セリカの熱意と行動力により、平民出身のマリア・フォン・トラップが新任教師として学校に着任することが決まった。マリアはもともと平民の生まれだったが、貴族のトラップ男爵と結婚してからはその身分を変え、貴族としての立場も持つようになっていた。しかし、彼女の心にはまだ平民時代の思いが深く根付いており、平民や貴族に関わらず人々を公平に接する姿勢は変わっていなかった。
マリアが教師として学校に着任した初日、学校には新しい風が吹き込んだかのような空気が漂った。彼女の柔らかで温かい物腰は、生徒たちに自然と安心感を与え、特に平民の子供たちには新鮮で特別な存在として受け入れられていった。生徒たちの間では、「マリア先生は、身分に関係なく話を聞いてくれる」「授業がとても分かりやすい」といった評判があっという間に広がり、マリアは瞬く間に生徒たちの心をつかんでいった。
教室でのマリアの授業は、まるで魔法のようだった。彼女の教え方には、生徒の一人ひとりに寄り添うような配慮が感じられ、子供たちが授業に集中しやすい工夫が随所に散りばめられていた。たとえば、字を覚え始めたばかりの子にはゆっくりと丁寧に、そして理解が進んでいる子には新しい課題を提示するなど、個々の理解度に合わせた指導を行っていた。
その様子を見ていたセリカは、心の中で小さく拍手を送りながら、「これこそが求めていた教師の姿だ」と感嘆した。マリアの指導には、ただ知識を伝えるだけでなく、生徒たちが学ぶことに興味を持ち、成長を実感できる喜びを提供するという教育の本質が宿っていたのだ。セリカは内心でドライドに感謝し、こう思った。「ドライドが紹介してくれたマリア先生は、まさに私が求めていた理想の教師そのものだわ」
マリアが担当する授業は、次第に他の教師や生徒たちからも注目を集めるようになった。彼女の教室では、授業中にも関わらず子供たちがリラックスした表情で質問をしており、学ぶことに対する不安や恐怖を感じていないように見える。ときには、失敗しても気にすることなく再挑戦する生徒の姿も見られた。これまでの教育がただ一方的に知識を押し付けるだけのものだったとすれば、マリアの教育は生徒たちが主体的に参加し、自分の意志で学ぶ姿勢を育てるものであった。
特に平民出身の生徒たちは、マリアの存在によって学校での生活に一層の安心感を抱くようになった。彼らにとっては、自分たちの立場や生活環境を理解してくれる存在が教師として近くにいるというのは、非常に心強いことだった。授業がある日は、早めに教室に着いて準備をしたり、授業が終わった後に残って質問をしたりと、彼らの学びへの意欲が一層高まっていることが明らかだった。
しかし、こうした生徒たちの反応を見て、良い印象を抱く者ばかりではなかった。特に、貴族子弟を教えることに誇りを持っていた一部の教師たちは、平民生徒に対して積極的に指導を行うマリアの姿勢に違和感を覚え、不満を抱き始めたのだ。「我々の指導力が足りないと言いたいのか」「平民を特別扱いするのは教育の場にふさわしくないのではないか」などの陰口が聞こえ始め、彼らはマリアに対する不信感を抱くようになった。
さらに、マリアの授業は公平であるがゆえに、貴族の生徒たちにも容赦なく課題を出し、彼らの能力に応じた指導を行っていた。これもまた、特権意識を持っていた一部の教師や貴族生徒にとっては不愉快なものであった。ある貴族の生徒が少し大げさに「自分が平民と同じ評価を受けるとは思わなかった」と嘆くと、その親が学校に抗議を寄せてくる事態も起きた。
しかし、そんな小さな波紋が広がる中でも、マリアは動じることなく、あくまで生徒たち全員に公平な態度で接し続けた。彼女の教育方針に賛同する教師たちも現れ始め、生徒たちからの支持もあって、マリアの授業はますます人気を集めていった。
ある日、セリカは校舎を歩きながら、マリアが担当するクラスの生徒たちが楽しそうに授業を受けている様子を見て、心から嬉しさを感じた。彼女はこの瞬間、自分の理想とする学校が少しずつ形を成しつつあることを実感したのだ。マリアの着任によって、平等で温かい教育の場が生まれつつあることを確信し、これからもより良い教育環境を築くために努力しようと心に誓った。
一方で、セリカは一部の教師たちがマリアのやり方に不満を抱いていることも耳にしていた。彼らの態度は依然として保守的で、平民の教育に熱心になりすぎるマリアに対して、距離を置くような素振りを見せていたのだ。彼らの間に生まれた不満と不安を和らげるために、セリカは次の一手を打つことを考え始めていた。
その日、セリカはドライドに感謝の意を伝え、さらなる人材を求めて、学校運営を任せられる有能な人材の登用について話を進める決意を新たにするのだった。
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第一章