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第2話:受付嬢は準備する

「ぱーーっと、ダンジョン最深部に降りる方法は無いの? ちんたら歩いて行くんじゃなくて。半日とかならともかく、何日分もある装備や食料を担いでダンジョンを進むのって大変そうじゃない」

 熱々のキャベツと肉の煮込みシチューを頬張りながら、アスティリア姫は冒険者のリオナスに尋ねた。


「魔法の技で出来ない事も無いですが、最深部に到着と同時にきれいに消滅でしょう」

 壺から注いだワインを飲みながら冷静に答えるリオナスに、アスティリア姫は少しムッとする。

「何でよ?」

「ドラゴンのマグニザウルムは、魔力の気配に非常に敏感と聞いています。何事か察すれば遠慮なく、最大の攻撃方法である火炎を吐くでしょうね。防御不能の恐ろしい炎を浴びせられれば、せいぜい消し炭しか残りませんよ」

「むー。そっか。ドラゴンの癖に生意気な野郎ね。でも確かに火炎は怖いって聞くもんなあ」

 ぼやきつつも、煮込みシチューとトマトのチーズ焼きをパンと一緒に綺麗に平らげたアスティリア姫は、幸せそうな溜息をついた。

「はあ、久しぶりにがっつり肉を食べたわ。ねえ、果実ケーキとお茶も追加で頼んでいい?」

「どうぞご遠慮なく。今のうちにしっかり食べて、体力をつけておいてください」

「うん、そうする」

 素直にうなずいて店員に追加注文してから、テーブルの向こうで干し肉とチーズを肴にのんびりとワインを飲んでいるリオナスをじろりと見る。


「奢ってもらっといて何だけど、ドラゴン討伐の為の準備資金は貯めているんでしょうね?」

「ちゃんと貯めています」

「ならいいけど。でも私、あんたが所属している『ククル』の受付嬢が大嫌いなのよね。ツンツンしてさ、自分のところのギルドが大手だからって馬鹿にして偉そうに私にあれこれ指図しようとしたのよ。あー思い出しても腹の立つ」

「確かにあそこの受付嬢は、姫様と違って感じが悪いですね。でも姫様には申し訳ないですが、効率良く稼ぐにはやはり大手のギルドの方がやりやすいですからね」

 ふくれっ面のアスティリア姫を見て、リオナスは苦笑した。


 リオナスがサフィエル王国に現れてから、約2カ月が経っていた。

 冒険者ギルド『パタタ』の受付嬢として、借金返済のための日銭をせっせと稼ぐアスティリア姫から、「ダンジョン最深部に棲むドラゴンのマグニザウルム狩り」という大規模計画に一緒に参加してくれと依頼され了承はしたが、まず何よりも先に装備を整えないといけない。

 そこで、リオナスはサフィエル王国の最大手の冒険者ギルド『ククル』に冒険者として登録すると、魔物を倒し魔石を入手しては換金して、新しい装備購入資金を貯めていた。

 ただでさえドラゴン狩りは大掛かりで準備が大変なのに、今回は更に凶悪でしかも生態が良くわかっていないマグニザウルムである。出来る事は全部しておいた方がいいだろう。


 今日の夕刻、リオナスは姫様に話があって『パタタ』に顔を出した。すると受付席のアスティリア姫が、仲間と打ち合わせをしながら大きな干し肉を齧っている冒険者たちを、何となく羨ましそうに見ている。ははあ、と思って「仕事が終わったら『黄金の肉亭』で夕飯を食べませんか? 奢りますよ」と誘うと大喜びでついて来たのだった。

 アスティリア姫は、口と態度は悪いが贅沢を要求する性格ではない。だがやはり、質素な食事は王族でまだ食べ盛りの姫様には厳しいとみえる。

 嬉しそうに果実ケーキに蜂蜜をたっぷり掛けるアスティリア姫を見ながら、しかしこの姫様には実際にどう動いてもらおうかとリオナスが考えていると、お付きの女騎士ミルディが2人が食事をしているテーブルに姿を見せた。アスティリア姫がケーキをもぐもぐ食べながら声をかけた。

「お疲れ。ミルディも何か食べたら?」

「ああ、いえ今は結構です」

「遠慮しなくていいぞ。酒以外なら何でも奢ってやる」

 実は酒好きのミルディは、リオナスを軽く睨んでから言った。

「色々と噂も流れているせいか、ダンジョンに潜る冒険者の人数が増えてきました。そろそろ3人できちんとマグニザウルム狩りの準備を始めた方がいいと思いますが。早く動いた冒険者が有利になるでしょう」

 リオナスがうなずいた。

「俺も今日その件で、姫様に相談があったんですよ。食事も済んだし、これから姫様の部屋で話し合いましょう」

 空になった皿をいささか名残惜しそうに眺めながら、アスティリア姫は渋々うなずいた。

 まだ物足りない様子のアスティリア姫を見て、帰る途中でリオナスが屋台のリンゴを袋いっぱいに買い込んで進呈すると、ようやくアスティリア姫は機嫌を直した。


 冒険者ギルド『パタタ』の2階にある、アスティリア姫とミルディが住んでいる部屋に落ち着き、ロウソクを灯してからリオナスが改めて言い出した。

「姫様。マグニザウルム狩りに備えて、王宮の宝物庫から『ラピシアの宝珠』を持ち出して欲しいのですが」


 アスティリア姫とミルディは、驚いてリオナスの真剣な顔を見た。『ラピシアの宝珠』は、サフィエル王家が所有している最も貴重な宝石だ。もっとも今は、借金のカタとして差し押さえられている状態だが。アスティリア姫は首をひねった。

「あれをねえ。宝物庫の一番奥の箱に入ってるけど、私がこっそり持ち出すのは不可能じゃないわね。借金取りも、あの宝石は宝物庫にあれば大丈夫と安心してるし、代わりに安物の偽宝石でも入れときゃ誤魔化せるでしょ。でも何で必要なの?」

 リオナスは考えながらゆっくり話し出した。

「姫様は、『ラピシアの宝珠』の由来をご存知ですか?」

「知らない。宝石、あんまり興味ないもん」

 あっさりと答えるアスティリア姫に、ミルディが焦った表情になった。

「姫様、『ラピシアの宝珠』はサフィエル王家の創始者が、別大陸の天に最も近い山の頂きから持ち帰ったと伝えられています」

「うわー嘘くさい。うちの先祖、大昔はあっちこっちで戦ばっかりしてたじゃない。どっかの国から分捕って来たんじゃないの」

 アスティリア姫が鼻で笑い、リオナスが頷いた。

「分捕ったかどうかはともかく、別大陸の貴重な宝石なのはほぼ間違いありません。

 そして、『ラピシアの宝珠』には実は別の由来も伝えられています。サフィエル王家の祖先が、マグニザウルムから盗んで持ち帰ったという……」


「はあ? 何よそれ。先祖もやっぱり金に困ってたの?」

「まあ、そこは不明です。過去、マグニザウルムから財宝を盗むのに成功した人間はごく少数ですが存在します。そのうちの一人が姫様の先祖だったかもしれない訳ですね」

「ふーん、私も先祖と同じ事をやろうとしてんのね。借金返済の為だけど。面白いじゃない」

「マグニザウルムは謎が多いドラゴンですが、とにかく財宝の類に執着するというのは判明しています。『ラピシアの宝珠』を近くで掲げて見せれば、欲しがるか怒り狂って取り戻そうとするか、どちらかの行動を取ると考えられます」


 アスティリア姫はしばらく考えた。

「……それ、つまり、どっちにしろマグニザウルムがこっち向かって、えーと突進してくるって事?」

「そうです。けれどもとにかく『ラピシアの宝珠』に気を取られて興奮して隙が出来る。興奮すれば、視野も狭くなりますしね。そこを狙ってミルディが比較的やりやすい部分を攻撃して鱗の数枚も頂き、姫様が財宝を盗む、という計画です。俺は姫様を援護します。マグニザウルムともなると、鱗だけでも大変な高額で売れます。万が一財宝の価値が低くくても、両方合わせれば分け前を考えても十分でしょう」

「なるほど、念には念を入れるわけね。確かに盗んだ財宝が安物だったら悲惨だもの」

「そうです。私は、姫様の用が済んだのを見届けてから、他の連中と合流してマグニザウルムに挑みます。その間に姫様はミルディと共に撤退して、地上まで頑張って戻ってください」

 アスティリア姫はリンゴを齧りながら笑顔になった。


「面白そうな計画でワクワクするわ。でもさあ……私がお宝を盗む、あんたが援護する、ミルディが攻撃する。てなるとドラゴン野郎の鼻先で宝石を掲げる人間がいないんじゃない? それとも私がやるの? せわしないわね」

 リオナスはにやりと笑った。

「そこは兄上のナヴィス様に協力してもらいましょう」


 ミルディがのけぞってからひきつった顔で叫んだ。

「リオナス ! 何て事を考えるんです! 次期国王ですよ! ナヴィス様にそんな危険な行動をさせるのは絶対反対です!」

 けれど、アスティリア姫は一瞬目を丸くしてからケラケラ笑い出した。

「いい考えだわ。兄上に自分がしでかした事の後始末をさせる訳ね。でもさすがに危険過ぎない? 別にドラゴンに踏みつぶされても自業自得だけど、私が迷惑するわ。次の国王なんてまっぴらごめんだから」

「ほお、姫様は王位には興味がありませんか」

「当たり前でしょう、面倒くさい。長男に王位を継がせた方が騒ぎが少ないってだけよ。うちは女でも王位につけるんだもん、その気があるならとっくに廃嫡運動を起こして、兄上を幽閉でもして後継者に居座ってるわよ」

 アスティリア姫の大暴言を聞いて、ミルディはテーブルに突っ伏し、リオナスは苦笑した。


「王宮の武器庫の奥に特別な部屋があります。そこには王族のみ身に着ける事が出来る、特別製の鎧や盾が保管されています。ナヴィス様に身に着けて貰えれば、そこそこ安心でしょう。恐ろしいのはマグニザウルムの火炎ですが、あれはドラゴンの身体の構造上何度も吐けない筈です。そこは賭けですが、ナヴィス様は結構身が軽い。せいぜい頑張って、ダンジョン最深部を逃げ回ってもらえばいい。分け前は借金の完済のみにしておけばいいんじゃないですか? しかし万が一の時は、諦めて姫様が王位を継いでください」


 アスティリア姫は、リオナスに向かって舌を出して見せた。

「ぜーったいにごめんよ。まあ私が上手く動いて兄上をこき使って、無事に生かしてやればいいのよね。すぐに王宮に戻って、宝物庫から『ラピシアの宝珠』を持ち出して、病気療養とかの口実で離宮に引き籠っている兄上を引きずり出して、ここに連れてくるわ。父上も、私のやる事なら見て見ぬふりをしてくれるしね」


 そう宣言して椅子から立ち上がると、アスティリア姫は元気に腕を振り回した。金色の長い髪が揺れ、薄紫色の瞳がキラキラ光る。

「王宮の武器庫の奥にそんな部屋があるなんて知らなかったわ。王族用のドラゴン討伐用の武器とかがあるかもしれないから、探してみようっと。ついでに何か売り飛ばせそうな武器があるといいな」


 リオナスとミルディは思わず顔を見合わせた。

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