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姫様はギルドの受付嬢
姫様はギルドの受付嬢
高橋志歩
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年05月20日
公開日
1.2万字
連載中
サフィエル王国の冒険者ギルド『パタタ』の受付嬢は、薄紫色の瞳の絶世の美少女で、荒くれ冒険者たちの憧れの存在。 彼女の正体は、サフィエル王家のアスティリア姫。 しかしその実態は、実の兄がこさえた大借金返済のために、ダンジョンのお宝を有利に獲得しようと虎視眈々と狙う姫様だった。 姫様は一攫千金のために、冒険者リオナスと女騎士ミルドレッドをお供に、ダンジョン最深部の凶悪ドラゴン、マグニザウルムの財宝に挑む!

第1話:受付嬢は策謀する

 大陸の西の更に西の方に、サフィエル王国という国がある。

 その王国には、大陸でも最大級の神秘なるダンジョンが存在しており、数多くのダンジョン冒険者を集めていた。凶暴なモンスターと戦い貴重な素材を獲得したり、誰も足を踏み入れていない通路を探索して宝物を発見したり。

 神秘なるダンジョンには、一攫千金の夢が詰まっていたのである。特に最深部には莫大な財宝と巨大な夢が……。


 サフィエル王国の首都では、その時期、小雨が降り続いていた。

 雨降りの日はダンジョンに大量の水が流れ込んでくる危険があるので、避ける冒険者が多い。

 首都の中央から少し奥まった場所に建っている、中堅規模の冒険者ギルド『パタタ』も、雨のおかげで静かである。代わりに建物の横にあるパタタ亭という食堂は、熱いスープと暖まる酒を求める連中で賑わっていた。


 冒険者ギルド『パタタ』の受付には、この業界には珍しく、可憐な美少女が受付嬢として座っていた。

 豊かに流れる長い金色の髪を紐で縛り、服装も黒っぽく地味である。

 だが、整ったほっそりとした顔には、美しい薄紫色の瞳が長いまつげに縁取られ輝いている。

 お飾りぽく見られるかもしれないが、美少女の受付嬢は非常に的確に仕事が出来た。


 冒険者ギルドの受付業務は忙しい。

 新顔の冒険者の新規登録、履歴も一応確認し、レベルも判別して登録しておく。

 今日のダンジョン状況も伝えないといけない。

 ダンジョンに潜るのは申告制だが、深部は許可制の所がある。許可証を発行し、万が一帰還しない場合はギルド長に報告しないといけない。

 そしてダンジョンから帰還した冒険者たちが持ち込む品を選り分け、鑑別の手伝いをする。

 モンスターを倒して入手する魔石の類は専門の魔石屋に任せるが、さほど貴重ではない薬草や鉱石はギルドでも買い取る。少しばかり安くなるが、手っ取り早く現金化したい冒険者には喜ばれる。


 美少女に加えて、優雅な物腰に慈悲あふれる言葉遣い。荒くれ冒険者たちの憧れの存在であるけども、いかにも高貴な感じのお嬢様な彼女が受付嬢をやっている事情は、誰も知らなかった。


 昼の休憩時間に小さな丸パンに挟んだ薄切りハムと、熱いお茶で昼食を済ませた受付嬢は、のんびりと来訪者を待っていた。

 雨降りの午後、ギルドの建物内は人も少なく、薄暗く静かで何となく眠くなってくる。

 その時、扉が開き雨に濡れた冒険者が入ってきた。細かい雫をたらしながら辺りを見回す冒険者に受付嬢は声をかける。

「ようこそ、冒険者ギルド『パタタ』へ。登録などはこちらで受け付けております」


 冒険者は、受付嬢の方を見た。

 頭巾の下は無精ひげの生えた、少し疲れたような表情で穏やかな雰囲気の男だが、全身灰色の服装や冒険者としての装備は年季が入っている。

 冒険者は黙って受付嬢の前まで進むと、頭巾を脱いだ。そして溜息をついて言った。

「やっぱりあなたでしたか。こんな所で何をやってるんです?」

「はい? どちら様でしょうか?」

 冒険者を見上げた受付嬢は一瞬眉をひそめてから、いきなり立ち上がると冒険者の胸元を掴んで叫んだ。


「リオナス!! あんた今頃のこのこ帰ってきてどういうつもりよ!!! 何よその無精ひげ!」

「……変わりが無いようで安心しました」

「うるさい! あんたがいなくなったおかげで、あのクソ馬鹿兄貴にえらい目にあってんの! 責任を取んなさいよ責任!」

 リオナスと呼ばれた男は声をひそめた。

「声が大きいですよ。今さらですが」

 受付嬢は我に返ってふくれっ面になり、小声で脅迫する。

「本当に今さらね。何よ、今は冒険者やってんの?」

「ええまあ」

「ふん。とにかく私はまだ仕事中だから、後できっちり顔を出しなさい。逃げたら承知しないわよ」

 リオナスは素直にうなずいた。

「どこに滞在しているんですか?」

 受付嬢はちらりと上を見た。

「このギルドの建物に住み込み中。一番奥の部屋よ」

「ミルディは?」

「もちろん一緒よ。今はあんたと同じで、冒険者として毎日ダンジョンに潜ってる」

「ほお。わかりました。では後で」


 その時、部屋の隅から巨漢の冒険者が小声で話す2人に近づいてきた。

「おい、どうした。そいつに絡まれでもしてるのか?」

 受付嬢は、笑顔でリオナスから手を離した。

「ううん、何でもないの。実はこの人、私の古い知人なのよ。偶然だけどびっくりして大声を出しちゃった。驚かせてごめんなさい」

「ふうん? 知人か。ならいいが」

 巨漢の冒険者は、いささか納得しかねつつ受付嬢の笑顔に引き下がった。

 リオナスは頭巾をかぶり周囲に目礼だけして、建物から出ると雨空を見上げて呟いた。

「……やれやれ。兄と妹で何をやっているのやら」


 受付嬢は席に座り直すと、しばらくの間不機嫌そうにギルドの扉を睨んでいた。まさか、リオナスがいきなり出現するとは。姿を消してから今までずっと音信不通だったのに。

 いや、今は冒険者なのか。ならば彼を使えるかもしれない……分け前は必要だろうけども。4割ぐらいで手を打ってくれないだろうか? 考えながら受付嬢は、兄の情けないしょぼくれ顔を思い出してムカムカしてきた。

 だが、その時、扉が開いて2人組の冒険者がきょろきょろしながら入ってきた。受付嬢は素早く笑顔になると、明るく声をかけた。

「ようこそ、冒険者ギルド『パタタ』へ」


 夕刻、受付での業務が一段落すると、受付嬢と同居しているミルディがダンジョンから帰還して来た。


 茶色の肌にくるくる巻き毛の黒い髪、黒い瞳で顔立ちのはっきりとした凛々しい美女だ。両方の腰に大きな剣を下げているので、大抵の男性はひと睨みされてびびって去って行くけど。

「ただ今戻りました。今日はこれだけでした」

 ミルディは受付嬢の前に幾つか緑色の鉱石を並べた。

「上出来上出来、お疲れさん。それより、さっきリオナスが現れたのよ。びっくりしたわ」

 ミルディは不審げに眉を吊り上げた。

「リオナスが? 生きてたんですか。しかし冒険者ギルドに何の用が?」

「今は冒険者をやってるみたいよ。あいつなら腕が立つから、こっちの計画に引き込みたいわねえ」

 ミルディはうなずき、受付嬢が査定して手渡した銀貨を受け取ると建物を出て行った。


 やがて定時となり、受付嬢は辺りを片付けると「本日の業務は終了しました」の札を立てた。

 ギルド長室へ行き、ギルド長に今日の報告を済ませ、日給を受け取った。銅貨5枚。受付嬢はきちんと数えてから挨拶をして、ギルドの建物2階の一番奥の部屋に戻った。

 ギルド長の温情で、部屋代は食費込みで安くしてもらっているので文句は言えないが、狭くて殺風景である。小さな寝台が2つとテーブルと椅子しか無い。

 受付嬢は、やれやれと寝台に腰かけた。何とか今日も終わった。銅貨5枚を寝台の下に隠してある箱にきっちりとしまい込む。たとえ小銭でも大事にしなければいけない。

 ロウソクに灯りをつける頃になると、ミルディがパタタ亭から夕食をお盆に乗せて運んできてくれた。受付嬢としては、別にパタタ亭で食べてもいいのだけど、それだけはミルディが絶対に許さなかった。酒を飲んで暴れるような野郎が大勢いる場所で食事なんてとんでもない、という理由である。


 大きな器に注がれた名物の丸芋スープと固い丸パンをもしゃもしゃ食べながら、受付嬢は愚痴を言った。

「丸芋スープは美味しいけど、さすがに飽きてきたな。あーあ肉がどっさり入った濃ゆい煮込みシチューと甘々クリームケーキが食べたい」

 先にパタタ亭で食事を済ませたミルディは穏やかにたしなめた。

「食べながら喋ってはいけません。お行儀が悪いですよ」

 受付嬢がむっとした時、ドアが静かにノックされた。

「リオナスだわ。開けてやって」

 ミルディがドアを開けると、リオナスが立っていた。

「やあ、久しぶりだなミルディ。失礼、お食事中でしたか」

 受付嬢はスプーンを振り回した。

「気にしなくていいわよ。今食べ終わったから入ってちょうだい」


 ミルディが部屋に入ってきたリオナスにぴしりと言った。

「リオナス、こういう場でも礼儀は忘れないでいただきたいですね」

「俺はもう騎士じゃない。ただの冒険者だよ」

 それでもリオナスは受付嬢に丁寧に頭を下げた。


「ご無沙汰しています。先ほどは失礼しました。お元気そうで何よりです」

 受付嬢はじろりとリオナスを見上げた。

「出奔して姿をくらましてから、今まで何をやってたのよ」

「お言葉ですが、当時正式に辞任しましたので出奔ではありません。国を出た後は、冒険者としてあちこちで色々と」

「……ふん、まあいいわ。座りなさい。酒は出ないけど」

「感謝します」

 リオナスは椅子に腰かけ、ミルディが受付嬢の背後に控える。

 受付嬢は足を組んで向かいのリオナスを軽く睨みつけた。


「その無精ひげ、うっとおしいわね。で、なんでいきなり私の前に現れたのよ」

 リオナスは頬を触って苦笑しつつ話し出した。

「用があって、サフィエル王国の近くまで来たんですが。あちこちの冒険者から、サフィエル王国の冒険者ギルド『パタタ』に、薄紫色の瞳の美少女の受付嬢がいるという噂を聞きましてね。もしかして、と気になったんですよ。美少女はどこにでもいますが、薄紫色の瞳となると珍しいですからね。しかもサフィエル王国。まさかとは思いましたが、本当に受付に座っておられたので驚きましたよ」

「へえ、驚く、ねえ」

 受付嬢は鼻で笑い、リオナスは少しばかり姿勢を正した。

「それで、なぜ王族のアスティリア姫が冒険者ギルドの受付嬢などを?」


 現在、冒険者ギルドの受付嬢であるアスティリア姫は、椅子にふんぞり返り顔をしかめた。

「あんたが騎士の時に仕えていたクソ馬鹿兄貴が、博打にはまって大借金をこさえてくれたおかげでこのザマよ」


「姫様、実の兄上であるナヴィス様にそのような……」

 ミルディがたしなめ、リオナスは目を丸くした。

「ナヴィス様が博打で借金? それはまた。しかし私に責任を取れとは?」

「監視役だったあんたがいなくなってから、加減がわからず羽目を外したからよ。責任を取れは言い過ぎだけど、あんたがいてくれれば、って何度も思ったからね。

 ともかくあの馬鹿兄貴、色んな博打で大散財、挙句に悪い連中に大借金よ。自分の個人資産は空にしても、国庫に手をつけなかったのだけが不幸中の幸いね。国庫に指を触れてたら、その場で廃嫡処分だったけどね。ふん」

 リオナスは肩をすくめた。

「なるほど。しかしなぜ姫様がナヴィス様の借金返済を?」

「あんた覚えてる? 『ラピシアの宝珠』。あれが借金取りに差し押さえられてるのよ。馬鹿兄貴が勝手に借金の担保にしたおかげでね。あー腹の立つ」

「え? 『ラピシアの宝珠』が?」

 リオナスはさすがに驚いた。『ラピシアの宝珠』はサフィエル王家が所有する財宝のうちで最も貴重な、至高の宝石だ。


「そうよ。単なる派手でデカい青い宝石だけど、貴重品よね。馬鹿兄貴がこれを担保にして、とんでもない金額を借金しやがったのよ。全く、兄でなけりゃ縛り首にして王宮の屋根からぶら下げてやったのにさ」

 ミルディがまたたしなめた。

「姫様……」

 アスティリア姫は知らん顔で指をくるくる回した。

「事態が発覚して、馬鹿兄貴に泣きつかれた父上が色々手をつくしてね。他の借金は何とかなったけど『ラピシアの宝珠』だけは借金額がデカ過ぎて、期限までに完済するのが無理だったのよ。売り飛ばされないように必死で交渉して、分割での返済を何とか認めさせたってわけ。今は王宮の宝物庫で<差し押さえ>の札を貼られて鎮座してるわ。幸いあそこに入れるのは王族と従者だけだから、見られても別に構わないしね」

 過去、ナヴィス王子に従って宝物庫に何度か入った事のあるリオナスは、思わず天を仰いだ。あの美しい宝石に差し押さえの札とは……。


「で、私が稼いで少しずつ、銀貨1枚ずつでも返済してるのよ。馬鹿兄貴は完全に腑抜け状態で役に立たないし、父上の個人資産も後始末で空になったし、私はまだ母上が遺してくれた遺産を自由に出来ないからほぼ無一文だし」

 王妃はアスティリア姫とよく似た美しい女性だったが、数年前に病で亡くなっている。


「事情は理解しました。しかし、ギルドの受付嬢の給金では返済は大変では?」

 アスティリア姫はにやりと笑った。

「もちろん。ミルディも稼ぐのを手伝ってくれてるけどね。でも私がここで受付嬢をやってるのは、ダンジョンでの一攫千金を狙ってるからよ」

 アスティリア姫は、大きな薄紫色の瞳をキラキラさせながら身を乗り出した。

「受付嬢をやってるとね、事前にたくさん情報を集められるから有利なのよ。実はもうすぐダンジョンの最深部で、大規模なドラゴン狩りがある予定なの。丁度いい時に戻ってくれたわ。あんた剣は強いし、冒険者として経験もあるんでしょう? 私とミルディを手伝ってよ。もちろん分け前はちゃんと払うし、準備の手助けもするわ」

 リオナスは、じっとアスティリア姫の顔を見つめた。


「……まさかマグニザウルムを狩る計画が?」

「あら、やっぱり有名なドラゴンなのね。そうよ。でも私はドラゴンの肉や目玉とかの扱いの面倒な素材に用は無いわ。欲しいのはあいつが腹の下に守っている大量の財宝よ。1個でも頂戴できたら、それこそ面倒なく売りさばいて大儲け、借金を返してもお釣りがくるわ」

「念のため確認しますが、姫様も狩りに参加するんですね?」

「当然よ。私はミルディみたいに武器は扱えないけど、ドラゴンからお宝をくすねるぐらいは出来るわ。最深部まで行くのは大変らしいけど、こっちも必死よ」

 ミルディは眉間にしわを寄せて黙っていて、既にアスティリア姫を止める事は諦めた気配が漂っている。


 リオナスはしばらく考えを巡らせた。確かに非常に危険だが、冒険者として挑戦する値打ちはある。マグニザウルムともなれば、たとえ小さな鱗一枚でも高額で売れるだろうし、アスティリア姫というか王族の手助けがあれば……このじゃじゃ馬を危険から守る件は、後で考えよう。

 彼は心を決めてうなずいた。

「わかりました。姫様を手伝いましょう。報酬の分け前は6対4で」

「あんたが6なの? 4にまけてよ」

「お断りします。俺にも冒険者の立場がありますし、それに正真正銘の命がけですからね」

 アスティリア姫はちょっとだけ首をかしげてから、うなずいた。

「仕方ないわね。じゃあそれで。約束よ」


 冒険者ギルド『パタタ』の受付嬢は、にっこりと笑った。

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