―――魔王のゲームアカウント作成の途中でキャラメイクにどっぷり嵌まってしまった二人は、時間を忘れてアバターの調整に勤しみ、気が付けば約2時間が経過していた。
「よし!できたっす。」
「ほう、マオにそっくりだな。若干痩せているようだが。」
「そこは気にしなくていいっすよ。しかし我ながら会心のできっすね。」
出来上がったゲームアバターはそれぞれ魔王とマオにそっくりに仕上がっており、無駄に長い時間を掛けたテンションも助けて、両者ともその完成度に満足するのだった。
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二人が作成したプレイヤーアバターに関して少し補足しておこう。
このゲームのステータスは設定した外見や筋肉量に準拠した能力が自動で割り振られる。
そのため、こどもの様に小柄なマオのアバターにはいろいろとデメリットが発生するのだが、トップランカーとして長くプレイしている彼女にとって、多少のハンデは問題にならないだろう。
一方魔王のアバターは身長2m体重100㎏を越える巨漢だ。最もバランスがよいとされる初期設定の状態でも身長1m90㎝体重80㎏となっているため、魔王のアバターは多少大柄ではあるが、それほど突飛な設定ではないと言える。
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キャラメイクを終えてしばし完成したアバターをプレビュー画面で眺めていた二人だったが、そこに扉を叩く音が飛び込んできた。
「開いてるっすよー。」
「失礼します。」
扉を開けて現れたのは、先ほど荷物を届けに来たのと同じメイドだった。
すでに三度目の登場となる準レギュラーであるため、ここで彼女について少し触れておこう。彼女は名を
しかし今回は吹雪だけでなく他の使用人も一緒になって、数人でマオの部屋を訪れていた。それは魔王サイズに合わせて特注した結果大荷物となってしまった、魔王用のパソコンデスクとゲーミングチェアを運び込むためである。
フブキは入室するとまず深く一礼してからマオに声を掛けた。
「お嬢様、デスクはどちらに設置いたしましょうか?」
「私の机の隣にお願いするっす。」
「承知しました。ところでお嬢様……」
フブキは他の使用人達を指揮して模様替えを開始しつつ、再びマオに声を掛けた。
「なんすか?」
「設置には少々お時間をいただきますので、ルシファー様に屋敷内を案内なさってはいかがでしょうか?ルシファー様はしばらくの間、当家に滞在すると伺っておりますので、その方がよろしいかと。」
フブキはもっともらしい理由を付けて提案したが、それはマオを部屋から連れ出す口実である。
それは雇い主であるマオの父秀吉の指示を受けたメイドとしての行動だが、フブキには業務上の責任に留まらない感情が働いていた。幼少期より共に過ごしているマオとフブキは、使用人と雇い主の関係ではあるが、お互いに家族の一員の様な存在となっているので、フブキ個人としてもマオの引きこもり生活による運動不足を懸念していたのである。
「そういう事ならちょっと行ってくるっすね。行くっすよルシファー。」
「うむ、よろしく頼む。」
そうとは知らない二人はフブキの策略にかかり、まんまと出かけることになるのだった。
出かけると言っても屋敷内を散歩するだけなのだが、食事トイレ風呂以外ではほぼ部屋から出ないマオを連れ出す事はなかなかに至難なのだ。マオが自主的に部屋から出る口実を得るチャンスはそう多くないため、できるメイドであるフブキは機会があれば決して見逃さないぞ。
二人で広い屋敷内を散歩しながら、マオが各部屋の説明をして回る。なお、彼女が普段利用している設備は風呂とトイレ、そして食事のためのダイニング程度なので、他の部屋については、実のところ彼女自身もよく知らなかったが、多少の知ったかぶりを交えつつ分かる範囲でざっと案内したのである。それほど目新しいものが有るわけでもないため、屋敷内の案内は早々に打ち切り二人は揃って庭に出る事にするのだった。
もう日が傾き若干薄暗くなりつつある庭園で、二人は噴水の近くのベンチに腰掛けた。
「なんか外に出るのは久しぶりっすねー。」
マオの何気ない言葉を聞いて、魔王はふと湧きあがった疑問を投げかける。
「マオはどうして外に出ないのだ?マオの祖父である賢者もまた、あまり外には出たがらなかったが。何か理由があるのか?」
その言葉に引きこもりを糾弾する様な他意はなく、魔王は単純に疑問を抱いて質問したのだった。
これにマオはどこか所在ない様子で答えた。
「外に出る必要性を感じないから出ないだけっすね。部屋の中でやりたいことは全部できちゃうっすからね。」
それは紛れもなくマオの本心であったが、その言葉尻は重く、歯切れの悪い物であった。というのも、彼女は自堕落な生活を送り続ける中で、時に焦燥感に苛まれたり、家族やフブキをはじめとする使用人たちに心配をかけている後ろめたさを感じていたので、言葉とは裏腹に生活改善が必要であると自覚していたためである。
さりとて人外である魔王には、人の言葉の裏に隠された秘めたる真意を読み解くほどの繊細さは無いのだった。
「なるほど。たしかに通販を使えば何でも手に入るようだし、ゲームをするにも外に出る必要は無いな。」
魔王はマオの言葉をありのままに受け取り、それ以上は追及しなかったのである。
わずかな沈黙ののちに、マオは隣に座る魔王の顔を見上げながら静かに口を開いた。
「ルシファーは外に出た方がいいとか言わないんすね。」
「なぜだ?出る必要が無いならば、無理に出なくともよいだろう?」
魔王の言葉には特に裏が無いのだが、意外な返答に少し困惑するマオだった。
というのも、父秀吉をはじめとしたマオの周囲の人間はみな、彼女を心配しどうにか部屋から出そうとしてくるからだ。そして彼女自身もまた、ずっと部屋に引きこもっている事に漠然とした不安や後ろ暗さを感じてたのである。
ゆえに彼女の言い分を全肯定し、なにも文句を言わない魔王に多少なりとも衝撃を受けたのだ。
「ルシファーは変わってるっすね。」
「そうか?まぁ魔王たる余は常人とは精神構造が違うから、そう思うのも仕方あるまい。」
「ふふ、そうっすね。」
マオは魔王が気を遣っておかしな事を言っていると勘違いして笑ったのだが、もちろんそんな事はなく魔王は至極真面目だ。
最初は外見が好みだと思っていた程度だったが、勘違いながらも魔王に少しずつ惹かれていくマオなのだった。