―――前回のあらすじ、と言うか補間
望月家の邸宅内をひとしきり散策してから中庭に出た魔王とマオは、噴水前のベンチに隣り合って座り足を休めた。そこで何気なく談笑していると、話の流れでマオの引きこもり生活について互いの意見を述べ合う形になった。
マオは引きこもり生活を非難あるいは憐れむ様な言葉が魔王の口から飛び出すだろうと予測して身構えていたのだが、魔王の反応は想定していたものとはまるで違う、意外なものだった。そう、マオ自身ですら懐疑的であった彼女の現状について、魔王はむしろ肯定し是認する言葉を発したのである。
非難の言葉を予測して覚悟を決めていた所に、想定外の寄りそう様な甘言を受け、すっかり虚を突かれたマオは、顔を守るガードに集中するあまり、無防備になった胴体にボディーブローを決められてしまった様な、大きな衝撃を受けたのだった。
見た目から言動まですべてが規格外である魔王とのやり取りを通して、マオは世間一般の固定観念に囚われていたこれまでの自分自身を省みた。そして漫然と自堕落に暮らす中で、うつむいて狭くなっていた視野が、少し目線を上向きにすれば大きく広がり、無数の選択肢が存在すると気付いたのだった。それは、これまで漠然とした不安に駆られていたマオにとっては、メガネの曇りが取れて自身の未来に光が差し込んだ様な、ちょっとした神秘体験であった。
こうして目線が上向き若干姿勢もよくなったマオは、どこか普通ではない価値観を有する、おもしれぇおっさんの魔王に対し、より一層の興味を抱いたのだった。
ちなみに異世界出身かつ人外の異常存在である魔王は、現代日本に暮らす人間とは根本的に異なる、独特な哲学を持っているのである。
―――
お散歩デート(意訳)を終えた二人は、辺りが本格的に暗くなる前に中庭を離れて、マオの自室へと戻ってきた。
部屋の前には、先刻魔王用のデスクとチェア搬入のために集められていた数人の使用人達の姿は既になく、マオの専属メイドであるフブキ一人が、二人の帰りを待ち構えていたのだった。
「お帰りなさいませ、お嬢様、ルシファー様。」
フブキは戻ってきた二人に深く一礼してから、さらに続けた。
「ルシファー様用のパソコンデスクとチェア、並びにパソコンおよび周辺機器の設置は完了しております。また設置に当たり、少々足元を片付けさせていただきました。」
フブキの先導に従い部屋に招き入れられた二人は、ついさっきまで薄汚れて散らかっていた部屋とは打って変わり、すっかりきれいになった部屋を目の当たりにした。
フブキは部屋の主であるマオの名誉に配慮して控えめな表現を用いたが、実態としては酷く散らかった汚部屋を、主人が留守の好機に乗じて大掃除したのである。
なお、マオは単純にだらしないだけで、別に汚い部屋を好き好んでいたわけではないため、フブキが独断で自室に散乱するオタクグッズ類を諸々処理してしまったことに対して思うところはなく、むしろきれいになって気分がいいくらいの感覚なのだった。
マオに長年仕えているフブキからすれば、主の心情などいちいち確認するまでもなく正確に読み取れるので、フブキが独断専行するのも、マオがそれを咎めないのも、お互いの信頼関係があってこそのやり取りであると言えるだろう。
部屋の検分を終えたマオの朗らかな笑顔を確認すると、フブキはさらに続けた。
「さて、お嬢様が新規にご購入されたパソコンについてですが、OSのインストールが完了して待機状態となっていたため、初期設定を行い、ユーザー登録画面まで進めさせていただきましたので、そちらも後ほどご確認ください。」
「了解っす。いろいろとありがとうっす。」
マオの感謝の言葉を受けたフブキは満足そうに微笑むと、再び深々と頭を下げ、「それでは失礼します」と一言挨拶したのちに、音もなく退室していった。
フブキが去ったのち、魔王とマオは隣り合って設置されたお互いのパソコンデスクに腰を掛けた。そこでマオはふと何かを思いついた様子で椅子の向きを変えると、キャスターを滑らせて魔王の傍に近寄った。
「新しいデスクや椅子を使うなら、体に合わせて高さを調整した方がいいんすけど……既にピッタリみたいっすね。流石フーちゃんは隙が無いっす。」
マオはちょっとした老婆心を発動して、魔王の座り心地に問題がないか確認したのだが、フーちゃんことメイドのフブキの高精度な採寸技術と職人への差配によって、特注品のデスクとチェアは、エンドユーザーたる魔王に合わせて完璧な状態で納入されていたのだった。
こうして、魔王とマオは、主に気遣いメイドフブキの活躍によって、ゲームを開始するにあたり最高の環境を手に入れたのだった。
なお、魔王とマオの二人は特に何もしていないが、そこは適材適所、それぞれが相応しいロールをプレイした結果である。餅は餅屋に任せるのが一番なのだ。