リュミエール王国の王宮に差し込む柔らかな朝陽が、華やかで壮麗な大広間を照らし出していた。その中で、リュミエール王国の第1王子アコードは、深いため息をついていた。彼は18歳の青年であり、すでに王位継承者としての責務を強く感じていた。彼の肩には、国の未来と繁栄を担うという重い使命がのしかかっていたのだ。
そんな彼に、今日、紹介される婚約者のことが頭から離れなかった。ディオール公爵家の令嬢、セリカ。彼女との婚約は政治的な意味合いが強く、リュミエール王国とディオール領の安定を図るための重要な結びつきだった。ディオール家は広大な領地を持ち、その豊富な資源と経済力は王国にとって欠かせない存在である。アコードとしても、この縁談は避けられないものと理解していたが、心のどこかで強い違和感を覚えていた。
「4歳の幼女と婚約するなんて…本当にこれでいいのか?」
アコードは心の中でつぶやいた。彼自身、まだ若いとはいえ、18歳という年齢であり、すでに成人の責任を果たす立場にある。だが、婚約者として紹介されるのは、わずか4歳の子供。年齢差は14歳。これほどの差がある婚約は、王族や貴族の間では珍しくはないが、アコードにとってはどうにも割り切れないものがあった。
その時、広間の扉がゆっくりと開かれた。ディオール公爵夫妻が優雅に入室し、その後ろに、小さな姿が控えていた。アコードはその少女を一目見て、息を飲んだ。目の前に立つのは、華やかなドレスを身にまとった幼い少女――セリカだった。彼女はふわふわとした金色の髪を持ち、目は大きく澄んでおり、その中に無邪気な光が輝いていた。
「アコード王子、ディオール公爵家の令嬢、セリカ様をご紹介いたします。」
王宮の執事が、いつも通りの落ち着いた声でそう告げたが、アコードは一瞬、どう言葉を返せばいいのか迷った。彼はこれまで、政治的な場面で数多くの人々と対峙してきたが、今日のような状況は初めてだった。
「初めまして、アコード王子様。」
セリカは、小さな声でそう言いながら、優雅にお辞儀をした。アコードは、彼女の仕草の可愛らしさに思わず微笑んだが、すぐに自分を落ち着かせた。
「初めまして、セリカ嬢。」
アコードは、膝を折り、自分の目線をセリカの高さに合わせて、できるだけ優しく声をかけた。しかし、その瞬間、彼の胸に重くのしかかる現実が押し寄せてきた。セリカの無邪気で純粋な表情を見るたびに、彼はこの結婚が本当に正しいものなのか、強い疑問を抱かずにはいられなかった。
「結婚は、セリカが16歳になった時だろう。しかし、私はその時30歳だ…そんなに年の差があって、本当に彼女を幸せにできるのだろうか?」
アコードは、無意識のうちにその思いを抱いていた。彼は王子としての責任を果たさなければならない立場にあるが、感情的にはまだ整理がついていない。彼女はあまりにも幼く、自分が求められているのは単なる政略結婚に過ぎないのかもしれない、という考えが頭をよぎった。
その後、アコードとセリカは定期的に面会することになった。公爵家の令嬢としての教育を受ける中、彼女は礼儀作法や言葉遣いにおいて優れており、その年齢にしては驚くべき知性を見せた。しかし、彼女はまだ4歳であり、時折見せる無邪気な笑顔や言葉が、アコードの心を動かしていった。
最初の頃、アコードはあくまでも形式的な婚約者としてセリカに接していた。しかし、彼女と会うたびに、彼の中に少しずつ変化が生まれていった。セリカは幼いながらも非常に好奇心旺盛で、公爵家の教育によって早くから知識を吸収していた。彼女の純粋な瞳で見つめられるたびに、アコードは彼女がただの政治的駒ではないことに気づかされた。
ある日、二人は王宮の庭園で散歩をしていた。セリカは小さな手で花々に触れながら、アコードに向かって無邪気に話しかけた。
「アコード様、このお花、すごく綺麗ですね。でも、もっとたくさんの種類があったら、もっともっと素敵になると思います。」
彼女の言葉に、アコードは思わず微笑んだ。確かに、その年齢にしては非常に鋭い視点だ。彼はセリカの純粋さと好奇心に心を打たれた。
「そうだね、セリカ。君の言う通りだ。もし、もっと色とりどりの花を植えたら、この庭園はさらに美しくなるだろうね。」
アコードは、彼女の考えに賛同しながらも、心の中で葛藤を抱いていた。セリカはまだ幼く、彼女にはもっと自由で豊かな未来があるべきだと感じていた。自分との年齢差が、彼女にとって重荷になるのではないかという思いが拭えなかった。
アコードは彼女に対して抱く感情が日に日に強くなっていくのを感じながらも、同時に、彼女の幸せを考えた時、自分がその幸せにふさわしいのかどうかに疑問を感じていた。
「セリカが16歳になる頃には、私は30歳を超えている。それで本当に彼女を幸せにできるのだろうか?」
彼は何度もその思いを胸に抱きながら、彼女との時間を過ごしていた。
数ヶ月が過ぎ、アコードはついに自らの心の中にある疑念に正面から向き合う決意をした。彼はセリカを大切に思うが、それ以上に彼女の将来を考えた時、彼女にはもっと自由な選択肢があるべきだと感じた。そして、彼は決断した。
「セリカには、もっとふさわしい未来がある。彼女を束縛してはいけない…」
アコードは、彼女との婚約を解消することが、彼女のためになると信じて、その道を選ぶことを決意した。その決断が、彼とセリカの未来にどのような影響を与えるのかは、この時まだ誰も知る由もなかった。