「ごめんね」

 それでまた途切れる。でも、わたしは次の言葉を待った。おかずが半分くらいになったときに、小春は続けた。

「クララちゃんは、わたしを助けてくれたのに。わたしは、裏切った。ひどいことした。謝っても許されないってわかってる。でも、わたしは、本当は」

 うつむいたままで、いう。

「クララちゃんとまた友達になりたい」

 わたしは、涙を抑えきれなかった。

「いいのよ……過去のことは」

「いいの?」

「だって今、こうやってわたしを助けてくれてるじゃない」

「クララちゃん」

 小春も、目から涙を流していた。

「一緒に食べるごはんがおいしい。それが全てよ」

「ありがとう」

 そのまま、わたしたちは、泣きながら弁当を食べた。涙が弁当箱に落ちてしまったけど、お母さんの作った弁当は、わたしにはとても優しい味がした。懐かしくて、でも、今でしか味わうことのできない味だ。わたしたちは過去に戻ることはできない。戻りたいと思っていたこともあるけど、タキオンバースのインタラクターを見たら、その気持ちも消えてしまった。

 昔のような弁当でなくても味わうことはできるし、ぎこちなくても再び友達になることもできる。だからわたしはそれでよいと思った。ひかると出会って、生きようと思い、助け、助けられることで、だんだんと周りが変わってきている。宇宙なんて、滅びてしまえばいいと思っていた。でも今は……もしかしたら、好きになれるかもしれない。そんなことを、わたしは考え始めていた。

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