セリカ・ディオールの領地経営への参加は、ディオール家と領内に波紋を広げていた。
幼い令嬢が実際に行政に携わる――それだけで周囲の大人たちは困惑し、ときにはあからさまな不信の視線を向けてきた。
それでもセリカは怯まずに、領内各地の問題解決へと意欲を燃やしていた。
その日、セリカは父の許可を得て、領地内でも問題が多いとされる小さな農村へと出向いた。
彼女の目的は、近年収穫量が激減した麦畑の原因を探ること。
同行するのは、ディオール家の古参執事と、父がつけてくれた家臣の青年、そして警護の騎士数名だった。
「このあたりの土壌は昔から肥沃だったと聞いています。
なのに、なぜ作物が育たなくなったのか……」
セリカは現地の農民たちに次々と質問を投げかける。
彼女はメモ帳を片手に、一つ一つの声を丹念に聞き取った。
水路の状態、肥料のやり方、去年と比べて気候がどう違うのか――
子供の姿ながら、まるで経験豊かな役人のような熱心さに、最初は戸惑っていた農民たちも、次第に心を開き始めた。
「お嬢様、こんな細かいことまで気にしてくださるとは……ありがてぇことです」
「わしら、王都のお役人様なんぞ怖くて本音言えませんでしたが、お嬢様には何でも話せますだ」
セリカは微笑んでうなずき、畑に膝をついて土を手に取った。
彼女の視線は真剣そのものだった。
「この土……やはり栄養が抜けてしまっているわ。
水路の取水量も足りていない。去年の大雨で流路が変わったまま放置されているみたい」
農民のひとりが驚いたように声を上げる。
「まさか、そこまで……わしらも原因が分からず、困っていたんです」
「大丈夫。ここから新しい肥料を取り入れ、水路を修繕しましょう。父に提案書を出します」
現場で集めた情報を整理したセリカは、その晩、公爵家の執務室にこもり、報告書をまとめ上げた。
夜遅くまで書き続けた手紙には、現地の状況だけでなく、改善案や費用対効果までがしっかりと記されている。
「お父様、これが私のまとめた報告書です。必要な費用と人員の割り振り、農民への指導方法も添えています」
公爵は娘が提出した書類に目を通し、何度もうなずく。
「よく調べてあるな……お前は本当に、ただの子供なのか?」
思わず漏らした父の本音に、セリカは自信ありげに微笑む。
「私はディオール家の令嬢です。家のため、領民のためにできることは何でもしたい。それに……前世の知識も役に立っています」
この言葉には、公爵も少し苦笑いを浮かべるしかなかった。
だが、こうしたセリカの活躍は、必ずしも周囲の理解を得られたわけではなかった。
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ある日、公爵家の会議室で、領内の主要な役人や小領主たちが集まる会合が開かれた。
議題は、「最近の領地経営と、セリカ令嬢の関与」について。
「確かに、セリカお嬢様の報告書は見事でした。しかし……まだ4歳のお子様ですぞ。お飾りならともかく、本気で実務を任せるなど――」
「領民たちが“子供に指図された”などと噂しています。貴族の権威にも関わりますぞ」
中には、セリカの実績を認めつつも、年齢や伝統を理由に批判する者もいた。
特に、伝統を重んじる年配の小領主たちは、セリカの存在を警戒していた。
「これでは、領地の統治が軽く見られてしまう」
「いや、私は逆に新しい風だと思いますぞ」
ひとり、進歩的な若手貴族が声を上げた。
「セリカお嬢様の提案で、農村の収穫量が回復したのは事実。
領民の信頼も厚い。子供だからと侮るのは、もはや時代遅れではありませんか?」
議論は紛糾した。
セリカ自身もその場に同席していたが、どんな非難にも冷静に耳を傾けていた。
「皆さま、私が子供であることは否定しません。
ですが、年齢だけで実績を無視されるのは本意ではありません。
私は“できること”を一つずつ証明していきます」
その毅然とした言葉に、一瞬だけ会議室が静まり返る。
「それでは、次の課題を私に任せてください。失敗すれば、潔く身を引きます」
セリカは真剣なまなざしで、会議の大人たちを見据えた。
やがて、彼女に“商隊との交渉”という難題が与えられることになる。
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それから数日後。
ディオール領の中心市街地では、王都からやって来た大規模商隊が、新たな商業契約を求めて詰めかけていた。
セリカは父の代理として、重役たちと共に商隊の代表と対面した。
「この度はディオール領へのご用命、誠にありがとうございます。ご要望の条件につきましては……」
幼い少女が交渉の場に座るというだけで、商隊の男たちは苦笑交じりにこちらを見ていた。
しかし、セリカの話しぶりは冷静で理路整然としており、大人たちを圧倒した。
「価格設定につきましては、従来の条件では利益が出ません。
ですが、こちらの新規輸送ルートを使えばコストダウンが可能です。
双方の利になる取引案をご提案いたします」
一人の商人が感心して手を叩いた。
「噂には聞いていたが……お嬢様、本当に4歳かね?」
「年齢は関係ありません。必要な知識と判断力さえあれば、誰でもこの場に立てるはずです」
取引は順調にまとまり、ディオール領の利益は大きく増えた。
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こうして、セリカは子供扱いされる度に一つ一つ成果を出し、周囲を納得させていった。
彼女の挑戦は続く。伝統と偏見という壁はまだ高く厚いが、
セリカは決して屈せず、自分自身と、領民の未来のために新たな一歩を踏み出していくのだった。
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