―――前回までのあらすじ
望月真央は自称硬派なネトゲ廃人お嬢様である。今さらだがネトゲ廃人とは、ネットゲームに時間と金を惜しげもなく投入して、私生活に支障をきたしている人種を指す
引きニートのマオは、ある日異世界からやってきたと言う魔王に出会う。そしてなんやかんやあって魔王の配下に加え入れられたのだった。
退屈な生活に飽きて戦いに刺激を求めているという戦闘狂の魔王に対し、マオはプレイ中であった現代戦争をモチーフにしたオンライン対戦型FPSゲーム『マーセナリーインターナショナル』を勧めると、魔王がこれを気に入ったため、マオの提案により二人でチームを組んでプレイする事にしたのだった。
チームを組むに当たり、魔王用のパソコンを追加で用意する必要があったため、マオは即座にネット通販を用いてパソコンパーツを購入。ついでに自身のパソコンも新調する事にし、届いたパーツを使って魔王と共に仲良く自作パソコンを組み立てたのだった。さらにマオは屋敷の使用人達の力を借りて、魔王用のデスク及びチェアを設置するなどして、二人でゲームをプレイするのに適した部屋環境を整えた。また、新調したパソコンは二人が散歩している間に、マオの専属メイドであるフブキの手によってセットアップが完了していたため、いよいよゲームを始める準備が整ったのだった。
―――
マオはこれまで使っていた古いパソコンをひとまずシャットダウンすると、新調した方のパソコンを使って、PCユーザーの登録やらインターネット接続の設定、メールアプリにアドレスを登録するなど、パソコンの初期設定のやり方を一通り実演して見せ、魔王側のパソコンの設定は魔王自身の手で実践させたのだった。
「ここまではいいっすね?次はゲームをパソコンにインストールするっすよー。」
そう言うとマオは続けてインターネットブラウザを開き、お目当てのゲームのホームページへと移行した。
「了解だ。」
魔王はマオに倣い同じ様にホームページを開いた。
魔王の新規プレイヤーアカウント並びにマオのサブアカウントの取得、そしてゲーム内で使用するプレイヤーアバターのキャラクリエイトに関しては、先刻散歩に出る前に済ませていたので、次に必要なのはゲームソフトのインストールである。『マーセナリー』は基本プレイ無料のオンライン専用ゲームだが、パソコン上にゲームソフト本体のインストールが必要なのである。
「ダウンロードのバナーを押したら、ソフト本体を選んで……ダウンロードが完了したら、インストールランチャーが開くんで、ソフトの利用規約に同意するのチェックボックスにチェックを入れて、フルインストールを押せばオッケーっす。」
マオが画面に表示される項目を追いかけて、指示通りに操作していくと、やはり魔王もこれに追従して作業を完了した。
「なるほど、なかなか手間がかかるのだな。」
「まぁそうっすね。」
細々とした設定が続いたため魔王は少しばかり肩が凝ったが、インストールが進行するのを待つ間、少しばかり時間ができたので、いったん手を休めて一息ついたのだった。
ところで『マーセナリー』はネットゲームとしてはかなり導入が簡単な部類だが、ゲーム初体験の魔王がそんなことを知る由もない。
インストールを待つ間にマオは席を立ち、自室に設置された冷蔵庫へと向かった。そして、冷蔵庫からエナジードリンクを取り出すと、席に戻る道すがらで魔王に手渡したのだった。
「これはなんだ?」
ジュースのアルミ缶を受け取った魔王は、初めて見るメタリックな輝きを放つ円筒形状の物体を訝しんだ。
これに対し、マオはドリンク缶を開封して一口飲みつつ答えた。
「これはエナジードリンク、略してエナドリっすよ。ゲーマー界隈だと魔剤とも呼ばれるっすね。由来は知らないっすけど。簡単に言えば疲れが取れる飲み物で、長時間のゲームプレイで疲れたら、こいつをキメて復活するのがゲーマーのたしなみっすね。」
だいぶ適当な事を言っているが、エナジードリンクはカフェインやアルギニンを多く含有しており、一時的に眠気と疲労感が飛びはするが、肉体的な疲労が消えてなくなるわけではない。よく使われる比喩を用いるなら、元気の前借りにほかならないので、ご利用は計画的に。
「ほうエナドリ……要するに
そう言うと魔王は見よう見まねでジュースを口に含み、口腔内に魔力を集中して内容物の解析を行った。しかしエナドリの中身は所詮ケミカルなジュースに過ぎないので、もちろん魔法的な回復効果は検出されなかった。
「ふむ、魔法薬に似た妙な味はするが、特段効果はないようだな。」
真顔でそう言う魔王の態度があまりに真に迫っていたので、マオは徹底したロールプレイに感心しつつも、アニメや漫画で既視感のあるテンプレート的な異世界人の反応がなんとなく面白く感じたのだった。
「ふふっ、そうっすね。大袈裟な事が書いてあるっすけど、エナドリはただのジュースっすからね。眠気覚ましのコーヒーみたいなもんすよ。」
「なるほど。そう言うモノか。」
魔王は効能を偽った偽造薬ではないかと疑いを持ちかけたが、マオの態度からそれが製品本来の期待通りの効能であると理解し、詐欺商品の疑いは解消されたのだった。
そうこうしているうちに、ゲームのインストールが完了し、『インストールが完了しました ゲームを起動しますか?』との表示がモニターに映し出されたのだった。
「よし、インストールが終わったっすね。さっそく起動するっすよ。」
二人は画面に表示されたOKボタンをクリックして、ログインコンソールを呼び出した。
「ここでさっき作ったアカウント情報を入力すれば、いよいよゲームスタートっす。」
「うむ、もうすぐ始まるのだな。なかなか長い道のりだったな。」
メールアドレスとパスワードを入力し、『参戦』と書かれたログインボタンを押せば、ようやくゲーム本編の開始である。
「よし、問題なくゲームが始まったっすね。」
マオはフルスクリーンで表示されたゲーム画面中央に、ちょっとした召喚エフェクトと共に現れた自身のアバターを確認して言った。
ちなみに『マーセナリー』は戦闘フィールド上ではFPS視点での操作となるため自身のアバターは見えないのだが、非戦闘パートではFPS視点とTPS視点、そして自身のアバターを中心に上空から周囲を一望できる俯瞰視点への切り替えが可能で、デフォルト設定では俯瞰視点となっている。
ところで非戦闘パートというのは、傭兵業を支援する設備が集まってできた箱庭型の仮想都市における活動を指し、プレイヤーは都市内を自由に歩き回って、資金を稼いだり装備を更新したり、娯楽施設で遊んだりと、傭兵生活シミュレーション的なロールプレイが可能となっている。仮想都市での活動はあくまでもフレーバー的なおまけ要素であるが、都市の住民であるNPC達には個別に親密度が設定されていたり、時限進行式で都市が発展していったりなどと、おまけにもかかわらず変態的に作り込まれているので、メインコンテンツであるオンライン対戦はそっちのけで、都市での疑似生活を楽しんでいるプレイヤーも一定数存在している。
余談はさておき、マオは自身のアバターのすぐ傍に、同じく召喚されていた魔王のアバターをマウスカーソルで選択して、メニュー項目からフレンド申請を送った。すると魔王側のゲーム画面には『見習い傭兵のマオからフレンド申請が届いています 受理しますか?』というシステムメッセージが表示されたのだった。
「むぅ、これはなんだ?」
魔王は既にマオの本アカウントを借りてゲームをプレイしており、一対一でのフリーマッチ対戦は経験していたが、対戦以外の非戦闘パートは未プレイであったため、見慣れない表示に戸惑ったのだ。
「それは私が送ったんすよ。まずはフレンド申請の受理をお願いするっす。」
「了解だ。」
魔王は言われるがままに『受理』のボタンをクリックした。すると『新人傭兵ミッション 初めてのフレンド 達成』と表示され、所持金に1000ドルがポンッと追加されたのだった。またマオのゲーム画面でも同様の表示がなされていた。
「何やら達成されたらしいぞ。」
「そうっすね。」
マオは魔王の問いかけに応じつつ自身のアバターをクリックし、続けて表示されたメニューからミッションの項目を選び、チュートリアルミッション一覧を表示した。
「これは新人傭兵用のチュートリアルミッションっすね。一通りクリアすると見習い傭兵から新人傭兵にクラスアップできるのと、各種施設の利用権限が解放されるっす。それと最低限の歩兵用装備品が支給されるミッションもあるっすね。あとは買い物するにも施設利用するにも、とにかく金が必要っすから、ミッションクリアでまとまった支度金をゲットすれば、その後のゲーム進行がスムーズになるっすよ。」
「ふむふむ、ミッションとやらはかなりの数が課せられているのだな。」
マオの解説を聞きつつ、魔王もまたミッション一覧を開き、ずらずらと表示された項目を一つずつ眺めながら言った。
「そうっすね。全部やるとなると、効率重視でプレイしてもチュートリアルに半日はかかるっすかね。まぁ私が初めてプレイした時は、とにかくすぐに対戦がしたかったんで、最初から重課金してチュートリアルは飛ばしたんすけどね……また同じ事をするのも芸がないし、今回はひとまず課金は封印して、運営の思惑に乗ってプレイしていくっすかね。」
「うむ。よくわからんがマオの方針に従おう。」
ゲームのセオリーを知らない魔王は、経験者のマオに大人しく従うのだった。
「ところでフレンドとは何なのだ?」
ミッションクリアの表示が気になって聞きそびれていたが、魔王は改めて質問した。
「フレンドって言うのは読んで字のごとく、一緒に遊ぶ友達のことっすね。フレンド登録しておけば、相手がオンライン中かどうか確認できたり、今みたいにアバター同士が近くに居なくても遠隔チャット機能が使えるっすから、一緒に遊びたいときに便利なんすよ。私達はこうして同じ部屋で実際に会話しながらプレイしてるんで、あまり意味ないっすけどね。」
「ふむふむ、フレンドと言うのはこれか……」
魔王は画面下部のフレンドと書かれた人型アイコンをクリックし、表示されたフレンド一覧にマオの名前を確認した。マオの名前の隣には『状態:オンライン 現在地:組合ロビー』と表示されていた。
「なるほど、こういうことか。」
「それじゃあゲームを進めていくっすけど、達成報酬が高いのと、色々と機能の解放にも必須なんで、まずは『クラン』を結成するっすよ。」
「クランとはなんだ?」
「クランって言うのは、一緒に遊ぶ人を予め登録しておく機能って感じっすね。」
「それはフレンドとは何か違うのか?」
魔王はゲームのセオリーが分からぬゆえに、そう言うモノと認識しているゲーマーが気にも留めない部分が気になるのだった。
これに面食らったマオは少し考えてから答えた。
「えっと、フレンドと一緒に遊ぶことはもちろんあるっすけど、フレンドはたまに遊ぶ知り合い程度の関係っすね。それでクランの方は目的を共有した仲間、あるいは家族、いわば運命共同体って感じっすね。フレンドよりもちょっと上のイメージっす。」
フレンドとクランは、双方ともスラングに近いオンラインゲーム用語であり、ゲームによっては混同されることもあるくらい、曖昧な概念なので、マオは改めて違いを問われると答えに悩んだのだった。しかし同じ物かと問われれば別物なのは間違いないので、漠然としたイメージを語ったのだった。
「なるほど、仕事仲間がクランで、遊び仲間がフレンドと言ったところか。要するにクランとは魔王軍の様な組織を指すのだな。」
「ああ、そうっすね。大体そんな感じっす。」
魔王の要約が腑に落ちたマオは、漠然とした印象が言語化された感覚を得たのだった。
少し話が逸れたので咳払いをして仕切り直してから、マオは話を続けた。
「こほん。気を取り直してクランを作るんすけど、クランの名前はどうするっすかね?」
これを受けて魔王は即座に提案した。
「うむ、先の話からすると、そのまま『魔王軍』でよいのではないか?」
「え?まぁ、いいっすけど。」
現代戦争をテーマにしたゲームのクランに魔王軍はないだろうと、一瞬口に出しかけたマオだったが、寸でのところで思いとどまってひとまず魔王の要望通りにクラン名を入力したのだった。しかし……
―――ブブーッ
エラー音と共に『その名前は既に使われています』とのメッセージが表示されたのだった。
これに内心安堵したマオはさらに続けた。
「魔王軍って名前は他の人が使ってるから、ダメみたいっすね。」
「ふむ、そうか。別の名前となるとすぐには思いつかんが、どうするか……」
魔王は思い付きで提案しただけなので、特に気にしてはおらず淡々と答えた。
ここでまた魔王に任せておくと、ファンタジックな名前を付けられてしまいそうなので、マオはクラン名を自分から提案することにしたのだった。
「そうっすね。クラン名は『ドゥームレイド』なんてどうっすかね?オンラインゲームで、魔王みたいな大ボスを、プレイヤーが大人数で集まって討伐するイベントなんかに使われるスラングっすけど、ルシファーは魔王だしちょうどいいんじゃないっすか?」
何がちょうどいいのか分からないが、マオは魔王よりも先に提案する事を優先していたので、ぱっと思いついた用語を口に出したのだった。
「なるほど。流石はマオだな。余に相応しい名前だ。」
「気に入ったならよかったっす。これで登録しちゃうっすね。」
そう言うとマオは、有無を言わさぬスピードでさっさとクラン名を登録してしまうのだった。
こうして、のちに非公式レイドボスと呼ばれることになる野生のラスボスクラン『ドゥームレイド』が結成されたのだった。
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補足コーナー
『マーセナリー』では複数のプレイヤーが同盟を組んで『クラン』を作る事ができるが、クランのランクや実績に応じてマンスリー報酬がメンバー全員に配られるので、それだけでも恩恵が得られる。他にもクランを作る利点として、めぼしいところでは高額の兵装を資金を出し合って購入したり、不要となった武装のトレードを業者を介さずに無料で行えたりと、クランメンバー間限定で使える機能がいくつか存在している。
また、傭兵ランクの上昇や資金の確保と言った実績を満たす必要はあるが、クランを作る最大の利点として『クランハウス』を持つことが可能だ。クランハウスでは通販機能を使って都市内での買い物を移動せずに行えるほか、通常クエストよりも実入りのいい特殊クエストが受注できたりと、様々な恩恵が得られる。さらにログイン時にはハウス内からのゲームスタートとなるのも利点の一つだ。
クランに所属していない傭兵は、ゲーム運営が統括するフリー傭兵の管理組織『傭兵組合』に登録された状態であり、ログイン時の開始地点は組合本部の受付ロビーとなる。組合本部は都市の中心に建っており、その周辺は射撃場や行軍訓練用のアスレチックなど、新人教練施設で固められているため、錬成中の新人にとっては便利な立地だが、それらに用が無いベテランからすれば、他の施設へのアクセシビリティが悪いだけの微妙な立地である。ファストトラベルで移動する事ができるため、極端に不利が生じるわけではないが、最初からクランハウスでスタートした方が、わずかではあるが時短になるのだ。
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