リュミエール王国の広大な大地の一角に位置するディオール領は、近年目覚ましい発展を遂げていた。この地を治めるのは、若干4歳にしてその才覚で知られる公爵令嬢セリカ・ディオールである。異世界から転生してきた彼女は、幼少の身でありながらも天才的な頭脳を持ち、領内の発展と繁栄に尽力していた。その知恵と指導力は、周囲の大人たちを驚嘆させ、さらには宮廷内でも高く評価されるまでに至っていた。
セリカは決して表立って権力を振りかざすことはない。その幼い体には似つかわしくない冷静さと、鋭い洞察力で周囲を見つめ、必要な時に的確な判断を下す。彼女のそばには忠実な家臣や顧問が寄り添い、ディオール領を支える重要な存在として彼女を支えていた。しかし、幼き日のセリカが生まれ育った家族や領地への愛情を胸に秘め、次第に王国全体への影響力を拡げていく様子は、宮廷内の人々にも噂されるようになっていた。
そのような噂は当然、リュミエール王国の王族にも届く。セリカを見定め、彼女との婚約を望む王子たちも次第に現れるようになった。誠実で真っ直ぐな性格を持つセドリック王子や、強い野心に突き動かされるシビック王子が求婚の意思を表明したことで、セリカの存在は一層注目を集めるようになる。しかし、彼女がそんな中でも冷静さを保ち、慎重に対処しようとする様子は、さらに人々の関心を引き付けていた。
だが、その中で一際異彩を放つ王子がいた。それが、リュミエール王国の第5王子であるランディ王子である。彼は幼少期から周囲の人々の意図や動向を敏感に察知し、冷静な判断と計算で最も有利なタイミングを狙う人物として知られていた。ランディは、兄たちが表立って権力を欲しがるのとは違い、表舞台に立つことを避け、あくまで裏から糸を引くことで自らの目的を達成することに喜びを感じる男であった。
ランディは、王子としての役割や立場に対する執着心は少なく、むしろ周囲を巧妙に操り、自らが必要な場面でのみ力を発揮することが効率的だと考えていた。そのため、彼が宮廷内で表立った権力争いに加わることはほとんどなく、兄たちに対しても一線を引いた冷静な距離を保ち続けていた。だが、セリカ・ディオールの存在を知ったとき、彼は自らの心が動くのを感じた。
「セリカ・ディオール…彼女はただの公爵令嬢ではない。その才能を手に入れれば、私はもっと大きな力を得ることができる。」
ランディは、自らの口元にかすかな微笑を浮かべた。セリカが幼少でありながらもディオール領を繁栄させ、その影響力を拡大させている姿を見たとき、彼はその若き天才を自分の側に引き入れることがどれだけの利益をもたらすかを即座に理解した。
ランディは、セリカとの婚約話を進めるにあたり、他の兄たちのように直接的な求婚を試みることは考えなかった。彼の目的はセリカをただの「公爵令嬢」としてではなく、彼自身の影響力を増幅させるための存在として手に入れることであり、そのためには冷静かつ計算されたアプローチが必要だった。
ランディの第一の一手は、まず他の兄たちの動きを観察することだった。シビック王子がセリカに対し野心的な態度で接触し、彼女を自分の権力の手段として見ていることを見抜くのに時間はかからなかった。また、誠実で真摯な態度を崩さず、セリカの心を開かせようとするセドリック王子の行動も、ランディには容易に理解できた。だが、彼は二人の兄とは異なる方法でセリカに近づくことを決意していた。
「シビック兄上のやり方では、セリカは動かないだろう。セドリック兄上は誠実だが、その誠実さが逆に彼女に負担をかけてしまうかもしれない…」
ランディは、冷静に状況を分析し、自分が最も有利なタイミングで動くことができるよう、慎重に機会を待っていた。彼にとって最も重要なのはタイミングであり、セリカがどちらの兄にも傾かない限り、自らが行動する必要はないと考えていた。
やがて、彼はその時が訪れるのを待ちながら、セリカの周囲の環境を整えることに意識を向けた。彼女が頼らざるを得ない状況を作り出すことで、自分の存在を自然に彼女の中に根付かせようとしたのである。
まずランディは、ディオール領の重要な貴族や顧問たちと接触を図り、彼らの考えや立場を把握しつつ、彼らを通じて間接的にセリカに助言を提供するという策を取った。彼はディオール領の経済や政治の問題を綿密に調査し、その中でセリカが抱えている課題を見出した。そして、その解決策を彼女に直接提供するのではなく、あくまで「影の助言者」として周囲の人々を通じて助言を送り込む形を取った。
その結果、セリカは次第に彼の影響力を感じるようになるが、ランディの存在には気づかないままだった。しかし、彼の助言によって領内の状況が改善されていくことで、彼女の中に微かな感謝の念が芽生え始める。
そしてある日、ついにディオール領の貴族からランディ王子の名前を聞くことになる。
「セリカ様、ランディ王子がこの問題について助言をくださったそうです。その提案は非常に的確で、領地の発展に大いに役立っています。」
その言葉に、セリカは驚きを隠せなかった。ランディ王子の存在が彼女の中で次第に大きくなり、ついには彼との対話を求める決断をすることになる。