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ep2.2 キャラメイクは時間泥棒

 魔王はマオに手ほどきを受けて、既存のパソコンを用いてメールアドレスを新規に取得することにした。ネットゲームのアカウント作成に必要だからである。

 マオの住む望月邸では、屋敷内に専用のメールサーバーを配備しており独自ドメインを有しているため、アドレス被りを気にすることなく自由なアドレスが取得可能だ。

 なお、自宅サーバーと言っても財閥傘下のネットワーク関連企業によって、フルタイムでモニタリングされているため、有料ドメイン以上に強固なセキュリティで守られている。


「メルアドは何がいいっすかね?別になんでもいいんすけど。」

「メルアドとはなんだ?」

「メールアドレスの略っすよ。えーっと、メールっていうのはパソコンとかスマホで送れる手紙の事で、アドレスはその住所って感じっすね。」

 これまでのやり取りからマオは、魔王がパソコンについて大概何も知らないと把握していたので、パソコン初心者のおじいちゃんに教えるがごとく、比喩を交えて説明したのだった。

「なるほど。通信魔法のようなものか。」

「特に重要でもないっすから私が適当に付けるっすね。」

「ああ、よろしく頼む。」


 マオは『Lucifer@mochi.jp』というアドレスで魔王のメールアドレスを登録した。


「これでいいっすね。次はマーセナリーのゲームアカウント作成っす。」

「先ほどやっていたゲームだな。」

「そうっすよ。まずはゲームの公式ホームページに行くっす。登録してあるからブックマークから行けるっすよ。」


 魔王はマオの指示に適宜従い、『マーセナリーインターナショナル』の公式サイトを開いた。

 ところで、異世界から現代日本へとやってきた魔王は、もちろんパソコン初心者である。しかし幾度かゲームをプレイするうちに、マウス並びにキーボード操作を覚えたので、すでに手慣れた物になっている。


 マーセナリーの公式サイトのトップは、登録申請を促す広告画面となっており、ページ上部にでかでかと『今すぐ参戦する』という煽り文と共に、リクルートと書かれたバナーが設置されていた。

「そこでリクルートって書いてあるバナーをクリックすると登録画面に行くっす。」

「了解した。」

 魔王が言われるがままにバナーをクリックすると、個人情報を入力するユーザー登録画面へと遷移したのだった。

「新規ユーザー登録か……なるほど、必須と書かれている項目を埋めればよいのだな。名前はルシファーっと、これでよし。次は生年月日か。なんだそれは?」

「産まれた日の事っすよ。分からないんすか?」

「余は世界が形成される以前の、万象がい交ぜであった混沌カオスの中に在ってなお、すでに意識が存在していた。それゆえ余には産まれた日など存在しない。年月や日時と言った概念は、混沌の世が終わったのちに星々が産まれ、天体の運行が発生してから初めて意味を持つ、相対的な尺度であるからな。」

 魔王の小難しい設定を聞き流しつつ、マオはユーザー登録手続きの解説を再開した。

「まぁ分からないなら適当でいいと思うっすよ。ここで生年月日が必要なのは、成人してるかどうかの確認が目的っすからね。ルシファーは見た目若いっすけど、20代というには風格が有りすぎるし、30代くらいが妥当っすかね。」

「そうなのか?ならば30歳という事にしておくか。日付は1月1日でよいか。これで入力は完了だな。」


 魔王がユーザー情報の入力を終えると、所属国家の選択画面へと移行し世界地図が表示された。


「次は所属サーバー選択っすね。日本サーバーを選んでくれるっすか?」

「これは世界地図か?日本は・・・ここか。日本とはかなり小さい国なのだな。」

「言われてみればそうっすね。まぁゲームの仕様上特に意味は無いし、気にしなくていいっすよ。」

「そうか。ならば日本を選択して・・・次はキャラメイクか。」

「キャラメイクは分かるんすか?」

「余は様々な生物の創造に携わった事もあるからな。慣れたものよ。」

「それだと魔王ってより神様っぽいっすね。」

「神とは人のための存在なのであろう?余とはまるで正反対ではないか。」

「さっきは神の敵対者って言ってたっすけど、その口ぶりだと神と実際に知り合いではないんすか?」

「存在自体はそこかしこで聞いていたが、会った事はないな。」

「へー。まあ神様の話は置いといて、キャラメイクをするっすよ。」

「そうだったな。」


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 オンライン対戦型FPSゲーム『マーセナリーインターナショナル』のプレイヤーキャラメイクは、非常に細かく設定が可能である。

 年齢・性別はもとより、人種や体格、身長体重から筋肉量まで任意に設定できるのだ。しかし外見設定の自由度が非常に高い一方で、他のゲームのように自由にステータスを割り振ることはできない。

 リアリティに重きを置いているゲーム性のため、設定した身体データから実際の人間の能力を算出して、自動でステータスが割り当てられるのだ。ゆえに、やせ細ったチビが怪力と言った見た目詐欺のキャラビルドはできず、マッチョな大男が順当に強いのである。


 一例として、こどものように小さい体ならば遮蔽物に隠れる事が容易であるし、小さな排気口などにも潜り込めるメリットがあるが、携行可能な総重量などに大きく制限が掛かるため、重い装備は扱えず、スタミナもすぐに切れるデメリットがある。逆に大柄にすれば体力面では強くなるが、隠れる事が難しく被弾しやすくなるといった具合だ。

 初期状態の身長190㎝体重80㎏、筋量もそれなり程度の状態が一番バランスよく強いとされているため、一億人ともいわれるユーザー達の頂点に立つトップランカー達は、大体似たような姿になっている。

 しかしカジュアルプレイヤーや副アカウントのプレイヤー達の中には、あえて尖った性能にしたり、現実の自分自身をモデルにキャラメイクを行って遊ぶ者も多い。

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「どんな感じにするっすか?一応初期状態が一番強くなりやすいと思うっすけど。」

「ふむ、かなり細かく設定できるのだな。せっかくだから少しいじってみるか。」


 魔王は適当に設定を弄り回して、プレイヤーキャラを様々な容姿に変えていく。

 項目が細分化されているため手こずっているが、現実の魔王の容姿に近づけようとしているのだ。


「ルシファーに似せてキャラメイクするんすか?」

「その通りだ。余の分身となる兵士なのだから、余と同じ容姿にした方が臨場感が増すであろう?」

「まぁゲーム的には極端にでかいって程でもないし、能力も悪くないと思うっす。」


 魔王はしばらくキャラメイクと格闘した後、満足したように動作プレビューを表示した。そうして作成されたプレイヤーの分身たるアバターは、服装が迷彩柄の戦闘服である事に目を瞑れば、魔王の狙い通りに本人そっくりに出来上がっていた。


「よしこんなところか。まずまずの出来だな。」

「いや、かなりそっくりっすよ。私のアカウントはほぼ初期状態でスタートしたっすけど、こんなに色々できたんすね。」

 マオはストイックに勝利を追求して楽しむタイプのガチプレイヤーなので、キャラメイクに際しても性能を重視しており、見た目には無頓着であった。それゆえに細かな設定が可能であると認識していなかったのだ。

「うむ、なかなかに楽しいものだなキャラメイクというのは。この状態を一時保存し、もう少し遊んでみるか。」

「なんか羨ましいっすね。私も副アカ作ってキャラメイクで遊んでみるっすよ。」


 こだわると無限に時間を使ってしまうキャラメイクの罠に嵌まった二人は、アカウント作成と言う当初の目的をすっかり忘れて、時間を浪費していくのだった。


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