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第3話:受付嬢は売却する

 カランコロンと扉のベルが鳴り、武器屋の初老の店主は顔を上げた。「いらっしゃい」と店内に入って来た3人の来客に声をかけてから、おや、と思った。


 1人は、最近時々見かける冒険者である。腕はそこそこ立つようだが、無精ひげが少しむさ苦しい。何やら大きな荷物を背負っている。

 もう1人は冒険者ギルド『パタタ』の受付嬢だ。大変な美少女として界隈では有名だし、この店に使いに来た事もある。金色の長い髪に薄紫色の瞳。仕事は的確で荒くれ冒険者野郎どもにも輝く笑顔で接して、さすがにやかましい連中も大人しく言う事を聞くらしい。


 その受付嬢の隣に立つ背の高い青年は初めて見る顔で、どことなく受付嬢と似た顔立ちの美青年である。金色の髪を男性にしては珍しく長く伸ばしている。瞳の色は緑色だが、いささかぼんやりとした眼差しだ。寝不足だろうか? 服装は質素な黒づくめだが、全身の雰囲気はどう見ても上流階級の人間である。

 店主が目をぱちぱちさせていると、青年が受付嬢に話しかけた。

「こんな所でいいのか、アスティリア。私はこういう店は初めてだが」

 いい声だが、やはりどこかぼんやりした話し方だ。やはりお嬢様ぽい受付嬢の身内で、かなりのお坊ちゃまでのん気者だな、と店主は結論づけた。

「任せておきなさいって」

 受付嬢は請け合い、店主に最上級の笑顔で話しかけた。

「おじさん、今日はね、我が家にしまい込まれていた古い武器を持参したから、高く買い取って欲しいの。よろしくね。あ、こっちは私の兄よ。とんでもない世間知らずだから、妙な事を言っても気にしないでね」


 リオナスは受付嬢の指図で店主の前に担いで来た剣や武器を広げながら、この世間知らずの美青年が次期国王のナヴィス王子と知ったら、店主は腰を抜かすだろうな、と考えて面白がっていた。


 その日の夕刻、パタタ亭でアスティリア姫とナヴィス王子は丸芋パンケーキを食べていた。予想よりも高く武器類が売れたので、アスティリア姫はご機嫌である。

「これでダンジョンに潜る時の4人前の食料や備品を揃えられるわね。これは私が準備しないといけないから助かった。久しぶりにご馳走も食べられるし」

 パンケーキを頬張るアスティリア姫を見ながら、ナヴィス王子は憂鬱そうに呟いた。

「全く。古くて使用していない品とはいえ、王家の武器を売り払うとは」

「いいじゃないの、どうせ倉庫の肥やしにしかなってなかったんだから」

 ナヴィス王子はパンケーキに手を付けずに溜息をつき、アスティリア姫はお茶を飲みながら顔をしかめた。

「気が小さいわねえ。しゃっきりしなさいよ」

「本当にお前は妙な事ばかりしでかす。しばらく姿を見せないと思っていたら、王宮を出てギルドの受付嬢など。おまけに夜中にいきなり私を叩き起こして、ダンジョンに潜れとか訳のわからない事を要求するし……」

「ふん。それもこれも兄上がこさえた馬鹿な借金のせいじゃないの。ここらで一攫千金で引っくり返さないとね」

「……やっぱりお前が王位を継げ。私は修道院に入って隠居する」

「ちょっと。逃げようたってそうはさせないわよ。兄上にはきっちり王位を継いでもらうからね」

 しょぼくれる兄を見ながら、今度はアスティリア姫が溜息をついた。


「ドラゴンのマグニザウルム狩り」のためにリオナスが考えた計画に賛同したアスティリア姫は、首都を出てこっそり王宮に戻り、父親である国王に私室で一応話をつけ、小離宮に引き籠っていたナヴィス王子を簡単に説得してから隠し通路経由で引っ張り出し、武器庫から色々な武器を2人で運び出した。最後にアスティリア姫が宝物庫から『ラピシアの宝珠』を慎重に持ち出して、全部をミルディが御する馬車に詰め込んでから首都に戻ってきたのだった。


 ここまでは上手くいってるが、肝心のナヴィス王子が元気の無いのがいささか誤算だった。

「兄上、ともかくこれからリオナスと綿密な打ち合わせが必要だし、防具を身に着けて走り回る訓練も必要なんだから、しょぼくれてばかりじゃ駄目よ。今回の計画が成功して借金を完済すれば、また以前みたいなのん気な暮らしに戻れるんだから」

「……そうだな、そうだといいが。まあ何とかお前に従って頑張ってみるよ。ダンジョンに潜るのも気晴らしになるだろうし」


 アスティリア姫は、いよいよとなれば自分が兄の分も働かねばならない、と内心で覚悟を決めた。

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