―――前回のあらすじ
マオは自身の外見を模して作ったアバターを使っているが、その姿は幼女そのものである。リアルを追求したゲームデザインを標榜する『マーセナリー』においては、身体能力値がアバターの外観に合わせて自動的に割り振られる仕様なので、見た目通りのクソ雑魚ナメクジ、もとい非力な幼女が出来上がっていたのだ。
その雑魚っぷりたるや、ゲームのセオリーを熟知した古参プレイヤーであるマオの想定していた数値さえも凌駕しており、ごく標準的な歩兵装備構成の総重量、およそ20kg程度すら携行不可能である事が発覚したのだった。
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さて、改めて考えるまでもない事だが、バチバチにフィジカルがモノを言う傭兵業において、小型犬並みの身体スペックしか持たない幼女は完全に足手まといで、厳しい表現をするなら慮外者ですらある。であるならば、幼女のごとき貧弱な肉体を持つマオのアバターは、ゲームをプレイする事ができないのであろうか?答えは『否』である。
想定していた以上の不利状況に立たされたマオであるが、その実、彼女の顔に憂いは無く、むしろどの様に事態を打開するか考えを巡らせて、活き活きとしているのであった。
「考えてみればこのアバターは私と変わらない身体能力なんすよね。それを思えば20㎏まで装備可能なのは、反って強過ぎる気もするっす。」
引きこもりゲーマーであるマオは運動不足である。対してゲーム内のアバターの設定は、曲がりなりにも訓練を積んだ駆け出し傭兵であるため、スポーツマン以上、正規軍人未満くらいの、鍛えられた肉体を有している。故に同じ体型を持ちながらも、インナーマッスルの差で、ゲーム内のマオの方が肉体強度が高い。
「制限はなかなか厳しいっすけど、やりようがないわけじゃないっすね。さて、どうしたものか……」
ひとりごちる様に小声で呟いたマオだったが、恐るべき地獄耳を持つ魔王は耳聡くこれに反応し、マオのモニターに表示された警告文を読んで状況を把握したのだった。
「なるほど、携行可能な装備重量を超えてしまったのか。このままではゲームをプレイできないのか?」
思わぬところで問題にぶつかったマオは、ついつい魔王を放置して一人で考え込んでしまい、重量制限に対する解決策を既にいくつか思いついていた。しかしクランと言う絆で結ばれた仲間である魔王には、事前に情報共有し相談して然るべきであったと考えを改め、魔王の問いかけに真摯に答える事にしたのだった。
「そうっすね。ルシファーが装備した標準的な装備構成ではプレイできないっす。でも、プレイスタイル次第ではなんとかなるっすよ。」
「ほう、そうなのか?」
マオは頷きつつ話を続けた。
「ういっす。一番簡単な解決策としては、重量制限に合わせて装備を減らす事っすね。まずは現在の構成を改めて数値で見ていくっす。戦闘服が2㎏、ヘルメットが1㎏、防弾ベストが4㎏、ブーツと手袋が合わせて0.7㎏と、必須の防具だけで7.7㎏になるっすね。さらにM1956ピストルベルト1㎏も実質必須なんで、武器弾薬類に使える残り重量は、過積載ギリギリでも11㎏くらいっす。」
マオは先ほどプリセット登録していた最小構成の装備を呼び出し、ついでにピストルベルトも装備してから、数値を確認したのだ。
ここで魔王はふと気になったので自身のアバターの能力を聞いた。
「なるほど。ちなみに余の場合はどのくらい装備を持てるのだ?」
「EQUIP画面の右上に最大積載荷重と現在の装備重量が合わせて表示されてるっすよ。ルシファーのアバターは最大積載荷重150㎏、装備重量は24㎏になってるっすね。ちなみに装備重量過多による各種アクション速度の低下などのペナルティが発生するラインとしては、最大積載荷重の0.7掛けの数値になるっすから、ルシファーの場合は100㎏以下を目安にするといいっす。私の場合は重量ペナルティを考慮したら20×0.7で14㎏で、最小構成の防具類だけで既に8.7㎏っすから、ペナルティ無しで装備できる武器弾薬類の重量は14から8.7を引いて残り5.3㎏しかないっすね。流石に5㎏じゃまともな装備構成にできないっすから、多少のペナルティは甘んじて受ける覚悟で行くっす。」
「了解した。考える事が多いな。」
限定的な状況に対して真面目に頭を悩ませる魔王に、マオは一応補足した。
「今回は私のアバターが貧弱すぎるって言う特殊ケースっすから、本来は装備重量をここまでシビアに計算する必要はないっすよ。標準的な男性傭兵体型なら、余力を残さずギリギリまで詰め込む状況は滅多にないっす。」
これを受けて魔王は改めて自身のアバターの状態に目をやり、約100㎏の搭載能力がある中で、標準装備をフル装備してなお十分な余力が残っている事実を見て納得したのだった。
「なるほど。ここからさらに75㎏分の装備を詰め込むのは、専有面積という物理的な制約を考えれば現実的ではないな。」
「そうっすね。ただ余力が有り余って無駄ってことは無いんすよ。例えば負傷した味方を運ぶケースを考えると、本来は二人以上で担架を用いるか、引きずって運ばなければならない状況になるんすけど、最大積載荷重の方で計算して80㎏分の余力があれば、武装解除した負傷兵を単独で背中に担いで運ぶ選択肢が出てくるんで、時間と人員を節約した、かなりの有利展開が作れるんすよ。」
「ほう、あえて冗長性を担保しておくことで、有利状況が産まれるパターンもあると言うことか。集団戦の妙だな。」
個戦力ですべてを蹂躙してきた最強の魔王は、仲間と協力して戦う集団戦の知識が足りないので、マオの説明に感心したのえある。
オタク特有の教えたがりを発揮したマオは、聞いてもいないことまで懇切丁寧に返答したが、魔王はそれをめんどくさがることなく聞き入り、興味深いといった面持ちで大きく頷いていた。見た目こそ正反対だが、教えたがりと知りたがりで、案外相性がいい二人なのだった。