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ep2.7 戦闘準備・アッセンブル その1

 前回のラストで『次回、戦闘開始』と言ったな。すまんが、あれは嘘だった。

 なぜなら、戦いには前もって準備が必要だからである。


 先に現状を確認しておくと、ゲーム開始直後のプレイヤーは何もアイテムを持っていない手ぶら状態である。しかし流石に全裸のアバターが街中に放り出されることはなく、デフォルト状態ではピッチリ黒インナーのシャツとレギンスパンツを着用した格好をしている。

 果たして、無防備な下着姿で、武器の一つも持たずに戦場に立つことなどできるだろうか?いや、できないのである。(反語)

 と言うわけで、魔王とマオは対戦モードに移行する前に、まずは装備を整えることにしたのだった。


 新人傭兵ミッションEXの一つ、クラン結成を達成した魔王達は、ミッション達成の報酬として、下級歩兵用装備一式を手に入れたので、その内訳を吟味していた。

 そして支給品を一通りチェックし終えたマオは、数あるアイテムの中からどれを選ぶべきか見繕い、指針を決定してから魔王にアドバイスを始めた。

「まず必須構成になるのが、都市迷彩柄戦闘服の上下セット、ケブラー繊維編み込み式の防弾・防刃ベスト、ケブラー製コンバットヘルムの三つっすね。あとはタクティカルグローブとタクティカルブーツを足して全身装備の完成っす。見つかったら潔く諦めるスタイルのかくれんぼスナイパーなら、少しでも重量を減らすためにアーマーやヘルムを排除して、覚悟完了ワンパン即死構成もありっすけど、それは変態の発想なんで、基本的には三種の防具セットとグローブとブーツは必須と思っていいっすよ。」

 そう言うとマオは自身のアバターをクリックし、表示されたメニュー一覧からEQUIP(装備)を選択して、続けて表示されたEQUIPウィンドウの上部タブからクラン武器庫を選択した。そして上で述べた装備品をそれぞれ選択していき、最後に一括変更ボタンを押したのだった。

 すると、マオのアバターを丸いカーテンが覆い隠した。昭和のバラエティ番組でよく見かけた、セクシー早や着替えの小道具として出てきた例のアレである。そして数秒と間を置かずにカーテンが取り払われると、無課金アバター状態を脱して、戦闘服を着こんだ標準的な傭兵の姿が現れたのだった。

 なお、マオのアバターは現実のマオの姿を参考にして作ったため、武骨な軍用装備を着込んでも、どこに出しても可愛らしいコスプレ幼女にしか見えなかった。


 自身のアバターが愉快な姿になっている事は、マオにとっては想定内の合体事故であったため、特に気にする素振りも見せずに話を続けた。

「さぁ、ルシファーも装備するっすよ。」

 マオはメニューからエモーションを選択して、片手を腰に当ててヘルメットをくいッと持ち上げるポーズを自身のアバターに取らせると、それに倣うように画面の前の本人も同じポーズを取りながら、ドヤ顔で魔王に促したのだった。


 ちなみにエモーションとは、アバターに手を振らせたり、お辞儀をさせたりと、様々なポーズを取らせることができる機能で、喜びや落胆などの感情を表す、コミュニケーションツールとして用いられている。


「了解した。」

 簡潔な返事をした魔王は、先ほどのマオの操作を逐一トレースして、同様に装備変更を完了した。

 さて、魔王のアバターもまた現実の魔王本人を参考に作られているので、その姿は本人同様に巨躯と呼ぶにふさわしい物だった。そんな魔王が武装した姿は、幼女のコスプレにしか見えないマオとは異なり、歴戦の傭兵然としていた。

「おお、なかなか様になってるっすね。」

 マオはゴリマッチョで強面の大男が好みであり、さらに傭兵姿のおっさんも大好物侍だったので、好物に好物を乗っけたプリンアラモードの様な魔王のアバターを見て、素直に称賛したのだった。

「うむ、それらしくなったな。」

 そう言うと魔王はエモーションから敬礼のポーズを選択した。

「一応ここまでで、現在の装備構成をプリセット登録しておくっすよ。」

 そう言うとマオは再びEQUIPを開き、メニュー項目から装備プリセットの保存を選択、さらにプリセット1を選択して、現在の装備構成をゲーム内で記録したのだった。そして魔王もまた同じ手順で登録を行った。


 ひとまず最小構成の登録を済ませたマオは、続けて状況に応じて付け替える追加装備の選択に移った。

「次は戦闘スタイルに応じて選ぶ追加の装備っすね。と言っても、支給品の中から選べる選択肢はそう多くないっすけど。」

 そう言うとマオは、EQUIP画面で武器カテゴリーの一覧を開いた。

「今回は中から近距離戦闘を想定した、対応力が高い標準的な歩兵装備構成にするっすよ。まずは中距離射程のアサルトライフルを主武装に据えて、サブ武装は屋内などの狭い空間での取り回しを考慮してピストルを一丁、近接武装はコンバットナイフで、あとは手榴弾とライフルの交換用マガジンをお好みで数量調整って感じっすね。この構成なら、支給品のM1956ピストルベルトのポーチを付け替えて、過不足なく賄えるっす。」

 マオは説明しながら上記アイテムを順次選択していったが、装備品の総重量が20㎏を超えた時点で過積載の警告が表示されたのだった。


 『マーセナリー』はリアルを追求したゲームデザインを標榜しているが、ヒョロガリのチビ幼女姿のマオのアバターは見た目通りの身体能力であるため、積載可能な装備重量が極めて貧弱なのである。

 ついでに補足しておくと、ピストルベルトとは、H型の首掛けサスペンダーベルトの事で、よく使う携行装備類を胸の前面に配置することで、即座に取り出せる様にしておける便利グッズである。一例を挙げれば、ナイフの鞘や拳銃のホルスター、手榴弾ポーチ、交換マガジンポーチ、さらには小物入れのバッグや水筒ポーチなど、比較的自由に付け替え可能なので、ここで個性を出して目立とうとするプレイヤーも少なくない。謂わば戦場オシャレの基本アイテムである。


 話が逸れたが、過積載で装備不可となったマオに視点を戻そう。

「おっとぉ……覚悟はしてたっすけど私のアバターの能力低過ぎっすね。標準的な装備構成すらまともに持てないのはちょっと想定外っす。」

「どうした?何かまずいのか?」

 狼狽えるマオに声を掛けつつも、魔王は同様の装備構成を問題なくセットできていたため、先んじて装備変更を実行に移していた。


 ちなみに見た目通りのゴリラである魔王アバターは総重量100㎏程度が無理なく搭載可能だ。一方で、チビで筋力量が少ない上に女性であるマオのアバターは、ゴリラの5分の1以下しか装備を持ち込めないわけだが、この一点だけを取ってもいかにゲーム的に不利であるか分かるだろう。

 さらに補足だが、たとえ過積載にならずとも、装備重量を増やすことによって走行速度をはじめとした各種アクションの速度低下、スタミナ減少速度の増加と言ったデメリットが発生する。ゆえに携行装備を増やして対応力を高めるか、あるいは装備重量を削って身軽に動き回るのを重視するかは、部隊内におけるロールや状況次第で、どちらに比重を置くべきかが変わってくるため、その辺の調整も含めて戦術を考える必要が出てくる。重量制限は一見して面倒くさいが、部隊人数や役割分担を決める上での、高度なタクティカル要素となっているのだ。


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