バンダさんへと俺の思いを語ったところ、どこかへ案内してくれるようなのだ。一体どこへと案内されるのだろうか。疑問に思いながらも後をついていく。
見慣れた街並みをバンダさんの後をついていく。
「おう! ガルさんじゃないか! どこいくの?」
急に声を掛けられたため、急いで視線を声のした方へと巡らせる。すると、ガタイのいい髭面の男が声を掛けてくれた。
「おう! ちょっと今わかんないんだよ。またな!」
すれ違って声を掛けてくれたのは武器屋の旦那だった。この街では俺も古株の方だから知り合いは多い。みんな、俺が冒険者になるって言ったら驚くんだろうな。
俺の答えに首を傾げながらも手を振ってくれた。
向かう先は見当がつかないが、向かっている方向は街の入り口の方へと向かっている。こっちには繁華街が広がっている。
バンダさんは繁華街の手前で立ち止まった。その頭上には剣と盾のエンブレムの看板が下がっている。ここは、見覚えなんてものではない。記憶に刻まれているところだ。
「バンダさん、いきなり……冒険者ギルドですか?」
「そうです。ガルさん、ここは教えるプロに任せてみます」
教えるプロとは誰のことだろうか?
いきなりコテンパンにボコボコされたりするのだろうか?
バンダさんが扉を開けると、ムッと湿気が肌に纏わりつく。入って正面には受付のカウンター。右側のテーブルには冒険者が集まっていて、これから依頼へと出かけるために打ち合わせしている人が多かった。
前を歩くバンダさんは視線を送ってきた冒険者とギルド職員へ手を上げると、入ってすぐの階段を下って行く。
入ったことのなかったギルドを目の当たりにして胸が高鳴っていた。こんなに熱気のあるところなんだということに感動した。
下へと向かう階段を下りていると掛け声が聞えてきたり、何かがぶつかる甲高い衝撃音が聞こえてくる。何の音なのかと疑問に思いながらも歩を進める。
段々と視界が開けてきた。冒険者ギルドの地下へ広がっていたのは、大きな訓練場だった。地下ならば上の住宅とかを気にせず幅を取れるからな。
真ん中では二人が打ち合いをしていて、一人はロングソードの木剣。もう一人は大きな木剣。大剣の方は若い感じで赤い髪を逆立てている。ロングソードの方は俺より上の年齢だろう。身体から醸し出される雰囲気がただモノではないと思わせる。
「オラァ!」
赤い髪の方が大きく振りかぶって歳のいった人へを大剣を叩き込む。受ける方は上段で構えて大剣を受け止めにかかる。少し木剣どうしが触れたかと思った一瞬。大剣が消えた。
──ダァァァンッ
顔の横を大きな大剣がかすめていく。背筋がゾッとし、足がすくむ。あと数センチずれていたら、おれの耳はなかったと思われる。
いくら木剣とはいえ、目で追えないくらいのスピードでかすったら削がれることだろう。
「おっ。すまんな。バンダどうした?」
「訓練中すみません。ローグさん、この人が冒険者になりたいと言っておりまして、オレがお世話になっている道具屋の方なんです。なんとか夢を叶えさせてあげたいんす!」
眉間に皺を寄せて怪訝そうにこちらを見つめる。冷やかしかと思われているのだろうか。別にいいけど。
「名は?」
「はい! ガルです!」
思わず大きな声で答えてしまった。
「歳は?」
「三十八です!」
横の方で赤い髪の人が「はっ」と鼻で笑っている。それには目を見開いて驚いているようだった。そりゃそうだ。こんな年齢から冒険者になりたいっていうんだから、変わったやつだと思われるだろう。
「相当つらいと思うぞ? それでもやるか?」
ここで少しでも引いたら、俺の冒険者になりたいという気持ちは感じてもらえないだろう。そんなことを考えていたら、気持ちが高ぶってきた。
やってやる。そういう気持ちが沸き上がって体に力が漲る。
「やります!」
目をジッと見つめられる。ここで、目を逸らしてはダメだと今の気持ちを全て目に込める。
ローグさんは眉間に皺を寄せるとこちらを睨みつけたような気がした。だけど、怒っているのではないとすぐにわかった。なぜなら、笑っていたからだ。
「よーしっ! のった!」
「マジですか⁉ こんなおっさんが今から冒険者なんて無理ですって! なめてますって!」
赤髪が俺をバカにしたようにそう口にしたが、ローグさんは手で制すると。
「ワシにはわかる。コイツの目は本気だ。お前も気を引き締めねぇと負けるぞ?」
「なめないでくださいよ! 誰がこんなやつに! オラッ! かかって来いよ!」
こちらへと手招きをしているが、俺は行く気がない。だって、負けるのが目に見えているし。体は大きい方だが、まだまだ冒険者と戦うには剣がなってないからなぁ。
「カロオ、少し黙ってろ」
「……はい」
シュンと赤髪は身体を小さくして、ローグさんの話を聞くことにしたようだ。
「素振りは、毎日朝昼晩に、一時間。それ以外は訓練場で戦闘訓練。それを三か月続ける。その後、冒険者試験を行う。それでダメなら、あきらめることだ」
自分の喉がゴクリと鳴るのを感じる。三か月。それで俺の夢がかなうかどうかが決まる。けど、どうして時間をかけてはダメなのだろうか。
「ローグさん、ガルさんはなぜ三か月なんですか?」
「年齢がな。もうこれからは体力が落ちていく年齢になる。ピークはもう過ぎてる。ということは、残りの人生のピークは今なんだ。わかるか?」
「はい。今がダメなら、後に何をしてもダメだということですね」
バンダさんのその言葉にコクリと頷いたローグさん。
「そうだ。三か月が集中して鍛えられる限界だと思う。ワシの経験則だがな」
言っていることに納得はできた。とは、俺がどれだけ踏ん張れるかで夢が叶うかが決まるということだ。
俺は、なったらそれでいいとは思っていない。冒険者として生計を立てたいと思っている。まだまだこれから生きていく。
「ガル。ワシは、全力でお主を育てる。お主も全力で打ち込んで欲しい」
「もちろんです! よろしくお願いします!」
これから三か月。俺の人生最大の山場を迎えることとなった。