訓練を開始してから一か月が過ぎた頃には、身体が引き締まり、動きもだいぶ良くなってきていた。最初のうちは筋肉痛が酷すぎて動くのがやっとだった。
ようやくまともに動けるようになってきたのだった。朝の素振りは家で済ませて、それから訓練場へと来ている今日この頃だ。
最近、嬉しいことがあった。他の冒険者が俺の訓練を見て一緒にやりたいと申し出てくれたのだ。その冒険者が「おっさん、カッコいいぜ?」って言ってくれた。
他にも、女性冒険者に声をかけられ、「よかったらこれ飲んでください」と滋養強壮に効くドリンクをくれた。めちゃくちゃおいしくなかったけど、その後物凄くパワーが湧いた。
などなど、よく声をかけられるようになったのだ。それに、訓練も楽しかった。段々と動けるようになる自分。引き締まっていく体。
妻のミアにも惚れ直したわと言われ、より夫婦仲が深まった。
三か月の歳月を経て、今、訓練を終えようとしている。
「ふぅ。有難う御座いました」
ローグさんに頭を下げる。視界に映る剣は両手で握っていたのが片手で持つようになっているし、身体はゴツゴツとして引き締まり、筋肉が盛り上がっている。
今では依然と同じ訓練を一日しても、息の乱れがわずかなくらいだ。なにより、これだけ凄まじい訓練をしたという自信がある。
「ガル。よくぞ、ここまで来たな。ワシは、正直最初は無理だと思っていた。吐いたりしていたしな。けど、その度に、お主は強い目をして立ち向かってきた。明日は最終試験だ。気張れよ?」
「はいっ! ここまで三か月間、みっちりとご指導いただきまして、ありがとうございます! 俺は、この訓練だけで人生が一段上のステージに上がったと思っています。明日は、全力でぶつかります!」
ローグさんは頷くと裏へと引っ込んだ。休んだのだろう。最近は俺と同じくらい息を切らしている気がする。それだけ俺が戦えているということだろうか。一度だけ一本取ったことがあったけど。あれはまぐれのようなものだろう。
帰ってからゆっくりと休んだ。次の日にギルドへ来るとき、ミアもついてくるという。嬉しいやら恥ずかしいやらだったけど、一緒にギルドへと向かった。
ギルドに入るとカウンター横のテーブルの所は何やら人が多い。視線を送ると、よく声を掛けてくれている人たちが集まっているようだ。俺をバカにしていた赤髪もいる。
「おっ! おっさん! 頑張れよ!」
「おっさん! 応援してっぞ!」
「見てるわよ!」
数人の冒険者が声を掛けてくれた。男性から応援されるのは嬉しい。女性から言われるのも嬉しいのだが、ちょっとミアの空気がピリついて恐いのだ。
なんだか、悪いことはしていないはずなんだけど、ミアの方を見たら俺の心は試験どころでなくなりそうだ。
地下訓練場へと降りていくと他にもギャラリーがいる。結構な数の冒険者が訓練場の周りに陣取っていた。なんだかそんなに注目されていたのか。
ローグさんが真ん中に佇んでいる。
ミアへ目配せし、ここで待っているように合図すると、真ん中へと歩を進めた。
「おはようございます!」
「おう。おはよう。よく休んだか?」
「はいっ! ……今日の試験管の冒険者はどこに?」
他の冒険者に聞いたのだが、冒険者になるための試験はDランクの冒険者から選抜されるのだと聞いた。周りを見るが、誰もここへ来る気配がない。
「……ワシが務める」
「えっ⁉」
「なんだ? 不満か?」
だって、ローグさんはAランク相当でしょ?
一本取るのなんて難しすぎる。これまでの訓練でも一本を取れたのは過去に一度。あの時はローグさんがよそ見をしていて一本取ったに過ぎない。
「いいえっ! 相手に不足は、ありませんっ!」
「ふんっ! 言ってくれるわ!」
ニヤリと口角を上げると木剣を構えた。俺も続くように木剣を構え、一度目を閉じて精神を集中させる。
最近、これをやると動きが遅く見えるような感覚になる。なんと呼ぶ感覚なのかはわからないけど。この状態になると体に力が漲るのだ。
「合図を頼む!」
ローグさんが周りで見ていた冒険者へと合図をお願いする。
「「「それでは……始め!」」」
「おおぉぉっ!」
一気に半身になり、踏み込んで渾身の一撃を打ち込む。甲高い音が鳴り響き、横へと弾かれる。ローグさんが反撃してきた。
払った剣を横に振ってくる。
体制が崩れている今、一気にバックステップするしかない。
髪を掠って剣が通り過ぎる。
超前傾姿勢になり、胸を狙って突きを放つ。
これが一番早い攻撃だ。
少しバランスが崩れている今なら入る!
ローグさんが胸をのけ反って避けた。体が柔らかいとは思っていたけど、こんな躱し方をされるとは思わなかった。
──ゴッッ
なんだ?
顎が痛い!
気づいたら上を見上げていた。
のけ反った勢いをそのままに、蹴りを放ってきたんだ!
くっそぉ。予想外だ。
体がフラつくのを感じる。
ダメだ!
俺の身体!
動け!
「ぐぅぅおぉぉおっ!」
ローグさんの頭は今下にあるはずだ!
上を向いたまま腕を振り上げ、無理やり頭と一緒に腕を下へと振り下ろす。
頭を掠めた。もう少しだったっ! クソッ!
ローグさんは剣を振り下ろすところだった。体勢が崩れている俺は、今のままじゃ当たる!
負ける。
ミアに合わせる顔がねぇなぁ。くそっ。
満面の笑みで応援してくれたミアの顔が脳裏に浮かぶ。「悔いのないように頑張って!」と言ってくれた。今は、悔いがないのか? 本当に悔いがない動きをしたのか?
……まだまだこれからだろぉぉがぁぁぁ!
「うぅぅおぉぉぉっ!」
頭を前に突き出す。
振り下ろされた剣の峰を頭で受け止め。
胴へと剣を振るう。
スローモーションのように見える動き。
肘でガードしようとしている。
けど、俺の剣の方がはやい!
いけっ!
──バキッ
「ぐっ!」
膝をつき倒れたのは、ローグさんだった。
俺は振り切った木剣を腰へと収めると頭を下げた。
「はぁ。はぁ。くそがっ! 本気で打ち込みやがって!」
「すみません! 大丈夫ですか⁉」
ローグさんは立ち上がると頭を下げた。
「誰か手当を!」
俺が声を上げると、ギルド職員が駆けつけてきて手当をしてくれた。氷を腹へと当てている。大丈夫だろうか。
「おいっ! ガル! 文句なしの合格だ! 死ぬんじゃねぇぞ!」
合格という言葉に、胸から色々なものが込み上げてきた。困ったなぁ。泣くはずじゃなかったんだけど。
視界が歪んで下を向くと、堪え切れないものが溢れて来た。
「おっさん! かっこいいぜちくしょー! グスッ……」
「グスッ……やるじゃねぇかよ! かっこよすぎるぜ!」
「おいおい! Aランクに一撃入れた奴なんて過去にいねぇぞ? やるじゃん。おっさん」
チラリと視線を巡らせると、目を拭いながら赤髪の人が声をあげていた。赤髪の人が認めてくれたようだ。
「おじさん! かっこよかったわよ!」
「ほれちゃうかもー!」
女性冒険者も口々に声を掛けてくれた。
皆へと頭を下げてミアの元へ向かう。
「ガル。本当にカッコよかった。また惚れ直したわ」
「有難う。諦めかけた時、ミアの言葉がよぎって、諦めちゃだめだと思えた。ありがとう」
恥ずかしがるミアを抱きしめて、しばらく勝利の余韻に浸った。
「「「フゥゥゥーー! 見せつけてくれるねぇぇー!」」」
この後、しばらくの間茶化されてミアは顔が真っ赤になっていたのはご愛敬だ。
これで、晴れて俺の夢は叶った。
これからの冒険者としての生活。楽しもうと思う。