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第3話 諦めない

 ギルドの訓練教官ローグさんに面倒を見てもらいながら、冒険者を目指すことになった。ミアに勧められて夢へと足を踏み入れることができたわけだから、感謝しかない。


 一旦、ギルドから家へと戻り支度をすることとなった。戻った家では玄関を開けると、キッチンにミアが立って何かを作ってくれていた。


「おかえり。バンダさんにお願いしてみてどうだったの?」


「ただいま。ギルドの訓練教官に三か月間指導してもらうことになった。その期間終了後に、冒険者になるための試験を受けることになった」


 満面の笑みを浮かべるミア。俺のことなのに、自分のことのように喜んでくれるんだ。そいうところも好きなんだが、何と言ってもこの笑顔が好きなんだ。


「よかったじゃない!」


「うん。着替えて今からまたギルドへ行ってくる」


「今日から?」


 ミアは目を見開いて驚いている。しかし、そんなにゆっくりすることもできない。自分の現状はさっき痛いほどわかったから。


「そうなんだ。この人生の、ピークは今なんだ!」


「?……そうなの?」


 首を傾げるミアを余所に着替える。道具屋をやっていた伝手から、一式はそろえることができるんだ。革鎧は中古だけどな。インナーから革鎧までを装着していく。


 本当は、革鎧は中古ぐらいが革が馴染んでいるからいいんだ。新品だと動きづらかったりする。着け慣れている人ならいいだろうけど、俺みたいなのは中古が用土いい。


「いってきます」


「あっ。はい。これっ! いってらっしゃい!」


 渡されたのは、小さめの麻袋。中を確認すると大きな葉に包まれた握り飯が二つと木の箱に入った卵焼きや肉が入っている。今までもたまにお弁当は作ってくれていたけど。それときよりもボリュームがある。


「弁当か? ありがとう」


「ふふふっ。新人冒険者目指して! がんばれー!」


「「おぉー!」」


 手を突き上げて俺以上に元気に掛け声をあげてくれた。こんなに俺の夢を応援してくれているんだ。頑張らないとな。


 家を出てギルドへと歩を進める。歩くその足にも力が入ってしまう。これから、訓練を頑張らないと冒険者にはなれない。


 なんだか、街並みがいつもと違うように見える。冒険者の数が多いのではないだろうか。もしかしたら、それも気のせいかもしれない。以前はそこまで街の人たちがどんな人かなんて見ていなかったからな。


 ギルドから出てくる人に見られている?

 なんだか、自意識過剰になってしまったかもしれないな。いかんいかん。気から滅入ってしまってはダメだ。


 足を踏み入れると先ほどとまた違った空気を感じる。様子を見られているような、探られているような雰囲気だ。そそくさと地下へと降りていく。


 訓練教官のローグさんが待っていてくれた。


「きたか、荷物を端に置いて木剣をもってここに来てくれ」


 備え付けの木剣を取ると、重みが手に伝わる。こんなに重いものなのか?


「はははっ。思いだろう? 実際の剣と同じような重さになるように鉛が仕込まれている木剣なんだ」


 そういうことだったのか。これで打ち込まれたら痛いだろうなぁ。

 いかんいかん。弱気になっては。強気で行こう。強気で。


 木剣を正眼に構えてローグさんを見据える。


「うん。もう少し胸を張ろうか。顎を引いて」


 言われた通りに姿勢を治す。これだけでも結構キツイぞ。


「振り上げて」


 ゆっくりと木剣を上段へと構える。


「まっすぐおろして」


「ふっ!」


 なんだか、軌道がグネグネしたな。こんなんじゃダメだろう?


「力入れすぎだな。力を抜いて。そして、今の位置で止まるように」


「ふっ!」


 もう一度言われた通りに素振りをしてみる。すると、今度はローグさんが頷いてくれた。よかっただろうか?


「いいぞ。そのまま続けて」


 そのまま一心不乱に素振りを始めたのだが、これがかなりきつかったのだ。一時間を終える頃にはヘロヘロで腕がパンパンだし、プルプルしていた。力が入らず、握力が天に召された。


「最後! キチッと!」


「うぅぅっ!」


 なんとか最後をまともに振れた。


 それと同時に倒れて息を整える。肩で息をするぐらい息があがっている。これはきつい。


「十分休憩。そのあと、俺と打ち込みな」


 休憩が十分。マジかよ。これは大変だぞ。

 なんとか這って荷物のところへと行き、水をがぶ飲みする。汗も凄いことになっているし、このままだと死んでしまう。


 息が整って来た頃。


「よしっ。始めるぞ!」


「はいっ!」


 返事だけは元気に。これはなんとなく。声で元気を出していたら動けるようになる気がするからというあいまいなものだけど。


 先ほどと同じように構える。前にいるローグさんも同じ木剣を持って構えている。


「全力で来い!」


「はいっ! おぉっ!」


 全力の振り下ろしを放っていく。それを受け止めるローグさん。その木剣を持つ手は片手だ。こっちは両手なのに。


 何度も打ち込むが、どれも片手で弾かれる。なんなら反撃をくらい、もう腕と体には何個か痣ができていることだろう。どれほど続くのかとわからない中、我武者羅に打ち込んでいく。


「やめっ! 休憩。飯食おうか」


「はぁ。はぁ。はいっ!」


 水袋の水を飲み干す。無くなってしまった水を汲むところがないかとローグさんに聞くと、水の出る魔導具が設置されているところを教えてもらい、そこで汲んだ。


 食欲がまったくないが、せっかくミアが作ってくれたお弁当だ。残さず食べた。水で無理やり流し込んで詰め込んだ。壁へと身を預けて上を向いて少し休んだ。


「ガル! 始めるぞ!」


 はっとしたときには、ローグさんが訓練場の真ん中へ立っていた。気が付かないうちに寝てしまっていたようだ。気が付かなかった。


「すみません! 今行きます!」


 立ち上がって木剣を持つ。なんか、木剣が重くなった?

 そんなわけないか。体も思い感じがするし、疲れているだけなのだろう。


「よしっ! 素振り開始っ!」


 ダメだ。力が入らない。くそっ!

 なんでこんなに体力がないんだ。悔しい!


──カランカランッ


 木剣を落としてしまった。


「何している?」


「すみません。握力が無くなりました。縛って貰えませんか?」


「わかった」


 手と木剣を縛り付けてもらう。これで、落とすことはない。ちゃんと素振りできる。


 一時間、休まず素振りを行った。


「休憩!」


 もうフラフラだ。手と木剣を縛っていた布を解いてもらい、水を飲むが喉を通らない。


「ぐふっ! ごふっ! おえぇぇぇ……」


「あぁ。大丈夫か? 久々に見たな」


 訓練場の床に昼飯をぶちまけてしまった。情けない。


 ローグさんが何やら片付ける物を持ってきてくれるみたい。


「大丈夫か? 水は飲んどけ、最悪死ぬからな」


「はいっ!」


 水で口の中を濯いでバケツに吐きだす。自分のぶちまけた物を自分で片付ける。


「はははっ! 吐いたのか? おっさん、情けねぇなぁ! ははははははっ!」


 朝にいた赤髪の冒険者が俺のことを嘲笑っている。そりゃそうだ。こんなオヤジがこんなにヘロヘロになって吐いてるんだからな。そりゃ、面白いだろう。


「今日はやめるか?」


 だが、俺を応援してくれるミアの想い。そして、俺の無理なお願いを聞いてくれたバンダさんに恥じないようにしなければならない。夢に向かって行くと決めたんだ。そう簡単には諦めねぇ。


「やりますっ! 打ち込み、お願いしますっ!」


「お、おう。よしっ! こい!」


「いきます! おおぉぉっ!」


 こうして、過酷な三か月は始まった。

 けど、俺は必ずやり切る。

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